第22話 閉めるに閉めれぬ不破の関の事。

駿河の今川義元、伊勢の北畠晴具、美濃の斎藤利政の三国が荷止めを開始した。


『天文15年8月1日(1546年8月26日)尾張通行禁止令が発布』


この三国の関所がすべて止められた。


那古野城の改築が人集めの為にやっている事に気が付かれたようだ。


誰のせいか?


公家のおっさんだよ。

駿府である事、ある事をべらべらとしゃべっているらしい。

駿河の公家衆から尾張への移住を求める手紙が舞い込んでいる。

全然、面識ない公家もいるらしい。


武衛屋敷の側で良ければ、お屋敷を建てさせて貰うという気前のいい手紙を送り返している。


荷は止まっているのに手紙は届くんだ?


荷止めで少々困っているのは津島と熱田だ。


尾張の商品を他国に持って行ってボロ儲けができない。


たとえば、『永楽銭』だ。


物を売って回収した真新しい『永楽銭』を三河の方へ流すだけでも5割くらいの儲けが手に入る。


銭が足らない東国は万年デフレ状態だから安く物が買える。


安く買った商品を定価で売るだけで大儲けできるんだからおいしい商売だよね。


主な商品は駿河の木綿、相模や駿河など蜜柑、伊豆国韮山の江川酒がその代表だよ。


これって、みんな開発中だね!


もうすぐ尾張・三河産がとって変わる予定なんだ。


今川さん、北条さん、ごめんなさい。


大量に買っているのは米と麦と大豆だ。


安い米などは東国から流れて来ている。


「竹姫様、後生でございます。船をお貸し下さい」


三国に詫びて「荷止めを止めさせてくれ!」と泣き付かないだけマシか。


熱田、津島の持つ弁財船は大海を渡るには不向きな船だ。


「と言っているけど、どうする?」


私は佐治 為景さじ ためかげに相談する。


「あっしに相談されても困ります。肝心の船を持っていません」

「荷止めされたから練習艦が余っているんじゃないのぉ?」

「確かに安濃津への往復便はなくなりました。ですから、望月島への練習航海に使っております。水夫の育成が全然に間に合っておりません」

「水夫ならウチとこから出します」

「ワテとこもです」


為景が困ったような顔をします。

熱田、津島の商人も必死です。


「判ったわ。1番ドックと2番ドックを解放するわ」

「ありがとうございます」

「4番ドックの尾張産ガレオンも解放しましょう」

「今月中に完成すると思います」


今後の事を考えると水夫はいくらいても足りない。


まぁ、いいわ。

貸してあげましょう。


ガレオン2隻とキャラック1隻だ。


3隻で船団を組めば、地元の水軍も怖くないだろう。


銭を払って通行してもいいしね。


運行できるようになるのは、熱田と津島の水夫の努力次第だ。


何か月で運行できるようになるかな?


まぁ、最低2か月くらいか。


 ◇◇◇


【 不破 通直ふわ みちなお 】

不破の関(※)と言えば、判るだろうか?


牛屋(大垣)の西は不破郡であり、大垣の北に位置する西保城にしほじょうと不破の関の出口にある南宮社が不破 通直ふわ みちなおが治める領地です。


松尾芭蕉が唄ったように、


『秋風や 藪の畠も 不破の関』


と、藪の畠が広がる貧しい土地なのです。


そんな貧しい不破郡がにわかに沸き立っているのは、織田景気と呼べる物資の流れです。


尾張から京に物が流れ、京から尾張に人が移動します。


麦飯でも何でも出せば銭になり、宿が足りないので納屋を貸すだけでも銭を落としてくれます。


余っている人手は、牛屋(大垣)の『織田普請』の出稼ぎに行けば、やはり銭になります。


その物量が多くなって不破は稀に見る好景気になっていました。


貧乏脱出大作戦です!


万歳、万歳、万歳、不破の民は大喜びです。


大垣の道に新たな関を作って織田との道を閉ざすのは、元の暮らしに戻す事になります。


「稲葉山の殿様も普請をやって下さるのか」

「飯を食って、宿を取って、銭を落として下さるのけ」

「判っておる。しばしの間じゃ」

「今、牛屋の普請にいっとる倅らは帰って来れるんだな」

「巧く差配するゆえに判ってくれ」


牛屋(大垣)城に続く道に関を新たに作った。

立札を立てて商人の通過を禁止した。


「商人ではあるまいな」

「商人ではございません。南宮社にお参りに行きます」

「そうか、ならば通れ!」

「ありがとうございます」


尾張に向かう旅人には厳しい嫌疑が掛かり、朝廷や公方様に関係する書状を持っていない者は誰一人も通しません。


「何人たりともここを通す訳にはいかん」

「そこを何とか! 出直せ!」

「ちょっと、ちょっと、そこの兄さん」

「何でっか」

「このお札があれば、通れますで」

「ほんまでっか!」


南宮社のお札を持っている人はお参りの帰りです。

参拝者を止めろとは言われていないのでフリーパスです。


商人も旅人も困らない。

南宮社も儲かる。


正に、ウィンウィンな関係です。


不破 通直ふわ みちなおは一族の村人らに押されて、うやむやに通過を許可しましたが、いずれは稲葉山の殿様にしれます。


「困った」

「父上、どうかされましたか?」

「太郎か」

「お悩みのようで」

「牛屋の関の事は聞いておろう。いずれは稲葉の殿のお叱りは必定じゃ」

「は、は、は、何を困るのですか」

「何か妙案があるのか?」

「簡単です。織田に臣従して、この城も『織田普請』とやらで総掘りに変えて貰うのです。さすれば、美濃の軍勢が攻めて来ても問題ありません」

「簡単に言うな」

「は、は、は、案ずるより産むがやすしと言いますぞ」


不敵に笑う嫡男の不破 光治ふわ みつはるが恐ろしく思えたのです。


関を閉めようなら、一族を言い含めて謀反を起こすかもしれんな!?


益々、困った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る