第20話 尼子を捲き込む必要があったのかの事。

朝一番に登城するようにと使いが来て、言われるままに平手 政秀ひらて まさひでは使者としての出で立ちで那古野城にやって来た。


「朝早くから登城、ご苦労様です」


政秀を出迎えているのは長門君ではなく、長谷川 橋介はせがわ きょうすけ君だ。

右近君でいいだろう。

年は長門君と同じくらいだが、右近君は武闘派であり、ちょっと脳筋が入っている。


長門君は大殿の末森城に向かった。

山口飛騨守は熱田で弁才船べざいせんを用意しに行ってもらった。

熱田の千秋せんしゅう家に頼めば、午前中くらいには借りられるだろう。

長門君は10万貫を2台の荷台車で引いて出立し、飛騨守も空の鉄砲箱と空硝石箱と空5000貫箱を4台の荷台車で引いて出ていった。

それぞれ護衛を5人ずつ付けているので大事おおごとである。


えっ、何で空箱?


長門君の方は空じゃないよ。

飛騨君は尼子の浜に付いてから転移で瞬間交換した方が安全でしょう。

弁才船は張子の虎なんだ。


「じい、急がせて悪かったな」

「このじい、殿ためでしたら如何なる時でも」

「うむ、助かる」

「で、此度はどこに行けと」

「まずは尼子 晴久あまご はるひさの居る月山富田がっさんとだ城だ」

「随分と遠くでございますな」

「詳しい事は省くが、そう手間は掛からん。この姫と一緒に行って貰うだけじゃ」

「お初にお目に掛かります。外ツ国とつくにユエの国の竹姫でございます。忍とお呼び下さい」


こうして私は政秀と対面した。


気のいい感じのおじいちゃんな政秀は信長ちゃんの傅役もりやくです。

尾張を訪れた山科言継が政秀邸の造作に目をみはり、数奇の座敷の見事さに驚嘆したと残されています。文芸において中々な傾奇だったみたいで、平手さんのお屋敷に行ってみたいですね。

天文12年5月には、信秀の名代として上洛し、朝廷に御所の築地修理料千貫文を献上し、たびたび、信秀の代わりに上洛しているのです。

信秀は『我が張良』と言って政秀を褒め称え、織田の財政を任せていたそうです。

信長ちゃんの性格を左右した大きな要因の1人だよ。


さて、信長ちゃんが一通り説明を終えると、政秀は首を捻るばかりなのです。


「ともかく、すべての金はこの竹姫が出しており、織田は1文も使っておらぬのですな」

「そうじゃ! 織田は1文も使っておらん」

「甲賀、伊賀、柳生、すべて竹姫が出しておられる。儂は名前を貸しているだけじゃ」

「一昨日より妙に騒がしいと思えば、そういう事でございましたか」

「尼子の件、よろしく頼む」

「畏まりました。然れど、大殿にあいさつし、長く国を開ける準備をして参ります」

「必要ない。夕げには話を聞かせてくれ」

「はぁ?」

「さぁ、行きましょう。慶次、宗厳、政秀をお連れして! 藤八は馬を用意して!」

「「「はぁ」」」

「じゃぁ、レッツ・ゴー」


こういうのは体験して貰った方が早いのだ。

玄関で草履を履くと、庭で馬が来るのを待ちます。

私は馬に乗れないから4頭よ。

荷物を括り付けた馬がやってきた。


「お待たせしました」

「じゃあ、信長ちゃん。行ってくるわ」

「お気を付けて下さい」


『転移』


 ◇◇◇


ぶひぃぃぃぃぃ!

馬が慌てる事、慌てる事、はじめての転移でびっくりしたようだ。

政秀は景色が変わった事を驚いているが、もう月山富田城とは山を1つ超えた所まで来ているとは思うまい。


「忍様」


宗厳様が小さく私の名を呼んだ。

AIちゃん、何人かいる?


“見張っているのは一人です。もう一人が高速で山の中へ駆けています”


飯梨川をちょっと山に方に入った空き地、城と1kmも離れていない。


結界がない方がおかしいか?


のんびりしない方がいいね。


「政秀様、すぐ出発します。馬に乗って下さい」

「どこに向かうのだ」

「尼子晴久のいる月山富田城に決まっているじゃないですか」

「まぁ、まぁ、政秀様は言われた通りに晴久様に私を紹介して頂ければいいんですよ」

「のぉ、滝川の息子。儂は何を言っておるのか、判らんのじゃ」

「馬にお乗り下さい」

「イッツ・オール・ライト・ノウプロブレム!」


どうせ、駄目元だからね。

川沿いの街道に出て少し進むと月山富田城が見えてきた。

難攻不落らしく、山の上に城が建っている。

山全体が城と言ってもいい。

本丸は上よね?

これぇ、登るのかな?


「某、尾張は織田家那古野城の次席家老、平手 政秀と申します。殿よりの書状をお持ちしました。お目通りをお願います」


門番が責任者らしい人を呼んでくると、政秀は見違えるように堂々と挨拶を交わします。

伝言が中に入ってゆき、待つ事、一刻(2時間)。


古代では、一刻は30分で「一刻を争う」の語源になった。

さらに「刻一刻と」は100刻法で1日を100等分するので、14分24秒の事だよ。

室町時代まで100刻法が使われ、室町後期から江戸に掛けて12辰刻法に変わっていったみたいね。


ホント、待たせるわね?


「これは、これは、めずらしい客人であるな」

「おぉ、平内兵衛殿、お久しぶりです」

「京以来でございますな」

「如何にも、如何にも、ご壮健で喜ばしい限りでございます」

「いやぁ、いやぁ、あの歌会は見事でございました。昨日のように覚えておりますぞ」

「お恥ずかしい限りで」


あぁ~~~~、なるほど!

政秀を知っている人を探していたのか。

相手は高瀬城主で米原平内兵衛綱広です。

近江国米原郷を領した米原氏が尼子経久に仕えて、高瀬城主になった一族です。

六角氏の縁者でもあり、京に詳しく、尼子の使者として京に上がっていたとか。

こりゃ、信長ちゃんを連れて来ても晴久と会えたかどうか怪しいな。

政秀でよかったよ。


長々と世間話をした後に山登りがはじまり、やっと到着したのかと思うと、誰もいない居間に通されたままで放置かよ。

そこで信長ちゃんの手紙を改めて平内兵衛に託しました。

それから半刻待たされた。

待たされた。

大切な事ですから二度言いました。


大広間に通されて、尼子晴久との謁見が許されたのです。

まずは政秀が口上を述べて、私を紹介してくれるのです。


「京極氏宗家、京極高氏きょうごく たかうじに繋がる者とは、そちの事か」

「はい、佐々木 竹姫と申します」


正座じゃなく、あぐらのままで頭を下げます。


「その先祖、佐々木 宗氏ささき むねうじに亀という子を聞いた事がないぞ」

「我が祖先様は高氏と同時に生まれた双子の忌子であったらしく。生まれると同時に僧に預けられ、外ツ国に連れて行かれたのです」

「それは難儀であったな」

「いえ、運命でございましょう。ご先祖は乱世で活躍をされ、皇帝の覚えも目出度く、一国の主となる事ができました。然れど、今更、日の本の出身であったと言うのは我が一族の秘の秘となっております」

「そうであったか」


手紙には、父には一族の尼子に落ちると言って国を出たのだが、尾張に世話になりたいので、口裏を合わせて頂きたいと書いてあるのです。そして、手紙に添えたのが9つの砂金袋です。砂金に吊られて、こんな荒唐無稽な話に付き合ってくれているのです。


「で、姫が国元を出られた理由は」

「お恥ずかしい事ですが、少々やり過ぎました」

「少々とは」

「皇帝に連なる者が悪さをしておりましたから国ごと成敗しました」

「「「おぉ~~~~~~ぉ」」」


バツの悪い振りをして頭を掻く私に重臣たちが注目します。

大きな声を上げたのは晴久より重臣の方だったでしょうか。

何やら小声でひそひそとしゃべっています。


「皇帝とは、天子様のような者か」

「その一族を成敗じゃと」

「そんな事が外ツ国では通用するのか」

「大国だからな」


目が合ったので私はにっこりと微笑みます。


「悪事を働くなら、それが皇帝であれ、天子であれ、公方であっても容赦しません。民にとって害のある当主など討伐されて当然でしょう」

「「「なん~~~~~~とぉ!」」」


うん、なんか!

天子より当主にエラく反応したな。


「よう無事であったのう」

「いやぁ、流石に皇帝の一族を殺したとあって斬首と言われましたが、父ががんばって、追放で許して頂きました」

「何故、尼子に来なかった」

「はっきりと申し上げます。尼子は大国過ぎて持て余します。その点、織田はいいですよ。好き勝手させて頂いております」

「は、は、は、尼子は大き過ぎるか」

「口裏合わせの件、お願い致します。もちろんタダと申しません」

「いくらじゃ」

「父から頂いた半分、100万貫文相当の砂金を用意致しましょう」

「「「「「「100万貫文」」」」」」


重臣はその金額に驚いているけど、晴久はぴくりとも動かずに私をしっかりと見ているぞ。


「こちらがその目録でございます」


政秀が砂金150万貫、鉄砲300丁、硝石300斤と書いた目録を渡した。


「言っている額より少々、多いようだな」

「はい、すべてに同意して頂けるなら、さらに30万貫文を上乗せいたしましょう」

「20万貫は如何いたす」

「まず、ここでの事は他言無用でお願い致します。さらに口裏合わせの同意の証として、鉢屋衆はちやしゅうの一部を私の直臣として頂きたい。そして、朝廷へ毎月200貫文相当の砂金を送って頂きたい。無くなれば、追加を渡します。最後に属国の織田に向けて、私が頂いた鉢屋衆に10万貫文の砂金を運ばせて頂きたい」

「来るか判らぬ使者に、一言だけで130万貫と織田が属国になるのか」

「はい」


私が勝手に言っただけだよ。

織田が尼子の属国になると言っていないし、書いていない。

姫様に便宜を図って頂きたいと書いているだけだ。

本当の口約束だ。


「面白い奴だな。尼子に来ぬか」

「ここにいる重臣方々の半分を殺してもよろしいのですなら考えましょう」

(考えるだけね)

「は、は、は、それは困る。しばし待て」


晴久はともかく、尼子の重臣の評判はダダ落ちだろう。

晴久と重臣たちが一度席を立った。


 ◇◇◇


「藤八も退屈でしょう」

「いえ、大変に面白うございました。交渉とはこうするものなのですね」

「私は特殊だよ」

「国を滅ぼした竹姫の勇姿を見とうございますな」

「慶次、意地悪」

「ふ、ふ、ふ、さぞ可憐であっただろう」


宗厳様が低く笑う。

みんなが釣られて、笑みを浮かべてしまう。

でも、政秀はちょっと怖い顔だ。


「竹姫、織田は尼子の属国ではございませんぞ」

「政秀、判っているって! 私がそう言っているだけよ」

「それなら、よろしゅうございます。しかし、尼子から砂金を送らせれば、織田と尼子が同盟以上の関係と思うでしょうな」

「うん、それが狙い。信長の後に尼子がいるぞと勝手に思ってくれるでしょう」


襖で耳を付けている人、ちゃんと聞こえましたか!


“一人が移動しました”


うん、ちゃんと伝えておくれよ。


むむむ、また待たされています。

何を揉める必要があるんだ。

しばらくして、晴久と重臣たちがやっと戻ってきた。

受けてくれるそうだ。


「これをお渡ししておきます」


そう言うと、粗銅から金・銀を取り出す『灰吹き法』の草紙を出します。

1533年に導入されるからまだ来てないよね。

来ていても負けないけどさ。

そう、江戸時代に使っていた焼金(やきがね)という製法と水銀を使う混汞法(こんこうほう)も書いてある。


「さらに、これと、これも」


揚げ浜式塩田、入浜式塩田、流下式塩田の3冊も出して置く。

生産量なら流下式塩田が一番だけど、すぐに始めるなら揚げ浜式塩田だ。

揚げ浜式塩田が始まったのも、慶長元年(一五九六年)と言われる。

もしかすると、もう一部で始まっているかもしれない。


さらに、鉄砲の設計図と硝石の作り方を書いた古土法、培養法の草紙も渡してゆく。

でも、硝石丘法は保留だ。

硝石丘法が広まると、本当に硝石が大量に出回りかねないからね。

どれを見ても目を丸くしている。


「これは織田の大殿にも渡しました。どちらが早いか競争です」

「これを織田も?」

「尼子のみなさん、どちらが勝つか、私を楽しませて下さい」


この一言で織田と尼子の両天秤で遊んでいると聞こえただろうな!

聞こえるように言っているつもりだ。

大国の姫の驕り、悪女役が決定だ。


最後は現物の引き渡しだ。


馬で安来やすぎの港に行くと、休憩と称して御簾の中から尾張に転移して、弥三郎の案内で熱田の弁才船に乗って出向する。

船を指揮するのは、右近、飛騨守の二人だよ。


伊勢湾を少し進んだ所で、出雲は中海の北側に転移して、そのまま安来の港に到着すると、瞬間転移で空の箱と本物を交換する。

船の中から御簾にこっそり戻って、何気なく荷卸しを眺めるだけだ。


中身を確信して見聞役が再び目を丸くする。

山積みの箱に砂金がすべて入っていると思うと笑いと恐怖が湧いてくるだろう。


大陸の大国とは、このような大金をいとも簡単に出せるのかと?


荷検めの尼子の重臣とあいさつを済ますと馬を積んで、私達も帰途に付く。

尼子の方々は何としても留めようと必死だが、外で大船を待たせていると言って強引に別れたよ。


尼子滞在時間は6時間くらいだ。

予定、オーバー。

完全にお昼を過ぎちゃったよ。


本当に他に行く予定があるのさ。

では、お達者で!


「竹姫様、よろしいですか」

「政秀さん、何ですか?」

「今更なのですが、尼子を捲き込む必要があったのでしょうか?」

「尼子は大国だから、ちょうどいい後ろだてだと思うけど」

「これほどの財力があるなら南蛮船を買い上げて、伊勢湾に直接来させると言う手もあったのでないかと思うのですが」


ポク、ポク、ポク、ち~ん!

おぉ~~~なるほど。

私がモデリングで南蛮船を制作し、ルソンで水夫を雇って伊勢湾に大挙してやって来させる。そして、織田に南蛮船を数隻渡して、水夫には新造の南蛮船一隻をやって帰らせる。外ツ国の姫を預かる手間賃が数隻の南蛮船だ。

しかも合法的に織田が手に入れられる。

南蛮船を手に入れた織田はそれだけで脅威だ。

政秀さんはそういう意味で言ったのではないだろうけどね。

うん、尼子要らないね。


「あ、は、は、は、今更だよ」

「今更ですな、は、は、は」


政秀さん、もっと早く言ってよ。

えっ、朝、強引に連れてきたのは私だって?

判っているよ。


おぉ、気が付くと何か馬で船を追い駆けてくるよ。

諦めが悪いな。

仕方ないから連続転移で弁才船の速度を上げる。

この弁才船、時速何ノットだ。

確か和船って4ノット(時速7.4km)から6ノット(時速11.1km)だったよね。

連続転移で巡洋艦並〔速度18ノット(時速33.3km)〕に上がっただろう。


青い顔の船乗りを無視して、10cmの連続転移で速度を上げてゆく。

ボートのように境水道を抜けて、日本海へ。

見送りが見えなくなった所で、本当に転移だよ。


熱田に戻ると、藤八と弥三郎が交代する。


操舵しないのに進む船って何だろうね?

熱田に到着した時、船乗りが丸く蹲っているけど、見なかった事にしよう。

うん、無視だ。


次は風魔だよ。


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