第24話 那古野城の評定(2)の事。

青山 信昌あおやま のぶまさ

「よう言うた。知恵も力も貸そう。半分でも一割でもよい。思うぞんぶん試してみよ」


おぉ、これが若様か!

いつも自信なさげで某を頼ってくれていた若様か。

立派になられて嬉しゅうございます。


口惜しい。

何故、若様を変えたのが某ではないか。

もう、某は必要ございませんか。


信昌の青山家は内藤氏と同じく、祖父信定様から使える古参であり、信秀様から台頭して来た林秀貞や平手政秀とは格が違うのです。

信定様を共に支えた橋本氏、祖父江氏、溝口氏、そして、津島衆の大橋氏や堀田氏を出し抜いて、嫡男の信長様の傅役もりやくに選ばれたことは本当に名誉な事なのです。


新参者に良いようにされないように、信長様を大切にお育てしてきたのです。

元服して那古野城主になられたと言うのに、筆頭を林秀貞に奪われ、次席も平手政秀が居ずわってしまった。


四家老とは名ばかりです。

軍事は林が、内政は平手が一手に握り、信長様を蔑ろにする行為は許せません。


冷や飯食いの2・3男のあぶれ者を子飼いにするのは、林殿へのあてつけです。

じいめは承知しておりますぞ。


そんな信長様が何やら始めたと聞いて、期待して登城して見れば、竹姫を絶賛されるばかり、女などに現を抜かしている場合ではございませんのに………しかし、しかし、誤解でござった。


信長様は立派になられた。


押しも押されもせぬ城主でございます。

じゃが口惜しい。

信長様を変えるのが、このじいの役目ではございませんか。

糞ぉ、馬の骨に油揚げをさらわれてしもうた。


代官の陳情が続きます。

城主の名前を呼ばれ、代官が問題を陳情するのですが、城主が「右に同じ」と言うのです。


「助光城主、福留左近将監殿」

「某も右に同じでございます」

「ならば、他に問題はありません」

「次…………」


次々と、城主達が借金の棒引きに応じます。


巧い手じゃ。

確かに借財を織田家が肩代わりして支払う事はよくあります。

しかし、城主達の生活を切り詰めさせて分割で返して貰う所なのです。


借財を引き受ける事で信長様は完全に城主の上に立ってしまいました。

織田としては負担が大きいが、その分、忠義を示そうと躍起に働くことだろう。


これで若様の事を『うつけ』と呼ぶ者はいなくなる。


もちろん、石高が倍になるという新農法があっての話じゃ。

借財の棒引きなどを度々しておっては、図に乗って織田を侮る事になりかねん。

しかし、石高が増えれば、織田の実入りも増える。

一時、借財を引き受けて織田家が損をしても、石高が倍になったなら1年で取り戻せる。

石高が増えれば、多少の放漫財政でも問題がなくなる。

・家中の借財問題を解決し、

・家臣の恩を売って忠誠心を集め、

・新農法を好意的に受け入れさせ、

・石高を上げて織田の基礎を固める。

一石四鳥、巧い手じゃ。


代官の陳情が終わると信長様が申される。


「普請頭」

「はぁ」

「農地改革に必要な検地を行え」

「畏まりました」

「検地において、先祖伝来の地など、譲れない物もあるであろう。争いにならぬように心使いを忘れるな」

「畏まりました」

「さらに、神社、仏閣の土地が混ざっていよう。農地改革において目障りじゃ。土地替えを申しつけるゆえに、代替え地の選別に苦心いたせ」

「ははぁ」

「よいか、織田は得をしようなど考えるな。多少なら損をしても構わん。必要なら新農法も伝授いたす」

「暫く、殿。それはなりません」

「佐渡守、よう聞け。土地替えをした後に織田の田のみが実り多ければ、どう思うか。要らぬ恨みを買っては立ち行かなくなるぞ。それより恩を売る方が得なのじゃ」

「坊主が恩など感じますか、ふ、ふ、ふ」(嫌な感じの、笑)

「坊主は感じずとも、民は織田に感謝するぞ。もし、多く搾取すれば、坊主を恨む事になる。織田に損はない。さらに、余った米を市に流せば、それを買って戦の準備も楽に行えよう。如何じゃ」

「そこまでお考えであれば、この佐渡守、口を挟む事はございません」


なんと、信長様が新五郎(林秀貞)めを言い負かしなされた。

逞しくなられた。


は、は、は、これで新五郎も五郎左衛門(平手政秀)の時代も終わりじゃ。

信長様を盛り立てて、儂らの時代を取り戻そうぞ。


「平手」

「はぁ」

「神社・仏閣との交渉、じいに頼めるか」

「お任せあれ」


なぜ、五郎左衛門に頼む。

信長様を謀って一人ですぞ。


「信長様」

「青山のじい、なんじゃ」

「その役目、某が受けとうございます」

「無理をするな。与三右衛門よそうえもんは寺と仲が悪いではないか」


青山家は南朝の出であり、津島衆などとは仲がよいのですが、北朝系の武士と仲が悪いのです。寺の檀家はほとんどが北朝の武士団が占める事で青山家は寺とは疎遠なのです。


「それでは、(内藤)勝介に」

「内藤のじいは交渉事に向かん」

「何故、平手なのです」

「平手のじいは、朝廷にも覚えがめでたい。織田が本気だと感じてくれよう」


何故じゃ!

新五郎(林秀貞)、五郎左衛門(平手政秀)を重用するなら大殿と同じではないか。

わしらの復権はどうなるのか。

何の為に小さき事から殿をお守りしたのか判らんではないか。

つい先日まで、殿はこうではなかった。

新五郎(林秀貞)、五郎左衛門(平手政秀)への愚痴をこぼしておいでであった。

それなのに!


誰が、殿をこのようにした。

いや、聞くまでもない。


あの女狐め!


 ◇◇◇


池田 恒興いけだ つねおき

「平手のじいは、朝廷にも覚えがめでたい。織田が本気だと感じてくれよう」


家老を相手に一歩も引かぬ態度。

恒興、嬉しゅうございます。


昨日は竹姫、竹姫、竹姫と何度も褒め讃えるばかり、天界から見る景色は美しいとか、尾張はおろか、日の本も小さいとか、武田は馬鹿で、今川と斉藤は先が見えんとか、言う事がおかしな事ばかり、況して、セーラー服と言うおかしな服を大切にされる。


女に誑かされたなどと思っておったのは誤解でござった。

信長様は立派な城主でござる。


「では、普請頭、例の物を」

「はぁ」


そう言うと、大広間の中央から人を退け、巨大な絵図面3枚を床に広げたのです。


これは何じゃ?


「これは新しい那古野城の絵図面でございます」

「皆に説明してやれ」

「はぁ」


普請頭が説明を始めます。

最初に驚いたのが、新しい那古野城の広さです。

天守閣とよばれる場所だけで、今の那古野城と同じ広さを有し、天守閣の側に一丸御殿、その他に二丸御殿、三丸御殿を持つ巨大な城なのです。


「この天守閣は5重の造りになっており、3里先からでも望める巨大な建造物になります。現在の那古野城の機能は一丸御殿に移し、ここに評定の間などを併設致します。二丸御殿は主に我ら役所の者が使う御殿となります。次にこの堀でございますが、土岐川より水を引いて、内掘り、中掘り、外掘りと水を張ります」

「土岐川とは、いずこの土岐川か」

「守山の少し上流となります」

「途方もないな」

「大変な作業でございますが、2年で終わらせる予定でございます」

「2年で終わるのか」

「終わらせるのでございます。さらに外掘りの他に大外堀として、那古野城の両岸に用水路を設けます。これは熱田台地を1つの城と見なし、那古野と熱田を守る大外掘となりまする。その中心は古渡城を解体した後に造られる武衛屋敷となります。武衛屋敷の横には守護代信友様の大和屋敷も併設されます。那古野城は武衛屋敷の守りの要となります。有事の際は、一丸御殿の奥の最上天の間が武衛様の仮住まいとなりますので、少々の贅沢な造りになるのはお許し下さい」


普請頭が一気にしゃべって汗を拭きます。


「この大手門の横になる建物は何か」

「天王坊(亀尾天王社、那古野神社)にございます。大手門より入り、三の門までは誰でも参拝できるように配慮しております」

「で、三丸御殿は誰の御殿か」

「様々な用向きに使います」


ざわざわと場が揺れるのです。


当然、誰の屋敷かを知っていて聞いたのに違いありません。

那古野城に勤める家臣は直接雇った者もいますが、各城主が優秀な者を推薦して勤めている者が多くおり、那古野城を訪ねた城主達は、城主間の情報交換も然る事ながら、身内や目に掛けてやっている地元の者に那古野城の様子を聞いて回るのです。

もちろん、那古野城に勤める者は信長様に忠誠を尽くしていますが、身内や知り合いの城主に聞かれて何も答えないという訳にも行かないのです。

もちろん、恒興もいます。

身内の者が那古野城に勤めていますが、信長と親しい恒興は信長に聞けばいいと思う余り、そのような手間を惜しんでいたのです。


何をざわついているのじゃ?


「はっきりと言わぬか」

「一体、何を騒ぎでございます」

「竹姫様でございます」

「なっ! 竹姫とは?」

「三ノ丸は竹姫の御殿なのです」

「誠ですか」

「ここだけの話ですぞ」

「うむ」

「この那古野城の改築を望んだのが竹姫と言う事です」

「まさか」

「しっ、静かに! 静かにお願います」

「お願いします。教えて下され」

「儂の甥が普請方をやっておりまして、竹姫に教えを乞うておるのです。この絵図面の原案も竹姫が持ち込んだ物と聞いております」

「この那古野城の改築は竹姫の為の物だとおっしゃるのか」


あり得ん。

あり得ん。

そんな事はあり得んぞ。


「こんなに銭を使って織田は大丈夫なのか」

「秦の始皇帝も普請をやり過ぎて滅んだのだろ」

「唐国も妲己だっき楊貴妃ようきひが贅を尽くして滅びたと言うぞ」

「あぁ、おそろしや」


何を言っておる。

信長様に限って、そんな事があるハズがなかろう。


『黙れ、黙れ、黙れ』


「勝三郎、何を騒いでおる」

「林殿、お騒がして申し訳ございません。ここの者達が戯言を申しましたので、つい声を上げてしまいました」

「そうか!」

「信長様、1つお聞きした事がございます」

「なにか」

「この者達が三ノ丸は竹姫御殿と申しております。ここで改めて否定して頂けませんか」

「勝三郎、心配ない」


その一言が晴れたような気がした。

だが、次に続いた言葉は耳を疑うものだった。


「三ノ丸は竹姫の為の御殿じゃ。巧く使こうてくれよう」

『信長様ぁ!』

「どうした。大きな声を上げて」

「惑わされてはなりませぬ。楊貴妃ようきひのたとえもございます」

「勝三郎とて、忍様を悪く言う事は許さんぞ」


信長様が立ち上ってそう言い退ける。

すでに、そこまで誑かされておったのか?

俺を叱るのか?


「殿、冷静におなりなされ」

「ふん、儂は冷静じゃ」


信長様がどかっと座って、明後日を向く。


「勝三郎、竹姫はやんごとなき姫君で在られる。楊貴妃のような下賤の者ではない。安心しろ」

「林殿、信長様をお諫めするのは、林殿のお役目でございますぞ。このような浪費を続ければ、織田は衰退するは必定でございます」

「勝三郎、何も判っておらんな。黙って見ていよ」

「しかし」

「議論無用、それ以上、口を開くなら蟄居申し渡すぞ」

「…………」


悔しいが黙るしかなかった。

奸臣め!

林殿、何を考えておる。


何進かしんにでもなるつもりか?

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