第7話 かんばれ信行、水利権争い(3)の事。

【 織田信行 】(ナレーター忍)

≪時間は少し遡り、仏敵信長の檄が飛んだ次の日の昼からです≫


信勝は飯田街道を東に進み、天白川を渡って本郷に入ります。

本郷城の丹羽堂隠が信勝を出迎え、本郷城で軍議を行う事になりました。

末森を出発した時点で1,500兵だった織田軍は、赤池、浅田、折戸、藤枝、本郷などが加わって、1,800兵まで膨らんでいます。


「まず、ふじしまをたすける」

「我々は藤島の氏秀殿の訴えによって兵を起こしている。よって、先発隊を藤島城に差し向かわす。それでよろしいですか」

「「「「はぁ」」」」


津々木 蔵人つづき くらんどが信勝の代わりに説明してゆきます。


「では、まず先発隊800が藤島城に籠る丹羽氏秀とその城兵100と合流します。さらに、援軍で駆けつける藤枝100を加わえて、1000とします」

「先陣は如何なさる」

「信勝様」

「せんじんはしばたにまかせる」

「うぉぉぉぉ、ありがたき幸せ!」


先陣を承った柴田が感謝を表現します。


うぉぉぉって、吠えるなよ。


体格も大きく、腕っぷしも良さげな柴田を先陣にする事に異を唱える者はいません。

しかし、なにげ蔵人が策を続けます。


「では、柴田殿はそのまま藤島城から岩崎川を下って岩崎城を目指して下さい」

「承知」

「渡河できる場所はここになります。岩崎城の手前です。敵が出てくるかもしれません。その場合はよろしくお願いいたします」

「「「「相判った」」」」」

「信勝様はこのまま本郷城にて指揮を取られると言う事でよろしいでしょうか」

「われもうってでる」

「信勝様、我々にお任せ下さい」

「しばた、それはできん」


信勝の意志は固そうです。


「では、第2案を申しましょう」

「うむ」

「信勝様は本郷にいると見せかける為に旗を残します。そして、本隊1,000は街道を戻って、北高上山、香久山を迂回して、御岳山の後背から岩崎城を挟撃すると言うのは如何でしょうか」

「さすが、らんどじゃ」


先陣が藤島から岩崎城を目指すと、岩崎川を渡河する必要が出てきます。


大きな城でない岩崎城は、何としても渡河させるのを阻止したい。


そう思うのが人の性です。


岩崎氏勝が討って出てくれば、岩崎川で両軍を対峙させて時間稼ぎを行い。


後背から岩崎城を襲って本城を落とす。


これが蔵人の考えた策でした。


仰々しく出発する先陣と対照的に、静かに整然と本隊が来た道を戻ってゆくのです。


 ◇◇◇


【 丹羽氏勝 】

次々に伝令が入って来ます。


「敵、織田軍、藤島で結集し、岩崎を目指しております」

「愈々、来たか」

「藤島から来るというなら好都合よ。大軍が通れる道は多くない。この城の手前で渡河するに違いない。討って出るぞ」


岩崎川の両岸には山の合間を縫うように田畑が広がっています。

岩崎川も岩崎城を超えた所で分岐しており、三角州のように湿地になっているので、渡河するのが岩崎城の手前しかありません。


もちろん、本郷から岩崎に延びる街道も1本しかなく、そこの警戒も怠りません。


「氏勝よ。背後は如何する」

「父上、敵の数が多すぎます。背後を気にしていては、勝てるものも勝てませぬ」

「そうか、では百姓を借りるぞ」

「父上、何をなさる気ですか」

「弁天池と御岳山にちょっと細工をな」


岩崎城を通る街道は4本です。


岩崎川を渡り、藤島へと伸びる東街道、

同じく岩崎川を渡り、本郷へと伸びる西南街道、

北高山へと伸びる西街道、

そして、弁天池から北に延びる北街道です。


東街道に本隊400を置き、西南街道と西街道に50ずつ兵を配置したのに対して、北がガラ空きです。


それがどうも父の氏識には不満だったようです。


 ◇◇◇


【 柴田勝家 】

これは岩崎川か!

川幅は20mくらいで水深はあまり深くありませんが、水は勢いよく流れており、足をとられそうな感じです。


ですが、渡れなくはありません。


川幅がしれているので、弓合戦からはじまります。


「放て!」


兵の数は倍以上あり、無理をして渡河するのも1つの手であります。


「権六郎様、策をお忘れなく」

「ええい、覚えておるわ」


史実の柴田勝家は稲生の戦いで負けた後に信長に寝返ったのですが、桶狭間や美濃攻略では使われず、上洛戦から復帰を果たします。


付いた異名が『かかれ柴田』です。


カッコいいように聞こえますが、要するに『突撃の猪武者』です。


出す指示が単純ゆえに間違わない。


間違わないから一致団結して戦う事ができたのです。


そう、勢いで敵を押し切る武将です。


前田利家を始め、猪突猛進タイプの武将が大いに活躍しました。


ぴしゅ、ぴしゅ、ぴしゅ、ぴしゅ!


「えええい、まどろっこしい。いつまで続けるつもりだ」

「敵が引くまでです」

「待っておれるか!」

「権六郎様、策をお忘れなく」

「先陣の総大将は誰か!」

「権六様です」


弓合戦で時間稼ぎとか、勝家が我慢できる訳もありません。


小一時間ほど、弓合戦をしていたのですが、遂に、柴田が切れます。


「者共、かかれ!」


うおぉぉぉぉぉぉ、矢が飛びかう中、勝家を先頭に兵が襲い掛かってゆくのです。


川に足をとられた兵はいい的です。


ずばずばずばと矢で討ち取られて、川を渡り切った所で土手から勢いを付けた敵の足軽達が襲ってくるのです。


『押し切れ!』


織田の先陣500と岩崎400が全面衝突します。


押して、押して、押して、押し返される大激戦!


被害など無視して強引に押し続けます。


足場の悪さが織田軍の不利であり、川縁で一進一退を繰り返すのです。


困ったのは、赤池、浅田、折戸、本郷、藤島、藤枝の将々方です。

予定外の突撃で、どうしたものかと思案します。


「川を大きく迂回しながら渡河し、敵の背後に付け」


すばやく動き出したのが藤枝城の丹羽堂隠です。


柴田と氏勝が互角にやり合っている間に背後を突こうと渡河を開始したのです。


氏勝も渡河を防ごうと兵を送りしますが数が足りません。


わずかな矢をくぐり抜け、川岸で待っていたわずかな手勢を排除して、丹羽堂隠は易々と渡河に成功したのです。


それを見て、他の武将も渡河を始めます。


「ここまでだ!」


氏勝は退却の法螺を鳴らします。


乱戦を続けながら引けという無茶な命令です。


一端が崩れると、一瞬で岩崎城の兵が崩壊します。


「しまった。退却じゃ! 引け、引け、引け!」


3割近い兵を失っての敗退です。


氏勝、馬鹿だよね。


一突きして、勢いのままで退却するなら可能だけど、乱戦になってから退却なんてできる訳もないよ。


 ◇◇◇


【 織田信勝 】

織田の本隊は天白川(岩崎川が合流する川)を渡河して、街道を戻っていった後に、西の牧ノ大池を迂回して、岩崎城の背後に近づきます。


「若、もうすぐ弁天池が見えて参ります」

「そうか」

「弁天池を超えれば、岩崎城はもうすぐです」

「うむ」


勝ちを疑わない信勝に慎重という言葉はありません。

況して、足軽達の会話など耳に入りません。


「知っとるか、三河の一揆衆がこっちに向かっておるそうだ」

「聞いた。聞いた。3万もあるってよ」

「俺達は1,000しか、おらんぞ」

「赤鬼様は一向宗の事は織田でなんとかせいと言ったらしい」

「おら、かかあが待っておるんだよ」

「若様は、ここを勝った暁に、赤鬼を退治すると言っているらしいぞ」

「それでは助けにきてくれんぞ」

「それどころか、赤鬼様に殺されるぞ」

「くわばら、くわばら」


先陣の柴田は味方に寝返った城主や傭兵をすべて連れていった事で、本隊は百姓が構成する足軽が主体でした。


足軽と一言でいっても色々です。


土豪として、一族の代表として武将となった者に付く百姓は武将を見捨てるような事はしません。


三河衆などがそうですね。


村1つが家族ですから、武将も身内なのです。


一方、新参者と呼ばれる武将は、領主から土地を与えられた縁の薄い者もいます。


そんな顔もロクに知らない領主の為に死んでくれる百姓はいません。


さらに、百姓も戦いに行きたくない時は、流民と言って土地を持たない難民に金や一杯の飯を奢って、代わりに賦役をお願いする事があります。


信勝が引き連れている武将達は信秀配下の中では新参者と呼ばれる者が多かったのです。


不幸と言うのは重なるモノなのです。


ずど~~~ん!


弁天池を超え、御岳山も半ばに差し掛かった所、岩崎城は目の前です。


1つの銃弾が放たれます。


運悪く、信勝の横で馬に乗っていた武将に当たったのです。


ずどどどん!


続け様に4・5発の鉄砲の音がします。


その音が何の音か、信勝はすぐに気が付きます。


『唐鉄砲』


鈍い爆発音、信長が自慢する種子島と違い、それ以前に入ってきた中国製の鉄砲です。


長さ30~40cm、重さ2キロほどの青銅製で1発撃つとしばらく使えない代物です。


「これはからてっぽうだ。つぎはない」


信勝はそう叫びます。


じゃん、じゃん、じゃん、銅鑼を叩く音と一緒に『南無阿弥陀仏』と書かれて旗が山のあちらこちらに立ち上るのです。


「「「「一向衆じゃ」」」」」

「「「「一揆だ」」」」

「「「「殺されるぞ」」」」


足軽達が右往左往とすると、軍が一斉に崩れて行きます。


「おちつけ、おちつけ、てきはしょうすうじゃ」


信勝は必死に訴えますが、誰も聞いてくれず、足軽達が蜘蛛の子を散らすように逃げてゆくのです。


「らんど、かかれ」

「若、無理でございます」

「みよ! だれもせめてこん。しょうすうしかおらんしょうこじゃ」

「判っております。しかし、すでに兵が瓦解しております」


うおぉぉぉぉぉぉぉ!

岩崎城の方から大きな声が上がり、土煙が迫ってきます。


「一向衆じゃ」

「殺されるぞ」

「おらぁ、死にたくねい」

「おっかぁ」


蔵人も躊躇っている暇がないと覚悟します。


「若、ごめん」

「らんど、やめよ」

「申し訳ございません。後で腹でも何でも切りまする」


蔵人は信勝の馬の手綱を持つと馬を走らせます。

総大将が逃げたのです。

何とか、踏み止まろうとしていた武将も最早ここまでと逃げ出したのです。


えい、えい、おぉ!

えい、えい、おぉ!

えい、えい、おぉ!


山の方から百姓達の勝鬨が上がります。


さて、岩崎城へ向かう土煙が何かと言えば、織田軍が氏勝を追う土煙です。


岩崎城に逃げ込んだ氏勝を織田柴田が攻め立てます。


しかし、信勝が敗走したと聞くと、攻撃の手も止まるのです。


「柴田様、如何致す」

「総大将が引き上げたなら戦はこれまでじゃ」

「しかし」

「押切りましょう」

「すまん、まずは若の無事が大事じゃ」

「「「柴田様」」」

「皆、ご苦労であった」


勝家もこのまま攻めて落としたい。

100程度しか残っていない岩崎城を落とすのは簡単です。

まだ、800兵余りも残っています。


しかし、ここで最優先すべきは信勝の安否です。

岩崎城を落としながら信勝の首が落ちていたのでは笑い者です。

勝家は悠然と退却すると、信勝を追い駆けたのです。


天白川の下流で泣きじゃくる信勝を見つけて、勝家はほっとしたのです。


「ごんろくなどきらいじゃ」

「若ぁ~~~~!」


もう少し用心深ければ、勝っていたよね。


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