第5話 慶次がやってきたの事。
信秀が信長を引き連れて武衛屋敷の許可を貰いに清州に赴きます。
いってらっしゃい!
善は急げと言いますが、そんなに急がなくていいのにね。
古渡城を武衛様に割譲するなんて話をすれば、下尾張守護代の
そう、『古渡城をあげる』という誘いを断る馬鹿いません。
そんなうまい話を信じる訳がありません。
(疑心という)石を投げ込みに行きました。
長門守がじっと私を見ているのです。
「忍様、少しよろしいでしょうか」
「うん、別にいいよ。何か判らない事でもあった」
「忍様は河川改修の普請に如何ほど人夫を用意するつもりなのでしょうか」
「そうだね」
徳川家康が江戸城改修をした時、1万石に付き100人を送らせたと言います。
加賀100万石なら1万人です。
全国の石高から逆算すると、約18万5000人になるハズです。
熱田台地を丸々変えるなら同じくらいの大工事になります。
「最初は5万人くらいで土岐川(庄内川)地区が終わる頃には10万人、尾張を統一する頃は木曽川の改修が待っているから20万人くらいかな」
「20万人ですと!」
米1石を約150kgと仮定します。
江戸の庶民が食べていたお米の量が1日5合です。
1合150gですから、5合で750gであり、1年で274kgになります。
これが20万人ですから、5,480万kgとなります。
つまり、36.5万石の米を用意しないといけません。
「余裕でしょう」
「それほどの大工事になると一家で来る者をいます」
「えっ?」
一家4人家族として、4倍か!
(146万石のお米を用意するの?)
お米、足りないかもしれない。
あはははぁ!
「足りない分は他国より買い入れれば、よろしいかと」
「そうだね。そうしよう。手配しておいて」
「5万人もとなると尾張国内だけで集まるかどうか判りませんな」
「畿内は荒れているんでしょう。畿内から集めればいいわ! 機内は傭兵や加世者も多いからさ!」
「しかし、それでは銭がいります」
「砂金じゃ駄目なの?」
「人夫が砂金では喜びますまい。金を銭に替える事はできますが、そんな大量の銭を持っている商人はいません」
金では支払う銭の代わりにはならないのか!
戦国時代は金を通貨として認識していません。
「いくらくらいいるのかしら?」
「足軽なら1日50文、月で1貫500文になります」
「それが5万人分ね」
「はい」
5万人分で月7万5000貫文になります。
年なら97万5貫文かぁ!
(13か月計算)
足軽と同じで来るかな?
永楽通宝の銅銭は銅と錫の合金で重量4.9gです。
すべてで4777.5kgの銅と錫の合金が必要です。
(97万5貫文 × 4.9g =4777.5kg)
5トンくらいで………駄目だぁ。
20万人が20年分で400トンくらいにしよう。
「判った。銅と錫を用意するから永楽銭を作りましょう。作業器具や農機具も作りたいから大量の鍛冶師を集めておいて」
「判りました。すぐに手配します」
「人夫の日当は1日100文、尾張の国以外から連れてきた者には1人当たり200文の報酬をくれてあげましょう。健康状態が悪い者は50文に減らします。そのかわり、食事代を含む旅費はすべてを別途で織田が持ちましょう。
奴隷は厳禁。
あくまで尾張で働きたい者のみ雇います。
家族総出で尾張に移住する者も認めましょう。
女、子供でも50文とします」
「よろしいので?」
「定住して貰った方が、後々都合がいいのよ」
「判りました。そのように告知しておきます」
長門守が黙って私を見続けます。
「何か」
「足軽の者が人夫の手当を聞いて、やる気をなくさないでしょうか」
「あぁ~そうね、足軽も日当たり100文に増やしましょう」
「では、月3貫文に引き上げておきます」
「言いたい事があったら、黙ってないで口でいいなさい」
「畏まりました」
工事を始めるのは来月からと信秀が決めました。
計画を整え、担当を通達して、銭を揃えて、器具も揃えて、住む家を建てて、食糧の買い付けをして、魚や塩の増産もいるね。
あっ、銭とか、器具を作るには窯で燃やす薪もいるわ。
も~ぉ、やる事が一杯だよ。
「鍛冶師や細工師や大工などは武士と同様の50貫で召し抱えます」
「仕事はいくらでもありますから、それがよろしいと思います」
「武衛屋敷はどうすれば、いいのかしら?」
「熱田、津島の宮大工は那古野城の改築に必要ですから、伊勢に頼んで宮大工を回して貰っては如何でしょう」
「それがいいと思う。お願い!」
「畏まりました」
なんか面倒臭い。
何で私が指示出しているの?
◇◇◇
「忍様、慶次を連れてまいりました」
そうだった。そうだった。
私はこの為に来たんだ。
「滝川慶次利益と申します」
きゃぁぁぁ、美形のイケメンよ。
理想通り、理想通りの美少年だわ。
こころの中で超ラッキー!
抱き抱きしたい。
ツンツンしたい。
「おほん、忍様」
おっといけない。いけない。見入ってしまった。
おほん。
「慶次、あなたは13歳で間違いない」
「はい、間違いございません」
信長の1つ上か、でも、信長より一回りは大きく感じる。
でも、このまま伸びて170か、175cmくらいかな?
小説や漫画に出てくる身の丈六尺五寸の197cmの大柄な武士にはなりそうもない。
慶次の甲冑がそれほど大きくないから、そうじゃないかと言う噂は昔からあったんだよね。
そこはちょっと残念だ。
「槍が得意と聞いたが本当か?」
「少々」
「少々ではありません。大人衆に負けた事がありせん。いずれ天下無双の槍使いになります」
「なってもおらん内からいうな」
「そうか、そうか、いずれ天下無双になって貰おう」
慶次自身は控えに言うが、藤八の口ぶりから相当の腕前なのだろう。
政略、軍略はどうかな?
「さて、滝川家は甲賀の出と聞いたが本当か?」
「甲賀郡大原郷の大原氏が祖と聞いております。我が祖父の一勝が織田を頼って以来、織田に仕えておりますれば、俺は武家と思っております」
「しかし、お主の父である一益は変わり者と聞くがどうか?」
「一益は親父でなく、従兄殿です。一益は博打好きで勘当され、一時甲賀で世話になったと聞きますな。そこで
慶次の父である滝川一益は謎の人物なんだよね。
永禄3年、桶狭間の後に一族から近江の国の滝城を追われ、叔父の池田紀伊守恒利を頼って尾張に来たと言う説もある。
池田紀伊守恒利は、信長の乳兄弟の
でも、一益は弘治二年(1555年)頃には部隊を任され、永禄三年(1560年)の桶狭間の戦いで先鋒を務めたという説もある。
あの『信長公記』首巻によると、信長が踊りを興行した際、『滝川左近衆』が餓鬼の役を務めたという記述があるからどちらが本当なのは私も判らん。
池田紀伊守恒利の池田屋敷は、荒子東にあるから荒子城主の前田家と縁が深かったんだろうね。
「慶次は素っ破働きはできないんだね」
「なんだ、素っ破が欲しかったのか?」
「いやぁ、いやぁ、私は慶次様も見たかっただけだよ」
「「「様?」」」
気を抜くと『様』って付けちゃうよ。
「ねぇ、ねぇ、慶次を私の小姓にできないかな?」
「承知いたしました」
「ありがとう。慶次もそれでいいわよね」
「う~ん、少し聞きたい」
「うん、何でも聞いて」
「その忍様はどういうお方なのだ。俺は藤八から殿がお呼びとしか聞いていないのだが」
藤八は何も言ってなかったようです。
私って、何者?
う~ん、よく判らん。
悩んでいる私に長門守が説明に入ってくれました。
「信長様の客人であられ、織田の今後を左右する大切なお方です」
「へぇ!」
「忍様が望まれるのなら、信長様より下知を頂くことになるでしょう」
「なるほど」
今日から
「忍様は天より来られた天女様です」
(そうなの?)〔私〕
(そうですよ)〔藤八〕
一瞬で慶次様の眼つきが変わった。
・
・
・
ぎろり、獲物を睨むように私を見つめています。
ちょっと怖いかも……………でもいいよ。
きゃぁ、殺気を帯びた目で睨まれた。
挑発的な目が最高よ。
一歩前へ。
必殺の間合いで架空一撃が喉元に突き付けられます。
(私はきょとん)
そんな危険な位置に立っていると、私は知りません。
慶次様に睨まれて最高!
嬉しさの感動を全身で感じていたのです。
ふふふ、呆れたように息を吐きます。
「全然、気が付いてないじゃないか」
「何が?」
「おい、長門。こいつは本当にどういう奴だ」
「では、よろしく」
「ちぃ、逃げやがった」
何かよく判りませんが、慶次様が私の小姓になったようです。
「これからよろしくお願いします」
「あぁ、よろしくしてやるよ」
「ちょっと外を見てみたいけどいいかな?」
「俺に聞くな」
「いいと思いますよ」
無邪気に藤八が答えてくれます。
いいのか。
うん、いい事にしよう。
「じゃぁ、さっそくだけど、表に行くよ」
「藤八、馬を用意しろ」
「判った」
「私、馬に乗れないよ」
「2頭でいいぞ」
よく判りませんが、馬で行くらしいです。
「だから、私、乗れないよ」
「俺と一緒に乗ればいいだろう」
おぉ、神よ。
感謝します。
慶次様と藤八も一緒に散歩だ。
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