第9話 長門守、溜息を付くの事。

ふぁぁぁぁ、大きな欠伸をしながら屋敷に戻ると玄関で壁にもたれて待っていた慶次でした。


「ようやくお帰りですか」

「もしかして、一晩中起きていたの」

「当然です」

「今度から一声掛けるよ」

「連れて行ってやると言って頂けませんか」


どうしようかね?


別に私の能力を隠すつもりはないんだよね。

隠す事でもないからね。

でも、信秀が知れば、利用しようとするのは当然なんだ。


あのおっさんはそんな感じだ。


まぁ、私を乗りこなせるならやってみればいい。

それはそれで面白そうだ。


「とにかく寝る」


そう言って、いくつかの草紙を慶次に渡します。


「これは」

「女中に渡しておいて」


裏庭にお風呂を作っておいた。

その使用説明書です。

色々と処理をした末に、湯船と井戸も一緒に作っておいた。

むふふふ、後でみんなと一緒に入るんだ。

これくらいのご褒美があってもいいわよね。


「慶次も寝ていいわよ。お昼まで起きるつもりはないから」

「そうさせて頂きます」

「起きたらごはん、昼から昨日の続き、熱田も見ておきたい」

「先触れを出しておきます」

「最後はみんなでお風呂よ」

「俺もですか」

「当然、じゃあ、後はよろしく」


そう言って、部屋に戻って寝着に潜るのです。

布団も作ろう。

綿はどこにあったけ?

布のモデリングはできるのかな?

そんな事を考えながら私は寝落ちした。


 ◇◇◇


昼まで敵襲以外、起こすことあいならん。

そう言っておくべきでした。


時間にして、1刻(2時間)くらいか。

俄かに慌ただしくなり、信長が自ら起こしに来たのだ。


そりゃ、そうだ。

那古野城の眼下に一夜城が生まれていれば、慌てるよね。

一夜城。

そう、周囲1km四方に5mの石壁に囲われた倉街が誕生したのだ。


那古野城から見て、手前に倉街が並び、中央が空き地になっており、その奥に所狭しと鉄・銅・錫・亜鉛・クロム・ニッケル・木材・石炭等々の資材が土塀に仕切られて山積みにされている。

出入り口は東の一か所だけ。

東は6mほど石壁が途切れており、木門で閉じています。

かんぬきは掛けてないので入るのは自由だよ。

倉も錠前は付けていません。

錠前用の穴は用意してある。

錠前は作るのが面倒だから信長に任せる。


さて、あのスペシャル種子島と大量の永楽銭と硝酸をどうしたかと言うと。


地下を『モデリング』で固め直し、ドーム型のシェルターを地下にいくつも作った訳です。ドーム同士を横通路で繋ぎました。

ドームでくり抜いた土を土倉に変えて、100ほどの土倉街を作り、工事器具や農具を倉に納めたのよ。

そして、スペシャル種子島は4万丁で止めさせて地下のシェルターに放り込んだ。

永楽銭も一〇〇万貫文(5000貫箱で200個)を倉に納めて、残り4000万貫文(8000箱)は地下シェルターの中です。

一番奥の土倉のみ隠し階段で降りられるようにしています。


もし、見つけたら天命と考えましょう。


そう、そう、用意した銅100トンがほとんど無くなっていたよ。

AIちゃん、どれだけ頑張ったんだ。


もちろん銅は補充しておいたよ。


銅とか、錫とかは10トンくらいに減らして、残りは地下に仕舞っておいた。

鉄は減った分を補充して100トンに戻しておいた。

鉄は安いし、大量にこれからもいるからね。


大量と言えば、石灰、火山灰、火山岩、砂も100トンずつ用意しておいたよ。


でも、本格的に工事に入るとまだまだ足りないんだよね。


硝酸も300kgほどを倉に残して、後は地下にしまった。

普通の種子島も300丁だけ作らせて、倉に納めてある。

クロスボウは3万丁のすべてが倉に納まっているよ。

他に矢が300万本、槍と盾が各3万、各種工具・農工具が各1万、荷馬車、荷車、リアカー、ネコ車は5000台だ。

以上の一覧表にした目録の紙を信長に渡して私はもう一度寝なおした。


信長ちゃんが持った紙が震えていたよ。


 ◇◇◇


【岩室長門守】

那古野城と言っても堀はあっても石垣はありません。

木壁であっても土壁じゃありません。

天守閣なんてモノは存在せず、盛り土の上に大きな館がいくつか建っているだけです。

ほとんど屋根も木板です。

でも、屋敷の屋根は瓦を使っています。

辺りを見回すなら物見櫓に上るのが一番なのです。


「天界の力とは、これほどに凄まじいものなのか」

「御意にございます」

「これを造るとすれば、如何ほどの時と財がいるか」

「定かではございませんが、倉街を作るのに一年ほど、財は5000貫ほど掛かりましょう」

「であるな」

「この目録の通りであるならば、いえ、その通りなのでしょう」

「忍様を疑う必要はない」

「そうでございますな。この品々をすべて合わせれば、数千万貫の価値になりましょう」

「途轍もないな」

「しかし、これは非常に危のうございます」

「何ゆえ」

「もし、これが外に漏れれば、欲に吊られて那古野を襲う者が後を絶たなくなるでしょう。この那古野を落とすだけで、尾張一国を落とすと同じ財を手に入れる事ができるのです」

「大殿にご相談するのは当然ですが、倉の中身は大人衆にも言わぬ方がよろしいでしょう」「であるな。一人では持て余すのぉ」

「御意にございます」


信長と長門守はそう言いながら物見櫓から下にできた倉街を見下ろします。

そうしている内に、物見に出ていた門番の兵長と慶次が帰って来て、物見櫓に戻ってきます。


「殿に申し上げます。昨夜に現れた怪しげな砦は幻ではなく、しかとございました」

「うむ、大義であった。誰も中に入らせぬようにして、見張りを付けておけ」

「畏まりました」

「下がれ」

「ははぁ」


門番の兵長が物見櫓から降りてゆきます。

それを見送るまで、寡黙を続ける信長の前で慶次は黙っています。


「何か気になる事はあったか」

「特にこれと言うのはございません。ただ、こちらから倉は丸見えですが、あちら側は、雑木林が巧く隠してくれているので騒ぎにはなっておりません」

(あちらには平手の屋敷があったな)

「あちらからは見えておらんのだな」

「そういう事になります」

「慶次、忍様は如何にしてこれを造ったのか」

「それがしも知りませぬ」

「一緒にいたのではないのか」

「昨晩、忍はふらりと出てゆき、俺は玄関で帰りを待っていただけです」

「そうか」

「行かれますか」

「当然だ」

「ならば、先に湯殿を見られては如何ですか」

「湯殿?」


慶次が城の奥隅にある笹藪を指差します。

笹薮を見て信長も首を傾げます。

城の中に笹薮など作った覚えがないからです。


「笹薮などあったか」

「忍が持ってきたようです」

「あの中に湯殿があるのか」

「湯に浸かる湯殿があります」


まず、笹薮の通路を抜けると目に付いたのが井戸です。

井戸と言っても手押しポンプです。


「これを上下すると水が吹き出し、風呂に水が送られます」


そう言って、取っ手を慶次が上下させます。

何故、慶次かと言えば、慶次がやりたかったからです。

女中達に草紙を渡して説明を終えると、最初に試そうと思うと、屋敷がにわかに騒ぎ出し、突然に現れた砦を見に行く事になったそうです。


寝ている暇などありません。

いえ、いえ、寝る間を惜しむくらい面白いのです。

と言う純粋に楽しむ慶次が羨ましい。


草紙に書いてあったように、取っ手を上下すると水が勢いよく吹き出します。


おぉ、出た出た。


「どういう仕組みじゃ」

「俺にも判りません。ただ、これを上下すると、井戸の水が持ち上げられて吹き出す仕組みになっております」

「ちと代われ」


そう言って、信長も水を出して喜びます。


「信長様、遊んでいては埒が明きませんぞ」

「そうであった。中も見ねば」

「そういう意味で………」


信長と慶次が走って風呂の中に進みます。

脱衣所を抜けて、風呂場に入ると風呂桶の大きさに驚きます。


「これなら皆で入れるな」

「忍は最初からそのつもりですな」

「そうか、儂も一緒に入らせてもらおう」

「先ほど、水がこの小さい方の桶に溜まり、満たされると大きい方の湯船に流れます」

「すると、あの石に何かあるのだな」

「あの石の奥に湯釜があり、その穴を通って湯が巡ると書いてありました」


熱中する二人、一向に倉街を見に行こうとしないので、長門守がうんざりしていたのでした。


「信長様、そろそろ行きませんと」

「しばし待て、鉄の窯など初めてみたぞ」


はぁ、大きなため息を付く長門守です。

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