第21話 .信秀が倒れ、信長ちゃんがいなくなる日の事。

信秀が倒れた。


末森の家老衆が集まって、主な一族のみに知らされた。

箝口令が敷かれているので、私は知らない事になっています。


でも、京から曲直瀬 道三まなせ どうさんと言う「医聖」と称される医師を呼んだので、誰もが知る事になっていたり、言っちゃ駄目ですよ。


『公然の秘密』(※)だ。


信秀のおっさんが動かないと平和でいい。


毎日が日曜日!

私もごろごろできる。

信長ちゃんが渡航する許可もやっと下りたよ。

半分、自作自演の脅しだったけどね。


「何ですと、織田の蔵が空になるだと」

「はい、この調子で散財しますと、来年の春に空になります」


勘定方の報告を聞いた那古野家臣団の皆様が青い顔をした。

もちろん、睨まれたのは私だ。

那古野以外でも『織田普請』と言って散財を続けている。


いずれ黒字になるよ。

全部、いずれの話だけどね。


筒井氏らに渡した手形などが返って来て、織田の蔵から銭の放出が止まらない。

生駒氏などの報酬や手当も馬鹿にならない。


クジラやガラス製品の売り上げで城が3つも4つも建つほど儲けているが、それ以上に銭がどんどんと出ていっている。


那古野で働く人夫は4万6672人、一人200文として一日9334貫文が飛んでゆく。

実際、黒鍬予科衆は400文、女・子供にも100文の銭を支払い、昼などを無償で食事を支給しているので一日約2万貫文が軽く消え、一月に換算すると60万貫文が消えてゆく。


と勘定方が言った。


その数字を聞いて、那古野家臣団の方々がさらに青い顔をする。


60万貫文=60万石


尾張一国が一年で収穫する米に相当する金額が一カ月で消えて行くのです。


そりゃ、青い顔になります。


「尾張で働く者はさらに増えております。最終的には月100万貫文を超えてゆきます」


勘定方は城主方々を脅すように煽ってくれた。


勘定方は余裕だね!


そりゃ、信長ちゃんは394万貫文相当の砂金を所有している。

(これを60万貫で割ると7ヶ月後に枯渇する)


単純に計算すると春には蔵の銭は尽きる。


でも、倉街では大量の銅で銭を鋳造している。


さらに一月で60万貫文の内、米、麦、魚、酒などの食糧と趣向品などの売り上げで8割を回収している。


実質の損出は12万貫文程度なんだ。

(砂金総額で割ると約33ヶ月分だ)


3年もあれば、黒字化するだろう。


でも、銭の鋳造も8割の儲けも私の懐に入っているので那古野の帳簿には乗らない。


那古野は砂金と銭を交換して銭を手に入れている。


帳簿の上で春に蔵は空になるのだ。


「竹姫、これはどういう事でござるか」

「青山ちゃん、つのを出さなくてもいいでしょう」

「これは竹姫がはじめた工事ですぞ。織田を潰すつもりか」

「私はちゃんと信秀のおっさんに言っておいたよ。私の領地から金を取って来ないと駄目だって」

「ならば、すぐにでも」

「嫌ぁ!」


私は正座を崩して、片あぐらの姿勢に替えます。


別に足がしびれた訳じゃないぞ。


“この体はしびれても活動に支障はでません”


痺れないようにして欲しいな。


“仕様の変更は無理です”


判っている。

言ってみただけだよ。


片あぐらに変えて、青山ちゃんを威圧してみる。


「ねぇ、私は領地を半分、信長ちゃんに上げると言っているんだよ。領民が領主の顔も知らないで、そんな事が許されると思う」

「しかし、この状況で大殿ばかりか、若まで居なくなるのは」

「だから、選択しなさい。織田の蔵が空になるまでに大殿が回復するのを祈るか、自分達だけで那古野を守る気概を見せるか!」

「ぐぅ、馬鹿な! そんな事を選べるか!」

「じゃぁ、滅びなさい」

「竹姫とて愚弄は許さん!」

「そうだ、那古野は我々で守るぞ」

「青山殿、いい返してやれ!」


血の毛の多い奴らが騒ぎ出した。

口々に大層な事を言い。

私への罵倒が混じっているね。


そんな中で池田 恒興いけだ つねおきと同じ馬廻衆の列で私をじっと睨むのは、篠田広正しのだ ひろまさであった。


そう言えば、恒興も信長ちゃんに私への悪態を吐いているらしい。


丸腰で敵の正面に出たのが余程恐ろしかったのか、私の事を正気の沙汰でないと言いふらし、何でも城下で聞いた噂を信長ちゃんに告げては早く別れた方がいいと漏らしているらしい。


でも、評定では目を合さず、ずっと下を向いている。


私って、そんなに怖いかな?


信長ちゃんは優しいから恒興の事を見捨てはしないけど、信頼を失っているのに気が付いていないようだ。


おっと篠田広正と目が合った。


「何か言いたい事がありそうだね」

「那古野は活気に満ち溢れております。熱田は物が飛ぶように売れていると聞きます。矢銭がいくら入っているのか、気になりまして」

「なるほど、勘定方」

「はぁ、篠田様の疑問はもっとでございますが、熱田も津島もどちらも末森に入っており、那古野に入っている訳では御座いません」

「は、は、は、なるほど。納得いきました」


広正はそう言って頭を下げた。


あぁ、気付かれたね。


末森の勘定が乗っていない。

矢銭は消費税みたいなもんなんだけど、税率がよく判らない。

ホント、末森にいくら入っているんだろうね。


当然、私の勘定も乗っていない。


例えるなら、藤吉郎が内職の針を売って儲けたとする。


その儲けの一部を織田に差し出す必要はない。


そう、私も差し出さない。


クジラを売ろうが、ガラスを売ろうが、その儲けは私のモノだ。


那古野はそれを転売して儲けているに過ぎない。


今の質問で勘のいい人にもうバレたみたいだ。


「私は信長ちゃんを私の領地に連れていきたい。それが叶わないなら手伝わないよ」


広正の隣に座っている中条 家忠ちゅうじょう いえただが林のおっさんと平手のじいさんに聞いた。


「林様、平手様、何もおっしゃいませんが、どう考えているのでしょうか?」

「儂の意見は始めから決まっておる。信長様の命に従う」

「某も同じく」

「内藤様は如何でしょうか」

「わ、わしも、信長様に従う」

「内藤殿」


内藤に裏切られて、青山のじいちゃんが泣き顔になったぞ。


「のぶながさま~」

「私は外ノ国とつくにを見てみたいと思う。しかし、大殿も倒れられている。私の我儘で行きたいと言える時期ではない。そなたらに託したいと思う」


家臣一同の視線が青山のじいさんに集まる。

家老、おとな衆の最後の一人の意見がすべてを決めそうであった。


「このぉ、悪女め!」

「このまま織田を潰す? それとも信長ちゃんを2ヶ月だけ私に貸して、自分達で那古野城を守る?」

「…………………………」

「で、どうするの?」

「守ってやるわ!」

「「「「「「「「「「おぉぉぉぉ!」」」」」」」」」」」」

「よう言った!」

「流石、青山様じゃ」

「守りましょうぞ」

「赤鬼がいなくとも、那古野城を守ってみせるわ」

「そうじゃ! はじめから頼っておらんわ」

「信長様、安心して行って来てくだされ!」


湧いた! 大いに湧いた! なんか自棄にやってないか?


「皆の者、感謝する」


信長ちゃんが家臣に頭を下げていった。


これですべてが動き出すだろう。


誰の思惑だろうね?


うん、知っている。

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