第13話 服部半蔵、北条早雲に憧れたの事。

甲賀と伊賀は山を1つ隔てただけのご近所です。

でも、甲賀の里から伊賀の忍者博物館まで直線距離で20kmほどです。

徒歩で行くと夕方になってしまいます。


「何、何、何、どうなったのぉ。ここはどこ? 私は誰?」


能瀬 慶子のせ けいこか、おまえは!

千代女って、こんな軽いキャラなのね。

こいつ、5000貫の価値あるのかな?


「ここが伊賀か」

「おそらく、そうでしょう」

「よく判りませんが、伊賀なのでしょう」

「そう言う事だろうな」

「…………げせん」

「スゲぃ、スゲぃ、スゲぃよな、な、藤八」

「はい、忍様は凄いです」


信長ちゃん、岩室 重休、長谷川橋介、山口飛騨守、加藤弥三郎、佐脇良之らは2度目の為か、少しは慣れたのか、言葉を漏すほどには落ち着いています。


慶次様が落ち着いた表情で飄々としています。

流石、慶次様。

13歳と思えない落ち着きぶりです。

まぁ、内心はどうか知りませんけどね。


対照的に情けないのがきょろきょろしている一益さんです。

おぃ、従兄だろう。

もしかすると、親父かもしれないって?

何でも慶次の母は滝川一益の父である資清に仕えていた奥女中で、一益の従兄弟である滝川益氏、甥である滝川益重、一益の兄である高安範勝、あと、一益のはじめてのお相手だそうだ。


慶次のお母さんは器量もよく、気さくな方だった。

ゲスな言葉で言えば、股が緩い人だったのです。


まぁ、できちゃった子供を範勝の実子とし、一益の従兄となった訳だ。


それで前田家に簡単に養子に出しちゃたのね。


藤吉郎はずっと絶句したままです。

昨日の今日だからね。

完全に頭が着いて来ない感じだね。


魔王に取って代わって、天下に君臨した才覚が生かせてないよ。


そして、絶句しているもう一人が、甲賀三郎与右衛門さんです。

出雲守の息子さんで次期当主です。


伊賀の頭領である千賀地ちがち、百地、藤林に紹介して貰う為に付いて来て貰った訳です。


千賀地は服部の別名で、千賀地の地に移り住んだ事からそう名乗るようになったそうです。

この伊賀上忍三家の筆頭は足利義晴に仕えていた服部保長だったそうですが、細川同士の対立にうんざりしたのか、松平 清康まつだいら きよやすを頼って下向したのです。


これって、伊勢新九郎(北条早雲)と同じじゃないかな?


松平氏は伊勢氏の被官として三河に下向した一族です。

伊賀守護の仁木は三河に本領を置き、一時三河守護になった事もある家柄であり、新星のように現れた清康に組したのでしょう。


仁木の本領は三河国額田郡仁木郷なので、岡崎城のすぐ北ですからね。


急激に勢力を伸ばす清康には、人材は喉から手が出るほど欲しい訳です。

守護仁木を補佐する服部は渡りに舟です。

伊賀守護の命で清康に強力し、三河・尾張を支配化に置いた暁には、大領主か、小守護代になるのも夢でありません。


伊勢新九郎のように一国一城の主も夢じゃないのです。


しかし、下向した直後に、『守山崩れ』で清康を失います。

松平は分裂してお家騒動を繰り返し、果ては尾張の織田信秀が出しゃばってくる事態となっています。

正に、踏んだり蹴ったり。


信秀と争っているから、千賀地(服部)の全面協力はあり得ません。


次に千賀地の分家の藤林家は、藤林長門守という上忍が今川義元に仕えており、多くの藤林家の忍者を今川が抱えています。ビジネスライクに考えると忍者を出さないと言う事はないでしょうが、織田は今川と敵対する仲ですから藤林家が織田に臣従する事はありません。


最後に百地家です。

服部が衰退してから実質的に伊賀のトップに踊り出た訳ですが、百地三太夫をリーダーに『天正伊賀の乱』と言う織田への抵抗が有名です。そもそも伊賀は一向衆の門徒が多く、長島の一向宗と根深い関係にあります。


つまり、伊賀と織田家は相性が悪いのです。


 ◇◇◇


がやがやと騒いでいると伊賀衆の兵達が弓を構えて現れます。


「甲賀と違って伊賀はすばやいですね」

「藤八とか言ったわね。甲賀衆も100人くらいで囲っていたのよ。伊賀と違って事を荒立てるつもりがないだけよ」

「千代女殿、それは手痛い言い掛かりですな。突然に奥地に現れれば、警戒するのは当然でしょう」


どうやら千代女ちゃんの知り合いのようです。

千代女ちゃんは伊賀の方でも有名のようですね。

上忍か、中忍かは知らないけどね。


浄雲じょううん様、お久ぶりでございます」

「千代女殿、お元気そうで何よりです。すでに甲斐に行かれたかと思っておりました」

「残念ながら、この度、こちらの殿方に仕える事になりました」

「それはめでたい。が、この度の所存、如何なる事か、与右衛門殿までご同行とは、お答え頂けますかな」


森田浄雲、伊賀上忍の一人らしいです。

甲賀にも伊賀にも結界と言うモノが張られており、他国からよそ者が簡単に侵入できないようになっています。


伊賀にとって最も警戒すべきは甲賀であり、いつ甲賀が襲って来ても問題ないように用心を重ねています。その警戒網を無視して、突然、奥地に現れたのですから慌てもします。


「こちらにおわすは、尾張の国の次期当主で在られる織田三郎様でいらっしゃいます。この度、織田様から直々に伊賀の三頭領殿にお話があるという事でお連れした。あないを頼みます」

「は、は、は、奉行の間違いでは御座らんか」

「近い内に尾張は弾正忠家のモノとなりましょう。我が望月家は分家を作って臣従する事に決めもうした」

「なんと」


甲賀6万石くらいで推定10万人です。

(伊賀は9万石の推定で15万人)

その内、望月に従う世帯が750世帯(3000人)であり、その半数が尾張に移住するといいます。

これで望月家が困るかと言えば、然に非ず。

分家に分け与えた田んぼがすべて主家に戻ってくるので主家としては大助かりです。

しかも、織田から貰う俸禄の1割を主家に送ると決めたので、今後、主家が金銭的に困る事もない。

問題があるとすれば、望月家で忍者働きできる者が減ってしまう事くらいです。

織田に移住してくる望月家の者は1,500人ではなく、外に働きに出ている500人を含めて2,000人くらいになるとか。


望月出雲守がそこまで入れ込む信長を見ようと、千賀地、百地、藤林の頭領が集まってきます。


「某、織田三郎信長と申します」

「伊賀の頭領、百地丹波だ」

「同じく、千賀地左衛門尉です。ご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます」

「同じく、藤林伝五郎です。織田様には何卒、よしなにお願いします」


丹波がぞんざいな態度であるのと対照的に千賀地と藤林は低姿勢であいさつをします。

信長ちゃんは甲賀と同じやりとりをここでも繰り返します。


「直臣などなるか」

「ありがたいお申しですが、お断りさせて頂きます」

「役儀においてお断りせねばならぬ事もあり、直臣は無理でございます。然れど、尾張警護100人の件はお受けさせて頂きます」

「よろしいので」

「藤林になんら異存は御座いませぬ」

「待て、待て、千賀地も受けさせて頂きますぞ」

「勝手に決めるな」

「丹波殿は異存がおありか」

「さっき、小耳に挟んだ事だが、望月には1万貫を与えたそうじゃないか。俺達にはなしか」


この百地丹波は最悪じゃないか。

頭領と言うより盗賊の親分だ。

千賀地と藤林の方が折り目正しい。

信長ちゃんがしゃべろうとするのを制止して、ここは私が前に出ます。


「これは失礼しました。まずはご検分を」


そう言うと、何もない床に5000貫箱を出して見せます。

三頭領を含め、周りの上忍達も「おぉ~」と言う声を上げます。

詰まれた5000貫箱に息を呑むのは百地丹波ですが、箱を開いて永楽銭を確認します。


「誠か?」<マジか!>


丹波は信じられないという顔ですが、悪党は欲深いのです。


「納得いかんな」

「何がですか」

「望月は一人で5000貫も貰ったのだろう。だが、俺達は3人で5000貫と言うのが納得いかん」

「そうですか」


私はワザとらしく小さく溜息を付きます。


「しばらく、しばらく、我らは臣従する訳では御座らん。3人で5000貫、それで十分ですぞ」

「その通りです」

「百地が引き受けぬと言うなら、千賀地と藤林で引き受けさて頂きます」

「我に異存はないぞ」

「勝手に決めるな」


『そのお気持ち、確かに受け取りました』


私はワザとらしく声を大きくし、さらに追加で1万貫を出してみせます。


「千賀地様、藤林様のお言葉に心を打たれました。お一人ずつに5000貫をお渡ししましょう」

「「よろしいので」」

「はい、但し、尾張の役目に付いた後に尾張に臣従したいと言う者が現れた場合のみ、抜け忍とせず、定住をお認め頂きたい。いいえ、強制ではございません。私は今の言葉でお二人を信用致しました。いずれ、織田と共にありたいと言わせてみせますぞ」

「この藤林、今はお応えできませんが、いずれはそうなる事を期待しております」

「同じく、千賀地も同意でございます」

「ちぃ、金で心を買われるとは、浅ましい奴らだ」

「百地はお受けにならないと」

「金を貰えば、仕事は引き受ける。心まで売らん。それだけだ」

「ならば、もう5000貫付けましょう。今から柳生の里に向かいます。ご同行願いたい」

「俺を」

「丹波でなければ、この話はなしです」


私はさっと5000貫箱をもう1つ出します。


「仕事ならお受けなさりますね」

「も、もちろんだ」


よし、言質取ったぞ。


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