第10話 信長ちゃん、マザコンだったの事。

う~~~おいしい。

目を覚ました私は軽く寝汗を井戸の水で流して着替えた後に朝食にします。


「慶次も藤吉郎も一緒に食べよう。私、一人じゃつまんないわよ」

「そうだな。俺の分も持って来てくれ」

「おらは恐れ多くて」


藤吉郎は部屋の隅でずっと頭を下げて怯えています。

信長を先頭に長門守、藤八、右近(長谷川 橋介)、飛騨守、弥三郎の5人の小姓が雁首揃えて控えているからです。

農民がいきなり、殿様の前に出されて落ち着けと言うのが無理な話です。


しかも私が上座だからね。


さっきから信長が何度も何度も頭を下げながら色々と聞いてくる訳です。

興味を持つと何でも納得するまで聞きたくなるみたいです。


「ちょっとうるさいよ」

「すみませぬ」


ホント、ゆっくりご飯をたべさせろ!

しばらくすると、我慢できなくなって聞き始めるのです。


「すると、クロムとニッケルを混ぜると鉄が錆びなくなるのですね」

「こらぁ、顔近い。飯の邪魔ぁ」

「申し訳ございません」


この城で一番偉い殿様の信長をぞんざいに扱っている私を見て、藤吉郎は私が何か言う度に怯え直しているのです。突然、信長が切れて、「えぇい、我慢ならん。無礼討ちじゃ」とか言うとでも思っているのでしょうかね。


 ◇◇◇


信長が目をキラキラさせているのと対照的なのは長門君です。

怒っていると言うより、困っている感じでしょうか。

目が合った瞬間、堰を切ったように訴えたのです。


「忍様より受けた温情は数知れず、忍様にこのような事を申すのは甚だ遺憾と思いになられるやもしれませぬが、やり過ぎでございます。那古野の手勢では持て余しております。このままでは、この財を奪わんとする者に突き狙われるは必定であり、それを防ぐにも手勢が足りませぬ」

「控えよ」

「信長様、那古野は危機に瀕しております。直ちに手を打たねば、大変な事になりまする」

「具体的に何が拙いのぉ?」

「砂金の山を運ばせておりますが、人の口に戸は立てられません。いずれは知れるは必定。かと言って人手を増やす訳にも参りません。家中の者が総出でやっておりますが、倉街まで手が回りません」

「判った。全員、引き上げさせて。食事が終わったら、空の倉に砂金を移しておくわ」

「ありがとうございます」


長門君は「そんな事ができるのか」という顔ぶりだ。

でも、それを口にする事ができない。

そのあり得ない事が今起きているのだからね。


「問題はそれだけ?」

「いいえ、近い内に那古野の内情を調べる密偵が多くなりましょう。その対応も早急に打たねばなりません」

「忍者を雇う」

「忍者?」

「素っ破と言えばいいのかな? 伊賀と甲賀を雇いましょう。滝川一益、親父さんを呼んで来て」

「親父じゃねい。まぁ、それがいいだろう」

「それと生駒屋敷に行きましょう」

「生駒じゃと?」

「噂が流れるなら、流れる前に先に流せばいいのよ」


私はあっけらかんと言ってのけます。

でも、信長ちゃんが嫌そうな顔をしているのです。


生駒家は藤原良房(忠仁公)の子孫と言い、大和国平群郡生駒に拠点を持つ名家です。

応仁の乱の折りに家広が戦火を逃れて尾張に下向し、丹羽郡小折に拠点を構えています。

小折城主の生駒 家宗いこま いえむねは信長の従弟に当たる犬山城主の織田信清の家臣なのです。

生駒屋敷は灰(染料用)と油を扱い、それを馬借している商家なのです。


信長の側室になる生駒 吉乃いこま きつのは御年18歳です。

10年後の弘治2年(1556年)に夫の土田弥平次が戦死し、実家に戻っていたところを信長が見初めて側室となるんだよ。

土田弥平次は美濃国可児郡土田どたの豪族で当主の長子だった。

明智の家臣だったから道三に組みして、長良川の戦いで亡くなったのだろうね。


美濃の土田は近江守護六角家に繋がる名家であり、弥平次の叔母は信秀の妻の土田御前です。斯波家の家臣で尾張に下ってきた織田家とは格式が違います。


いくら信長が気にいって『吉法師のモノ』と言う「吉乃」の名を与えようと、土田家から奪うなど、土田御前が許すハズもありません。


「そんなに綺麗な人?」

「知らん」

「今でも好きなんだ」

「忘れた」


拗ねる信長ちゃんが可愛い!

もうちょっと拗ねる顔を見たいけど、可哀そうだからこれくらいにしましょう。


「信長ちゃん、人の縁は不思議だよ。切れたと思っていても、また繋がる事もあるんだよ。大切な人なら、その家族も大切にしておこうよ」

「儂は吉乃など好いておらんし、こだわっておらん」

「なら、別に行くのは構わないよね」

「好きにせい」

「信長ちゃんも行くんだよ」

「むむむ………判った」


よろしい。

うん、うん、いい子だ。


あれ?

ちょっと待てよ。

土田御前のお母さんは生駒家広の娘だよね。

吉乃は生駒家広の曾孫だよ。

土田御前と吉乃って、そっくりさん。

子供心に母親そっくりで、信長ちゃんを優しくしてくれる吉乃さん。

それって、光源氏じゃん。

桐壺更衣にそっくりな藤壺中宮ふじつぼ の ちゅうぐうだよ。


信長ちゃん、マザコンだったのか!

なんか納得いった。


 ◇◇◇


お使いは生駒家をよく知っている藤吉郎を先触れに出させた。

ちゃんと立派な護衛の侍も付けたよ。


ご飯が終わったら砂金の山に行って5000貫箱に砂金を詰めて空の倉に移動だよ。


現地で何もない所から5000貫箱が大量に出てきたから信長ちゃん達はびっくりだよ。

食事中に箱を作らせて、収納庫に入れておいた。

現地で砂金を転移で詰めたら、収納庫に一度仕舞って倉まで運んでミッションを完了。


倉に5000貫箱が再び出た時、長門君が凄く複雑そうな顔をしていたね。


「どうかした?」

「いえ、何も」

「何もって顔じゃないね」

「では、言わせて貰います。10日は掛かると思っていた作業がわずかな時間で終わった事に納得できないでいるだけです」

「つまり、自分の苦労は何だったのかと」

…………

…………

…………

図星を突かれて押し黙る長門君です。


「は、は、は、忍様のなさる事に一々驚いていたのでは切りがないわ。諦めよ」

「はい、そうですね」


信長ちゃんでよかったね。

慶次が居れば、ここぞとばかりに長門君を虐めたのだろうけど、一益を呼びに行っていないからね。


 ◇◇◇


那古野城から生駒屋敷まで北に上ること16kmくらいです。

那古野城の西を走る稲生いのう街道から岩倉城のある岩倉街道に続く道を進んでゆきます。土岐川(庄内川)の手前に安性寺があり、ここが『稲生の戦い』があった稲生になります。ここから西に進めば清州であり、北に進むと岩倉に続くのです。


上尾張守護の織田伊勢守信安は信秀の妹を妻にしているので良好な関係を保っています。

つまり、安全に生駒屋敷に行けると言うものです。


今は慶次がいないので信長ちゃんの後に乗せて貰っています。

セーラー服の信長ちゃんは可愛くていいね。

でも、このすべすべな肌はお姉さんちょっと『おこ』になっちゃうよ。


稲生の村も小田井の村でも信長ちゃんは大人気です。


「それは信長様が珍しい格好をされているからでしょう」

「違うよ。この可愛らしさに悩殺されているのよ」

「正装着を持っておりますゆえ、今からでも着られては如何ですか」

「それは駄目だよ」

「どうしてですか?」

「私が破天荒な性格で、信長ちゃんも振りまわされていると言う印象が大事なんじゃない」


はぁ、長門君が長い溜息を付きます。

慶次様が考えた設定は、私がゆえの国のお姫様だ。


『ツキでは雰囲気がでないからユエと呼ぶように』

『ユエとは、何ですか?』

『月の事を大陸ではユエと呼ぶんだよ』

『それにしよう』


慶次様がそう言って私が押し切った。

月の姫、つまり、かぐや姫だ。

流石に、迦具夜かぐやでは大筒木垂根王おおつつきたりねのみこを生々しく連想するから避けさせて貰った。つまり、大筒木垂根王の海部直氏は丹後・若狭・近江を中心に勢力を持っていた。そこで繁栄していたのが近江京極氏です。近江京極氏の分家が尼子氏であり、その居城の名を『月山富田城』と言います。

そう、『月』です。

かぐや姫もいつか月に帰ります。

私もいつか帰りますよ。


それはともかく、皆にこう言い聞かせます。


月の国では、余りに奇想天外な姫を見かねた王が姫を疎外の地に追放したのです。

しかし、(尼子の)主家に当たる近江京極氏は余りにも頼りなく、海部直氏を頼って尾張まで足を延ばし、『うつけ』と呼ばれる信長の下に預けられたのです。

織田家は月の国から迷惑料として、金を数万貫も受け取って大いに湧いている。

(そう言えば、竹取物語も竹から金が出てきたんですよね。)

ここだけの話、余所で言ってはいけません。


まぁ、こんな作り話を那古野城に奉公する者にそう言い聞かせているのです。

ここだけの話は絶対に漏れるんですよ。

知っています。


生駒屋敷には、姫がこんなみすぼらしい城は嫌だと言ったとか。

それで那古野城を改修する為に人夫を集める手配に行くのです。

そう、振り回される信長ちゃんを見せ付ける為にね。


「竹姫様、おいたはそれくらいにして下さいませ」

「もうちょっと」

「駄目でございます」

「そう言わずに」

「駄目でございます。もう生駒屋敷が見えて参りました」

「仕方ないな」


信長ちゃんを堪能するくんくんするのはお預けだ。


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