第25話 末森城の談議の事。

【織田 信秀】

那古野城で評定が行われている当日、末森城でも評定が行われていた。末森城に集まってくる家臣は古参の新領地を貰った家臣と新参者で構成されている。三河攻めの下知がいつでるのかを心待ちにしていたのだが、何もなく評定が終わってしまい、昼前に宴会に突入していた。

末森城に居城を移した事で、美濃攻めを一旦諦めて、三河攻めを集中すると誰もが思っていた。


「大殿、岡崎はいつ攻め滅ぼすおつもりでしょうか?」

「しばらくはない。精々、兵を鍛えおけ」

「しばらくはないですと?」


酒を陽気に呑んでいた手が止まります。

加納口の戦いの敗戦で、信秀の信頼が揺らいでいるのです。


敗戦の後に斎藤 利政さいとう としまさ(後の道三)が仕掛けた斎藤・水野・松平同盟(織田包囲網)が厄介だったのです。

特に、水野に造反されると、尾張の古渡城と三河の安祥城を結ぶ鎌倉街道が絶たれます。

(知多半島は水野の勢力圏であり、鎌倉街道が通っています)

そこで水野の居城である刈谷城を挟み打ちできる飯田街道の末森城に居城を移す事で水野を威嚇したのです。

家督を継いだ水野信元は今川氏を離反して織田氏に従う事を選択し、すでに松平に嫁いでいた於大を離縁させました。

すでに於大は岡崎を出たと報告が入っています。


信秀は戦う事なく、織田包囲網の回避に成功したのです。


皆はそんな裏の駆け引きがあったなど知らず、信秀が末森城に移ったのは三河を攻める為と思い、戦が近いと気が急いていたのです。

そう、戦で手柄を立てたくてうずうずしているのです。


信秀は思わず、溜息をついてしまった。


忍殿のように全体が見える家臣はおらんか。

信長に忍殿がいるなら、林と平手をこちらに戻すか。

無理か、忍殿は頭が回るが如何せん新参者だ。


「ちちうえ」

「おぉ、勘十郎(信長の弟で信行)か、如何した」

「あにうえもげんぷくされました。それがしもげんぷくしとうございます」

「そうであるか。来年でも元服させるか」

「ありがとうございます」

「がははは、遂に若様も元服でございますか」

「権六(柴田勝家)、酔っておるな」

「酔わずにおられましょうか、若の元服ですぞ」

「来年の話だ」

「初陣はどこにいたしましょう」


柴田の発言をきっかけに信行の初陣をどこにするかで盛り上がります。


 ◇◇◇


【織田信光】

酒の席を立った信秀は、別室に弟の守山城主の信光を呼びました。


「兄者、如何した」

「大した用事ではないが、いずれ告知がくるだろうから先に言っておく」

「もったいぶるな」

「那古野城を改築する」

「それは凄い。よくそんな金があったな」

「信長が金蔓を拾ってきおった」

「ちょっと癖のある大国の姫君さ」

「どんな姫やら」


信秀はそこまで話して用水の件を話す。

話を聞きながら酒をちびちびとやっていた手から盃が零れた。

・土岐川の改修

・那古野城の改築

・武衛屋敷の建造

・用水網の完備

・熱田台地の両岸に運河建設?


「大型の川舟がすれ違える川幅だ。堀と言ってもいいだろう」

「台地そのものを城化するって言うのか?」

「そう言う事だ」

「兄者、気が狂ったか」

「あぁ、狂った。狂った。女に唆されて、御殿を作ると言い出した。儂は呆けたらしく、もう先が長くないらしい。今日の飯も肴も旨かっただろう」

「兄者、何を考えておる」

「金をばら撒くぞ。徹底的にな」


信秀の顔が歪み、不気味な笑みを作ります。

信光は今までにない恐怖を覚えます。

ここまで不気味な笑みを見た事がなかったからです。


「なぁ、織田は散財したあげく、金が回らなくなって高転びする。そう思ってくれると楽しいではないか」


全然、楽しくない。

それは危ない。

信光は心の中で叫びます。


「弾正忠家が危なくなると、どこから崩れてくる」

「まずは、守護代の織田信友辺りか」

「信友にそんな度胸はないさ」

「では、その家臣の小守護代の坂井大膳か」

「そんな所だろう。さぁ、どれだけの家臣が儂を見限って大膳に付くかのぉ、ふ、ふ、ふ」


信光はやっと意図を理解したのです。

そうなのです。

信秀は身内の家臣を振い分けるつもりなのです。


「兄者、それは拙い。外から今川と斉藤が狙っておる。中で揉めておる暇はない」

「儂もそう思っておった。しかし、いつ裏切るか判らん奴らを腹に抱えておる方が危なかろう。先に喰ってしまえば、その心配もない」

「で、俺は何をすればいい」

「何もせずとも良い。儂と信長は女狐に騙されておると騒ぎ立ててくれ。後は勝手にあぶれ出てくれるわ」

「で、女に唆されて討伐に向かうか」

「そうさ。儂は狂っておるのさ。儂に逆らう者をすべてなぎ倒し、尾張を統一するぞ」


ぞぞぞぞぞぞぉ、その凍りつくような目に信光の背中に這うようなモノが走り、そして、腹の底から熱いモノが沸き上がってくるのです。


尾張を統一する。


以前の信秀なら絶対に言わない言葉でした。

それは同族の守護代大和守、伊勢守を排除する事を意味します。

どれだけの国人や土豪が付いてくるのか?

余りに危険な賭けなのです。

のるか、そるか、弾正忠家が試されます。


「やるのかぁ、兄者」

「あぁ、やるぞ」

「では、精々、兄者が狂ったと触れまわらねばならんな」

「よろしく頼む」

「よく、そんな賭けに出る気になったのぉ」

「それくらい、いい女に出会ったのさ」

「狂ったのぉ、兄者」

「おぉ、狂った。狂った」


そこに三河国安祥城城主である庶子嫡男の織田信広と牛屋城(大垣城)の城主である織田信辰が到着したという知らせがやって来たのです。


 ◇◇◇


【織田 信秀】

信広と信辰が信秀を前にひれ伏す。


「父上、火急の用とは如何なる事でしょうか」

「信辰、お呼びにより参上いたしました」

「わざわざ来て貰ったのは他でもない。今川と斉藤の事じゃ」

「此度、いずこで」

「焦るな」


若い信広は功を焦っているように見える危なさがあります。

一族の信辰は逆に覇気がないのが問題でした。

いずれにしろ、信秀の信用できるカードは少ないのです。


「まず、大方の方針として、安祥城と牛屋城(後の大垣城)の双方の改築を命ずる」

「改築でございますか?」

「牛屋城もですか?」

「双方、二の丸、三の丸を持つ三重の総掘造りで守りを固めよ」

「岡崎を攻めぬのですか?」

「攻めるぞ。安祥城と牛屋城の二城を難攻不落の城に変えてから、堂々と正面から落としに掛かる」


信秀は安祥城と牛屋城の絵図面を二人に渡します。

流石に天守閣は描かれていないが、どちらも石垣を積んだ総掘り造りです。

さらに、城の外に大外掘りで囲まれた宿場町も描かれています。


「当初、普請に5000人を用意する。最終的に2万を送る。2年以内に完成させよ」

「2万の大軍を」

「その宿場は人夫2万が生活する宿舎となる。家族を入れて4~5万人は住むと心得ておけ」

「本気でございますか?」

「それだけの大軍を抱えてみよ。三河も美濃も何もせずとも下ってくるぞ」


夢のような話を聞かされて、二人が生唾を呑み込むのです。


「いずれにしろ、当初は5000のみじゃ。そちらでも人を集めよ。銭をケチるな! 必要な銭はこちらで用意する。むしろ、三河や美濃の農民が来るようなら、どんどん受け入れてやれ。大外堀の作業なら支障もあるまい。飯もタダで食わせてやれ! 松平や斉藤と違う所を見せ付けるのだ」

「「畏まりました」」

「来月になれば、人も集まって来よう。率先的に回す。無暗に戦を起こすな! だが、警戒を怠るな。細かい指示はこちらから送る」

「「はぁ」」

「よいか、しばらく攻めぬという話は他言無用だ」

「「承知しました」」


信広と信辰は意外な話に戸惑っていた。


「父上、本当に攻めなくてよろしいのですか」

「守っておれば、勝手に攻めてくるわ。その時、痛い目に合せてやればいい」

「後詰は如何いたしましょう」

「後詰は出してやれ! 但し、誘いには乗るな。素っ破をこちらから放っておく。連絡を密にせよ。騙されるな」

「「はぁ」


一通り説明が終わると、信光に話し掛けます。


「何か、言い忘れた事があるか?」

「そうですな! 尾張を統一する話もした方がよいかと」

「ふ、ふ、ふ、では、儂が女に狂った話をするか」


知らない内に私は悪女にされていたのです。


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