第6話 信秀、4,000貫文を献上したの事。
【???】
織田信秀は信長を伴って清州城へ訪れます。
清州城は下尾張守護代の大和守
信秀が義統への謁見を申し出ると、何やら仰々しい事になったのです。
普段なら義統の館に通されて、茶室で謁見するつもりだったのですが…………。
折り悪く。
元服したばかりの信長を引き連れて来た事で警戒されたようです。
「なぜ、先触れもなく、信秀がやってきたのだ」
「知らぬ」
「我らの謀り事を勘づかれたか?」
「まだ、誰にも話しておらん」
「息子を連れて来たと言う」
「ここで討ってしまうか」
「少なからず、手勢を連れて来ておる。しくじった場合、我らも危ういぞ」
「虎め、忌々しい」
信秀がやって来て慌てたのが、小守護代で家老の
守護代の信友の実権を握る家老衆であり、奉行でありながら家老を軽んじる信秀を忌々しく思っていたのです。
信秀が古渡城から末森城に居城を移したと聞き、手薄な古渡城を奪い取ってしまおうと陰謀を画策している最中でした。
そこに急な信秀の訪問で驚いたのです。
信秀が義統に何を話すのか、気が気でない三方は、これを正式な訪問として信秀と信長を謁見の間に通したのです。
勘づかれたか?
いや、いや、そんなハズはない。
信秀もお付きの者にくれぐれも警戒を怠らぬように言って、謁見の間に入ったのです。
◇◇◇
【織田信友】
謁見の間には、中央に守護の斯波 義統が座り、左に守護代の信友、少し下がって、小守護代坂井大膳、逆側に家老の河尻左馬丞、同じく家老の織田三位が座っております。
「この度はご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます」
「苦しゅうない、顔を上げよ。お主と儂の仲ではないか」
「ありがたき幸せ」
「で、その隣にいるのは
「はぁ、この度、元服致しましたのでお連れしました」
「織田三郎信長でございます。ご尊顔の拝謁が叶い、嬉しゅうございます」
「その面妖な姿は如何した」
「天界の服でございます」
「ほぉ、天界とな」
信秀は焦ります。
信長はセーラー服を身に付けての拝謁です。
セーラー服を詳しく説明するのは信秀もさすがに無理です。
天女の事は触れたくありません。
しかし、信長が頑なに聞き入れてくれないのです。
言い訳は用意してあります。
「この度、南蛮は天竺より珍しい服を取り寄せましたので、息子に着せて参上した次第でございます」
「うつけと聞いておったが、南蛮かぶれであったか」
「左様で」
「ほぉ、ほぉ、ほぉ、信秀は儂をいつも楽しませてくれるのぉ」
「お気に召しまして、よろしゅうございました」
三人の家老が苦虫を噛み潰したような顔で信秀を睨みます。
正装どころか、南蛮の服で参内するなど屈辱でしかありません。
守護代を軽く見ている証拠です。
と、勝手な解釈で怒りを溜めているのです。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言う奴です。
「今日は息子を見せに来ただけか」「いえいえ、これは座興でございます」
「して、何用じゃ」
気分が良くなったのか、義統が身を乗り出す。
咳を1つ。
守護の信友が渋い顔をします。
「守護様」
「信友、今日は正式な謁見ではなかろう。勝手に変えて、座を悪くするな」
「申し訳ございません」
謝罪の言葉に誠意が感じられません。
信友にとって守護は傀儡に過ぎません。
主人である自分を飛び越して、守護に媚びを売る信秀が可愛い訳がありません。
腹に据えかねた信友が信長に言い放つのです。
「信長とやら」
「はぁ」
「その天竺の服は気に入っておるのかぁ」
「大変、気に入っております」
「武家の恥と思わんのか」
「思いません」
「そうか、励め」
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
褒めておらん。
信友にとって信秀は憎い相手です。
近頃の家老の増長も、奉行である信秀が勝手な振る舞いをする事が原因と思っています。この信秀をどこかで始末せねばと考えていたのですが、息子の馬鹿さ加減を見るに弾正忠家はいずれ没落すると思えてくるのです。
◇◇◇
【斯波義統】
信秀は場の空気が悪くなったので、先に献上の品を渡す事にします。
信秀の家臣が後ろから頭を下げたままで『三方』(供え物の台)に砂袋を3つ乗せて差し出します。
義統に3つ、信友に1つです。
「お納め下さいませ」
麿に3つ、信友に1つは悪くない。
信秀はよう判っておる。
味気ない砂袋を出した事に信友が顔を歪めています。
塩か、それとも銀か、とでも思ったのでしょう。
義統は気に留める事なく、中身を確認します。
「おぉ、これは」
「お気に召しましたでしょうか」
「大儀である」
「ははぁ」
義統の喜びように驚きます。
慌てて、信友も中身を確認します。
「これは」
1袋で300gくらいの砂金です。
1袋で16貫800文、3袋なら50貫文になるでしょうか。
小判で言うと、1両が1貫文です。
現代の価値に直すと、1両が75000円くらいです。
1つの『三方』に3袋が供えてあります。
つまり、義統に150貫文の1,125万円、信友に50貫文の375万円です。
守護、守護代にとってちょっとしたお小遣いになります。
これがどれくらい凄い額かと言うと、信秀が朝廷に内裏修理料として献上した4,000貫文には及びませんが大きな額です。
○天文の内裏修繕費
織田信秀4000貫
今川義元500貫
麻生興益(大内被官)300貫
本願寺100貫
阿蘇惟豊100貫
○後奈良天皇(1526践祚、1536即位)
大内義隆2240貫
朝倉義景100貫
長尾為景100貫
土岐頼芸10貫
○正親町天皇(1557践祚、1560即位)
毛利元就2000貫
朝倉義景100貫
三好長慶100貫
北畠具教20貫
150貫文は軒を連ねる大名、今川より少ないけど朝倉や三好が朝廷に献上した額より多いのです。
信友が義統にこれほどの献金をした事があったでしょうか。
財力の差を見せつける信秀に信友が献金を受け取って喜ぶ所か、憎しみを覚えるのです。
愉快、愉快、これは愉快じゃ。
わずかに見せた信友の悔しそうな顔に、顔を伏せたままでにやりとする信秀に義統がもう一度喜ぶのです。
◇◇◇
【織田信秀と???】
自尊心を満たした信秀はやっと本題に入ります。
「恐れながら、我が居城を古渡城から末森城に移し申した」
「うむ、聞き及んでおるぞ」
「古渡城を廃城とし、取り壊した後に武衛屋敷を造りたいと思い。こうして御許可を頂きに参った次第でございます」
「なんと、我が屋敷を造ってくれると申すのか」
「はい。斯波家にふさわしい豪華な屋敷とするつもりです。もちろん、守護様を補佐される守護代様の屋敷も横に併設させて頂きます」
守護代の腰ぎんちゃくが何か言う前に先手を打っておきます。
別に清州にいる守護代や家老も付いて来ても構いません。
屋敷は豪華に作りますが、堀はあっても塀もない屋敷です。
守る城としては最悪の屋敷なのです。
「弾正忠、そなたの忠義、確かに聞き遂げた。許可する」
「ありがたき幸せ」
「感謝するぞ」
「お任せあれ。武衛様に付き従う将や民の管理はすべて我が息子の信長が執り行います。ご安心召され」
「三郎、よろしく頼むぞ」
「必ずや身命を賭してつつがなく執り行います」
「そなたの忠節、確かに受け取った」
「ははぁ」
「これより古渡城を取り壊しますので、完成まで2年ほどお待ち下され」
「待ちどおしいのぉ」
余りの突然の事に信友は言葉を失います。
三家老は掠め取ろうと思った矢先に古渡城を渡すと言われて戸惑います。
そして、坂井 大膳、河尻左馬丞、織田三位は信秀の悪意に背筋を凍らせるのです。
これは『儂は知っておるぞ』と言っているようではないですか。
「誰が漏らした」
「儂ではないぞ」
「儂もじゃ」
「では、誰じゃ」
「誰が通じておる」
「儂ではない」
(ええぃ、左馬丞か、三位か、儂は騙されぬぞ)
(大膳め、早々と鞍替えか、こうなっては儂も考えねば)
(誰も彼も誑かされおって、いくら貰ったのじゃ。忌々しい弾正忠め、そなたの思い通りにさせぬぞ)
互いに疑心暗鬼となって責め合うばかりで、信秀が古渡城を渡すと言った意味に気づいていないのです。そして、互いに疑心暗鬼になった三者は協力して信秀に対抗するという最強のカードを自ら放り投げている事に気づいていないのです。
もちろん、神ならぬ、忍も知る由もありません。
神じゃないから知らなくていいんだよ。
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