第27話 順風満帆、幸事魔多しの事

【藤吉郎】

如来様の朝はお寝坊だ。

日が高くなってから起き出すと、風呂場で寝汗を落とされる。

水浴びを終えると、我が姉の智が着替えなどを手伝うようになった。


粗相をせんとえんだが。


それからみなさんと一緒に食事されるだ。

宗厳様と慶次さんと千代女さんはいつも楽しそうにしておいでだ。

忍様はみんなで食べるのがおいしいと言われる。

おらも一緒にと言われますが、恐れ多いので遠慮させて貰った。


おらはまず、日が出る前に倉街に住む事になった倉衆を回り、みなさんの要望や意見を食事中に忍様にご報告申し上げる。


「じゃぁ、農機具は順調に作れるようになったのね」

「はい、鉄を溶かすのに少々苦労したようですが、今は問題なく、生産が可能になりました」

「鉄砲は?」

「鉄砲を担当した者は、未だに試行錯誤を繰り返しております」

「急かす必要はないわよ」

「はい、そういっておきます」

「わぁぁぁぁ、まだ眠い」


昨日は面白くてちょっと熱が入ってしまったと言われる。

一週間ぶりの徹夜明けだそうだ。


「忍様、今日は随分と眠そうだべぇ」

「智ちゃんも一緒に食べなよ」

「恐れおおいだ」

「昨日はちょっと、がんばったからね」

「何をお作りになられただか?」

「聞きたい?」

「はい」

「智ちゃんは素直だね。千代女ちゃんなんて勝手について来て、後ろで寝ちゃっているのよ」

「あんたがいつまで経っても終わらないからじゃない」


昨日、海岸部の湾岸区に行って造船所を作っていたそうだ。

何でも新しい船を造る施設らしい。

造船所では船が4隻も建造できるそうだ。

すでに3隻を忍様が造ったそうだ。


「城みたいに馬鹿でかい奴よ」

「あれは戦列艦っていう船なの!」

「大砲が110門って何よ。もう戦いにならないじゃない」

「だから、あれは死蔵、使いません。というか、使えません」

「忍、俺はあれに一度乗ってみたいんだが」

「それは私も同じよ。折角、造ったのに一度も乗れないのは辛いのよ」

「忍殿、日本近海でなければ、問題ないのでは」

「…………宗厳様、それだよ」


忍様は嬉しそうに「飯母呂の水夫が育ったら、みんなで七つの海を渡ろう」などと言っおいでだ。

おらも行く事になるんだか?

七つの海とは、何か判りませんが、とにかく忍様は楽しそうだ。


「智、忍様をよろしく頼むだ」

「判っているだよ。それより倉街をしっかり治めなよ」

「もちろんだぎゃ。忍様の期待を裏切るようなことはせん」


おらはもう一度誓っただ。


 ◇◇◇


昨日は疲れた。

そもそも質問責めにあった事が始まりなんだよね。

湾岸区に来た佐治の水夫が南蛮船の見取り図を片手に色々と聞いてきた。

練習船とガレオン船は随分と違うからだ。


練習船は三角帆(ラテンセイル)の横帆が多く、マスト2本でマスト上部に縦帆を持つトップスルスクーナー式を採用し、ガレオン船は四角帆が多く、最後列のマストに縦帆を持つバーク式を採用している。


簡単に車で説明すると、トップスルスクーナーはタイヤ4つがすべて向きを変える4WS(四輪操舵)を採用し、バークは後輪の2つが向きを変える2WD(後輪駆動)でドリフト走行が得意な船って事よ。


どう性能が違うかと言えば、トップスルスクーナー式は風上への切り上げ角度60度に達し、ヨット並に風上に走れる。

対して、ガレオン船は45度くらいかな?

和船にも、横風帆走の「開(ひら)き走り」や逆風帆走の「間切(まぎ)り走り」がありますが、縦帆を使う、使わないで性能が段違いだった。


巧く説明できない私は一度造ってみる事にしたのです。

そう、夜の工作の時間です。


ガレオン船

帆装は横帆と縦帆の複合で、

全長30m、

排水量500トン、

船幅と全長比は1対4、

マスト4本、

大砲18 門

乗員50~200名


次に、貿易はキャラック船です。


キャラック船

帆装は横帆と縦帆の複合で、

全長60m、

排水量1,500トン、

船幅と全長比は1対3、

マスト4本、

大砲18 門

乗員50~700名


幅広体形になり、ずんくりします。

この為に小回りが悪くなるのが、キャラック船の欠点みたいです。

しかも同じ60m級なら武装を減らしたガレオン船の方が積載量がキャラックより多くなりそうなので、輸送専用のガレオン船を作る方が効率的かもしれません。


そして、私はイギリスの戦列艦(ship of the line)に挑戦したのです。

あくまでイギリスの戦列艦がベースと言うだけで、私のオリジナル設計です。

バルバス・バウなど流体力学をフルに活用した最新構造の船体ですよ。


戦列艦

帆装は横帆と縦帆の複合で、

全長65.18m、

排水量3,100トン、

船幅と全長比は1対4、

マスト4本、

大砲110 門(アームストロング砲)

追加装備、機関砲4門

乗組員850名

最大速度11~14ノット (20~26km/h).

(航海速力11ノット)


水の抵抗値を下げる流体力学理論を駆使し、普通の帆船なら6~7ノットを遥かに超えたハズです。

(但し、帆走中にオールを漕いで最大15ノットも出すヴァイキング船には及ばない)


実証データーを取りたいね!


大きさも然る事ながら搭載する大砲はアームストロング砲です。

普通の砲の射程距離が1,000mなのに対して、このアームストロング砲は4,300mとかなり長距離射撃できます。


有効射程距離は3,000m以下かな?


しかも110門、片面に55砲が備わっており、海に浮かぶ要塞です。

機関砲も4門配備しています。


オーバーテクノロジー。

死蔵決定。


私の努力の作品なのに…………でも、宗厳様がすばらしいアイデアをくれたのです。

ふ、ふ、ふ、日本近海じゃなきゃいいのよ。


そう、そう、飯母呂一族の人々は隠れ里から海岸部に移住して貰いました。

犬山城の近く山は斉藤家に隣接し、尾張が斉藤家を取り込むまでの暫定処置です。


山の隠れ里は無理でも、海の根城を造る感じで仕上げたのが戦列艦です。

海水を吸い上げて濾過する装置など、衣食住、快適な戦艦に仕上げています。


ザ・海の浮かぶ隠れ里。


まぁ、船を操舵できないと宝の持ち腐れですので、練習帆船でトレーニング中なのです。


練習船は神戸で使われている帆船ですよ。


練習帆船の名は『日本丸にっぽんまる』と『大成丸たいせいまる』としました。

(名前をお借りしただけで、90mクラスの帆船じゃないですよ)


大砲も装備していないタダの練習帆船なのですが、これを見た佐治水軍が織田に対して、同盟を止めて臣従でいいから船を回して欲しいと頭を下げてきたのです。


信秀もびっくりです。


えっ、弁才船は全長29m!

練習船でも全長52mで超大型船になるの?

いや、いや、実質36mだから変わらないよね。

練習帆船は乗員10名で運用する小型船ですよ。


小型だよね!

(現代と戦国時代の感性の違いと言う奴です)


その練習帆船が風上に遡っているから、佐治の水夫は目が飛び出るほど驚いたらしい。

その特徴であるトップスルスクーナーという三角の帆は風上に対して60~70度あたりまで切り上がることができるのです。


飯母呂さん、習得早!


もう、ほとんど風上に向かって進んでいるように見えたそうです。


あれ?

練習帆船の方が武装していないだけでガレオンよりハイテクなんじゃない。


実際、造ってみてそう思った。


まぁ、その話はおいて置くとして、船は回せないけど「(ガレオンの」設計図ならやるよ」と言ったら、湾岸区にやって来て、飯母呂一族と佐治水軍が一緒に練習するようになったのです。

日に日に佐治さんとこの水夫が増えています。


と言う訳で、昨日も私は質問責めです。


もう、拠点を湾岸区に移す気じゃないかな?

4番ドックが空いているから、佐治さんとこに使わせてみようかしら?


 ◇◇◇


「忍様、大変です」

「おはよう、藤八」

「おはようございます」


藤八は私が朝遅いのは承知しているので驚いた様子もない。

評定が終わった日から、いつも誰かが登城してくるようになった。


一番の原因は私らしい。


海が無くなった事で押し寄せる武将が後を絶たない。


『信長様、あの新しい土地を如何なさるのですか』

『すでに竹姫に献上した。竹姫縁の者を住まわせる事になる』

『昨日、今日来た新参者にお与えになると申されるのですか』

『儂が決めた事に異を唱えるか』

『しかし、信長様』

『お主も欲しければ、海を埋めて新しき土地を作ればよい。認めてやるぞ』


こんな感じの議論が繰り返されている。

林秀貞や平手政秀らのおとな衆の下にも陳情が絶えないらしい。

林秀貞と平手政秀は一向に相手にしないらしい。

その分、青山信昌と内藤勝介の所に不満を持つ者が集まっていると言う。


馬鹿だね!


信長ちゃんが私にあの土地を与えた事実を見るだけで、誰は造ったか判りそうなもんだけどね。


「で、何が大変なの? 謀反でも起こした」

「謀反は流石に起こしていませんが、信長様配下の8割の連判状を持って、大殿の下へ向われ、大殿からのお呼び出しです」

「ねぇ、織田の家臣って、馬鹿ばっか」

「申し訳ございません」

「藤八を責めている訳じゃなから謝らなくいいよ」

「ありがとうございます」


謀反を起こして決起しないだけでもマシと思うか。


 ◇◇◇


私と信長ちゃんが末森城に到着すると、信秀の自室に呼ばれた。

頬を赤めて盃に酒を注いで昼間からやっている。


「おぉ、適当に座れ」

「昼すぎから酒とはいい身分ね」

「おおぉ、忍殿を見習ってみた。忍殿は朝寝、朝酒が好きと聞いた。一献如何かな」

「お酒は…………?」


差し出された盃に注がれた酒に臭いがしない。


「騙されたと思って飲んでみよ」


信秀は下戸の信長ちゃんにも飲ませた。

水酒をね。


「うん、おいしいわ。お代わりを貰おうかしら」

「流石、忍殿は話が判る。他のおなごと違うのぉ」

「さぁ、注いで」

“隣の部屋で家中の者が耳を澄ませておる”

“厄介ね”

「相変わらず、昼前までぐうたらと寝ているそうだな」

「悪い?」

「嫌ぁ、一向に、儂も添い寝をさせて頂けんか」

「信長ちゃんだけで十分ですよ」


『儂の誘いを断るじゃと!』


信秀おっさん、ノリノリで大声を出しています。


「で、呼び出したのは何の用なの。私を処分する気?」

「あははは、悪い冗談だ。忍殿を敵に回すくらいなら陳情してきた家臣を根切りにする方が楽だわ」

「ははは、そんな訳はない。まずは近こう」


信秀のおっさんは体を寄せて耳打ちします。


信秀おっさんは最近、いよいよお盛んになっているそうです。

甲賀の何人かを信秀に回し、千代女ちゃんを通して信秀の行動が伝わってくるよ。

皆の居る前で、甲賀衆の頭(信秀直近の家臣と言う事になっています)に私の動向を探れと申しつけます。


『竹姫が何を好きか』

『竹姫が何を望んでおられるか』

『竹姫が不満に思っておられる事はないか』

『竹姫に不届きな所業をした者はいないか』


竹姫の何を探りたいのかと家臣一同が首を捻ったようです。

何でも私に懸想した信秀は那古野城の改築を認めたらしく、抱かせてくれないから代わりに女漁りをし続けているって?

信長ちゃんも私にぞっこんで何でも言う事を聞いている?

守山城の信光は信長ちゃんと信秀が私を争って競っていると嘆いているとか?

なんか、尾張を我が物にする悪女ですよね。


誰ですか、その悪女さんは私ですか。


ちゃうわい。


信秀おっさんが私の耳元で囁きます。

信長ちゃんも耳を澄ましています。


“謀反を起こすなら早い方がありがたいのだが、今回はその中に青山信昌、内藤勝介、その他に池田恒興などが含まれておる。織田の古参、忠臣が含まれておる。余り減らし過ぎると、後で広げた時に預ける者がいなくなる。領主は馬鹿でなければ、無能でも構わんが、新参者に国を任せるほど、儂は度胸がよくない”

“私も根切りにしろとか言ってないよ”

“父上、青山信昌、内藤勝介の一族を失うのは織田の損失でございます”

“判っておる。だから、相談に来て貰ったのじゃ。儂の手に乗ってくれ”

“某に異存はございません”


こらぁ、勝手に返事するなよ。

仕方ないな。


“判った。乗ってやる”


『何故じゃ! 何故、末森に移るのを嫌がる』


「信長ちゃんがいないからよ」

「儂より信長を取るか」

「取るわよ。決まっているじゃない」


ぬ、ぬ、ぬ、信秀おっさんが顔を歪めます。

役者だね。

横に置いてあった本物の酒壺を放り投げて叩き割ります。

部屋中に酒の臭いが蔓延します。


「皆の者、であえ、であえ」


ばたん、ばたん、ばたん、時代劇のように襖が一気に開いて、家臣が詰め寄ってきます。

しかし、後ろで控えている長門君らや慶次様は微動だもせずに待機しています。


「これを見よ。お主の家臣が儂に寄越した請願書じゃ。家中一もまとめられん愚か者め」

「父上、それは誤解でございます」

「おぬしを廃嫡して、儂が那古野に入るぞ」

「勝手に決めないでくれる。私の信長ちゃんを廃嫡なんてして貰っては困るのよ」

「そいつは戦もできぬ半端者じゃ」


ほぇ~~~~?


あっ、初陣させる気だ。

その成果で家中を黙らせる気ね。


「初陣なんて誰だって初めはあるわよ」

「ははは、こやつがまともな初陣が務まるか」

「見事に果たしたら、廃嫡を取り消してくれる」

「できるモノならやってみよ。近頃、同盟を結んだ水野の刈屋を脅かす不届き者がいる。見事、刈り取ってみよ。然すれば、廃嫡はなかった事にしよう」

「ありがたき幸せ。この信長、見事に初陣を飾ってみせましょう」


あぁ~~~、信長ちゃんの初陣が一年繰り上がったよ。

面倒くさいな。


天文15年5月中旬、世に伝えられる『竹取り乱』の始まりであった。


なんだよ、それ!

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