第24話 不破の押し込みの事。

「あぁ、暑い夏には冷たいかき氷が最高ね」

「冷たくておいしいのです」

「甘、甘です」

「かき氷って幸せの味ね!」

「そうです。甘くておいしいです」

「同意」


藤八、弥三郎が騒がしいのはいつもの事だが、千代女ちゃん、智ちゃん、月ちゃんも饒舌になっている。

甘い物は女の子を幸せにするね。

もちろん、(飯母呂)八瀬ちゃんや(千代女付き甲賀)時雨もおいしそうに食べているよ。

この子らは黙々と必死に食べている。

<<甘い物に飢えているね>>


その内、慣れてくるだろう。


かき氷機で作ったさらさらのかき氷が大人気だ。

シロップは残念ながら白蜜しかない。


イチゴ、メロン、ブドウなどは研究中だ。


苺を砂糖と煮込んでも苺シロップにはならなかった。


完成したのは苺ジャムでした。


うん、水で薄めるのは何か違う気がした。


苺ジャム、レモンジャム、オレンジジャム、そして、定番の練乳を出して置いてある。


どれも温めて砂糖を混ぜるだけの簡単レシピだ。


みんな、好みでトッピングしている。


慶次様、宗厳様、可成のおっさんは白蜜のみ食べている。


やられ役であった利家と権六を仲間外れにするのも可哀想だから振る舞っているよ。


「忍様に感謝します。某もわずかにお役にたったのですな」

「竹姫の想いを感じますぞ」


役にたったとか関係ないし、想いなんて最初からない。


暑苦しいのが嫌いなだけだ。


屋根裏、床下で護衛しているみなさんにも出てきてもらい、みな美味しそうに食べている。


中々の大所帯だ。


「おいしそうな物を食べておるのぉ」

「お久しぶりです。末森に呼ばれた以来ですかね」

「そうなるな」

「食べます?」

「頂こう」

「智ちゃん、孫さんと信長ちゃんの分もお願い」

「は~い」


やって来たのは私を待たせている張本人の織田 信光おだ のぶみつさんだ。


どこか憎めないのは、一世を風靡したフィギュアスケートの織田 信成おだ のぶなりさんにどことなく似ているからだ。


そう、来年生まれる『信成』のお父さんだ。


フィギュアの信成の祖先は、信長ちゃんの七男である織田 信高おだ のぶたからしいから別血統だね。



信長ちゃんと似てないぞ。


でも、フィギュア『信成』がイケメンか問われれば疑問が残る。


どういう事だ?


う~~~~~ん、考えるのは止そう。


 ◇◇◇


かき氷を食べた後に遅れた理由を聞いた。


「まずは不破より届いた書状について話がしたいと思っていた所に、おつやから手紙が届き、その話に手間取った」

「おつやって、誰?」

「岩村遠山の景任に嫁がれた私の叔母に当たります」


おぉ~、信秀のおっさんの妹が岩村遠山氏に嫁いでいたのか!

景任の息子に苗木城主の遠山 直廉とおやま なおかどがいて、苗木勘太郎の名で『桶狭間の戦い』に参戦していたハズだ。


直廉が『桶狭間の戦い』に参戦の理由が見えてきたよ。


直廉の嫁が信秀のおっさんの娘という縁だけじゃなかった。

そう、信長ちゃんと直廉は従兄弟同士だったのね!


“直廉は弟であり、従兄弟ではありません”


えっ、私の勘違い?


まぁ、信秀の娘を嫁に貰っていたっけ!

(まだ、生まれてないけど)


いずれにしろ、岩村遠山氏が織田に近い訳だ。


「おつやの手紙は兄を心配する内容でしたが、その中に一枚だけ、直廉の手紙が混ざっておりました」

「臣従するとでも書いてあった?」

「いいえ、話がしたいとだけ」


味方にも内応する者もいるだろう。

関所は閉められているので山道を使っている。

途中で奪われる事も考えての事だ。


故に見られても問題ないように書いてあった。


これが『ハ・ナ・シ・ア・イ・タ・シ』か。


「私が行ってもいいけど、誰か行きたい者はいる」

「よろしければ、某が」


控えたのは、千賀地 保元ちがちし やすもとだった。

三河にいる服部 保長はっとり やすなが、服部半蔵の嫡男だよ。


「そなたは?」

「伊賀の者で次右衛門と申します」

「うん、いいんじゃない」

「問題はないのか?」

「岩村遠山様に会う時は、三河にいる父、服部の名で面会する事に致します」


三河の松平は少なくとも斉藤家の敵ではない。

伊賀者を雇いたいから三河に人を送ったとでも言えば、誤魔化す事ができるだろう。


「内容はまだ判らないけど、臣従の可能性がある」

「はぁ」

「臣従なら斉藤が動く時に兵を出さないだけで十分と言っておいて!」

「畏まりました」


信長ちゃんと孫(信光)さんが頷いてくれた。

攻めて来ないだけで十分だ。


「忍様。斉藤に寝返りが知れ、岩村城が攻められた場合はどうしますか?」

「送れる兵は余りないぞ」


岩村城は土岐川(庄内川)の上流にある。

尾張から兵を送りたくとも、岩村城の手前に明知遠山氏の明知城が隔てている。

岩村城に援軍を送るのは中々に難しい。


「内山城と同じく、武器弾薬と食糧の支援をするから、自分で凌いで貰いましょう」

「では、練習する鉄砲も要りますね」

「そうね! 尾張鉄砲を10丁と火薬筒を10本も届けておきます。持ってゆけるか?」

「問題なく」


使い方さえ判っていれば、後で送った時に困らないだろう。


「なるべく多くの人に練習させるように言っておいて!」

「はぁ」

「それと連絡員を二人ほど残せるかな?」

「大丈夫です。二人ほど、残してきましょう」

「臣従の話じゃないなら、さっさと帰って来ていいわ」

「後で手紙を書きます。届けて下さい」

「俺もおつやに返事を書く。一緒に持って行ってくれ」

「承知しました」


これで東美濃の遠山の話は終わりね。


 ◇◇◇


不破 通直ふわ みちなおは稲葉山の評定が終わると、その日の内に不破の村の長を集めて、斎藤利政(後の道三)の話を聞かせて協力を求めた。


村の長は百姓の長であると同時に土豪の長でもある。

不破家の親類縁者であり、不破に仕える家臣の後見人役でもある。

不破の居城、西保城にしほじょうにいる家老以上に力を持っていた。


「話はよく判った」

「そうか、判ってくれたか!」

「小三郎が我らの損を払ってくれると言うのじゃな」

「いや、いや、いや、西保城にそんな銭はない」

「では、誰が払ってくれるのじゃ。山城殿か?」

「そんな訳がなかろう」

「5年後に織田に根切りにされる前に、こっちが飢え死にしてしまうわ」

「秋には織田が滅ぶ。それまでじゃ」

「本当に滅ぶのか?」

「滅ぶ。今川、斉藤、北畠の三カ国に迫られては一溜りもあるまい」


そこで扉が開いた。

武装した兵が大広間に乱入し、村の長を取り囲みます。


「親父、待たせたな!」


嫡男の不破 光治ふわ みつはるが入ってきた。


「こっちの話は終わった」

「おぉ、よく家臣団をまとめた」

「うん、褒美に家督を貰いたいと思う」

「何を言っておる」


家老の一人が刀を抜いて、通直の喉元に刃を向けます。


「殿、そういう事です」

「悪いな、親父」


家老一同、家臣団、そして、村の長が先に約束事を決めていたのです。


『押し込め』


主君押込しゅくんおしこめは家老らの合議によって強制的に監禁(押込)する行為です。


あの武田信虎も『押し込め』で甲斐を追放されて、武田晴信が当主に変わりました。

晴信が望んだと言うより、家老ら、さらに土豪や国人が望んだ事なのです。


小さな不破郡で起こった反乱は、一瞬で終わりました。


「そんな感じで当主が交代し、織田に臣従するから助力が欲しいと手紙を送ってきました」

「軽いね!」

「当主と言えども軽い命です。殺されておらず、監禁されているだけですが」


孫(信光)さんの話を聞いて呆れた。

不破郡の土豪、家臣一同は今日の銭を得る為に主君を交代させた訳だ。


「使者の話では、新当主の太郎左衛門尉は織田が勝つと思っていたので、家臣団の話は渡りに船だったそうだ」


不破光治は西美濃三人衆の次席と言われた人物だけど実力は判らない。

とりあえず、柴田勝家の与力として戦乱を生き延びた。

無能ではない。


それくらいか!


「まぁ、いいわ。で、不破の居城って、どこ?」


さっと地図が広げられて、西保城の位置が示される。

不破一族は南宮社の子孫であり、南宮社も城に1つに数えられます。


「全然、駄目じゃない」

「拙いでしょうか?」

「信長ちゃん、朝倉が攻めてくるならどこからになる?」


越前から美濃に直接攻める道は山越えしかありません。


朝倉街道~美濃街道(足羽川沿い)~九頭竜湖~油坂峠(美濃国境)~越前街道


油坂峠当たりから分岐して、谷汲道、梶尾道、越前街道に分かれています。


梶尾道、越前街道と道は違いますが稲葉山を目指し、稲葉山の斉藤家と合流できます。


堂々と行進するならこの道を使うでしょう。


一方、谷汲道を使うと美濃路の赤坂宿にでます。


つまり、西保城の北側から南下する朝倉勢を不破は迎え討つ事になります。


無理です。


朝倉の南下を止める為に織田に野戦をしかける兵なんてありません。


「西保城の防御力は?」


西保城は丘を利用した山城っぽいですが、内山城と比べモノにならない脆弱な城です。


完全に却下です。


今から総掘の城に変える?


やりませんよ。


そんな事したら、私と言う異能者との戦いに代わってしまします。


斉藤も朝倉も警戒して兵を引くでしょう。


信秀のおっさんの激怒げきおこは必定です。


私もやりたくありません。


「守れると思う?」

「…………」

「…………」


信長ちゃんと孫さんが知る訳もない。

よく知っているのは伊賀衆、藤林の配下にいた。

以前、少しだけ寄った事があるそうだ。


「鉄砲と火薬を与えれば、時間を稼ぐくらいはできると思いますが…………」

「持たない?」

「はい、四方から攻められれば、一溜りもないかと」

「この城は放棄ね!」


山の麓に建てられている南宮社は西保城より防御力がありますが、こちらも脆弱らしいです。

幸いな事は、牛屋(大垣)城の西側になり、南宮社を攻めるには牛屋の北側を横切る必要がある事くらいでしょうかねぇ?


相手は大軍だから、兵を割いて襲うだろうな。


「南宮社の方がマシという程度か」

「どうしましょうか?」

「南宮社の山奥に砦でも作っておくから避難して貰いましょう。全部、面倒なんて見てられないわ」

「それが良さそうです」

「孫さんの方で使者を立てる?」

「こちらも三郎の名でやってくれ!」

「では、こちらから鉄砲を渡すと言う事にしましょう」

「百地は交渉が下手だから藤三郎! やってみる」

「よろしければ!」


藤三郎は藤林長門守の弟で、名を藤林三郎保豊と言う。

信長ちゃんと一緒の『三郎』なので、私は藤三郎と呼んでいる。

公家風の衣装を着せれば、何となく好青年に見えるハズだ。


「任せた。細かい判断は不破に任せると言っておいて! でも、基本方針は西保城は放棄して南宮社に退避する事。駄目と思ったら山に身を隠す。すべてが片付いた後に『織田普請』でどちらも立派に直して上げるって!」

「畏まりました」


土豪や国人で構成される家臣を持つと苦労するね。

信秀も土豪や国人の支持を取り付ける為に戦を繰り返してきた訳だけどね。

それを終わらせる為の尾張統一だ。


「ホント、土豪とか、国人とか、厄介ね」

「他人事ではないぞ」

「はい、この難局を乗り切らねばなりません」

「よく言った。三郎、当てにしておるぞ」

「孫さん、信長ちゃんを当てにしちゃ駄目でしょう。私と信長ちゃんが居なくなる事で反乱を誘発させるんだからさ」

「あぁ~~そうであった」

「まず、織田に反発する土豪とか、国人とかを振いに掛ける」

「その後、兵役をすべて代官に移行するです」

「武将はあくまで織田から兵を借りるように変わる」

「然すれば、土豪とか、国人とかの発言力は小さくなるですね」

「彼らの顔色を気にせずに政ができるようになるのは助かる」

「今回の要は孫さんよ。織田のNo.3として、合議制をぶっ壊して中央集権国家に作り直すんだかね」

「承知している」


さぁ、一気に尾張を統一するわよ。

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