第1話 赤鬼が暴れたの事。

楽しい戦国旅行にやってきて、何が悲しくて血みどろの戦いを見なくちゃならないの!<怒>


私の上に乗っている生温かい死体を退け、のっそりと立ち上ろうとすると、首を持った男が刀を振り降ろしてきます。


いやぁ!


思わず、手を振りまわすと男の体に触れて吹き飛ばされてゆくのです。


うおぉぉぉぉぉ!


ぐざぁと胸で槍先が止まっているのです。


痛ぁ!


でも、なんか判ってきた。


「痛いでしょう」


落ちていた脇差を拾って切り付けると、男の半分を切り裂いて、脇差が根元からぽきりと折れてしますのです。


半分切られた男は横に飛ばされて即死です。


私、殺した?


人を殺した割に罪悪感が湧いてきません。


“状態異常耐久で罪悪耐性も上がっています”


そんなモノでしょうか?


“ご主人、ご主人のパワーは10馬力です。普通の武器では耐久性が持ちません。自前の武器を制作しては如何ですか”


そんな事ができるの?


“はい、疑似精霊には物体の組成を変える『モデリング』と物体を瞬時に移動する『転移』が備えられています”


でも、武器と言っても何を作ればいいのよ。


“土から作る強化セラミックの『金棒』の制作をお奨めします”


じゃあ、それ!


『モデリング』


足元の泥が変化して『金棒』の形をした強化セラミックの組成体として再構成されて、あっと言う間に完成します。


お手軽ね。


出来上がった金棒を持ち上げて、菱型の旗に目掛けて走り出すのです。

楽しい旅行を台無しにしたのは、おまえらか!

立ち塞がる者を金棒で吹き飛ばします。


「何だ、あれは! 討て、討て、何者か知らんが討て」

「押し出せ!」


矢の雨が降り、多数の槍が突っ込んできます。


痛い、痛い、痛い!


何か知らないが知らないけど、痛いよ。


とにかく、金棒を振りまわすのです。

人がゴミのように飛んでゆきます。


「鬼だ。赤鬼が出た」

「誰が鬼ぁ!」

「祟りじゃ」

「逃げるな! 押し出せ!」


そんな中に力自慢の武将が前に出てきます。


「やぁ、やぁ、やぁ、我こそは」


頭に血が上っている私は、戦国の習わしの口上など無視して、馬ごと武将を吹き飛ばすのです。


一騎当千いっきとうせん


頭から真っ赤な血で染まった鬼の『張飛』が突進してくれば、兵は逃げ戸惑い、武将も尻込みします。

しかも、劣勢を強いられていた国人衆もこのチャンスに攻勢を掛け直してくるのです。


「引け、引け」


菱形の旗が逃げて行くのを見て、私の沸点が下がってゆきます。


空しい。


 ◇◇◇


私は今更に気づくのです。

やってしまった。


国人衆の兵が私を追い越して、武田軍を追い駆けてゆきます。


今は、いつ?


“西暦1546年は天文15年です”


おぉ、答えてくれた。


便利だ。


ここはどこ?


“長野県佐久市大字野沢、信濃の佐久郡さくぐんに当たります”


地元かよ!?


辺りに学校も何もないね。


浅間山と八ヶ岳に囲まれて、自然が満喫できる以外は何もない所なんです。


この佐久地方は信玄に特に酷い目にあわされた所で、長野県人は信玄を嫌っていませんが、この佐久地方は信玄が嫌いと言う人が多いのです。


まぁ、父が転勤して1年と少しですからピーンときませんが…………。


でも、あのおっさん臭い像は嫌いです。


とりあえず、武田に付くのはないな!


 ◇◇◇


逃げてゆく武田軍に国人衆が歓声を上げます。

とりあえず、これにて一件落着。


戦国の平均身長は150cmくらいですから、175cmの私は大柄な女です。

しかも頭から全身に真っ赤な血で覆われています。


そりゃ、赤鬼と間違われますよ。


好きで血を被った訳じゃないけどね。


さて、どうしましょう。


諏訪氏を滅ぼして、南信濃を手に入れた武田軍は北信濃を目指している訳であり、ここにいれば、村上義清に仕えて武田軍と戦う事になります。


ずっと戦の先頭に立たされるような事態は回避したい。


『赤鬼の忍』


いやいやいや、それは絶対にない。


逃げよう。


AIちゃん、さっき転移って言ったけど、どんな風に使えるの?


“まず、見える所ならどこでも転移できます。次に地図上でも転移可能ですが、500年の歳月が違いますから、転移した先が海の上になる可能性もあります”


見える場所と地図の上で転移が可能か。

とりあえず、あの山の上まで移動するか。


『転移』


おぉ、風景が変わった。


周りの人達、私が急に消えてびっくりしたかもね。

気にしない。

気にしない。


“ご主人様”


何かな?


“血が完全にこび付く前に洗った方が良いのではありませんか”


しまった。

それが先だ。


 ◇◇◇


血の臭いが中々落ちない。

石鹸はないの?

モデリングでなんとか。


“材料がないと無理です”


何と言う事でしょう。


石鹸の材料は、苛性ソーダ―とオイルと精製水、苛性ソーダ―は水酸化ナトリウムだから塩(塩化ナトリウム)があれば、生成できる訳です。


つまり、塩と油です。


おぉのぉ~!


いやぁ、いやぁ、慌てるな!

油は獣を狩れば、塩は海に出れば何とかなるなる。

無理ではないぞ。


“ご主人様”


何だ、AIちゃん。

私、今は忙しいんだけど。


“温泉に入れば、ほとんどの臭いは流れるかと”


それだ。

草津温泉だ。


 ◇◇◇


命の洗濯、温泉はいいな。

血が付いたセーラー服も綺麗に洗った訳です。

誰もいない秘境の湯が見つかってよかったよ。


少し熱いけど、源泉かけ流しと思えば、何とかなるなる。


空腹になっても、この体は死ぬ事はないらしいので問題ありませんが空腹は嫌だね。

でも、その前にちょっと疲れた。


AIちゃん、何か来たら起こして!


“了解です”


朝日と共にゆっくりとした目覚め。


清々しい。


お腹減った。


一晩干した下着とセーラー服を身に付けると出発です。


どこに行こうかな?


グロテスクな戦場に巻き込んだ落とし前も付けたい。

でも、躑躅ヶ崎館つつじがさきやかたに乗り込んで信玄の首を取るとか?


いやぁ、もう血を見るのは飽きた。


と言うか、もう一生見たくない。


AIちゃん、地図をオープン。


“判りました”


甲斐の地図が広がります。


甲府分地は意外と広いのですよ。

東京都や大阪府の倍以上の面積があります。

でも、山に囲まれて東京都や大阪府の7割程度しか住めない。

山と森の国なのです。


しかも川が氾濫して飢饉も度々起こる。

だから、生きる為に信濃を襲って食い物を奪う。

でも、それが信濃の諏訪や佐久の民が殺されていい理由にはならないよね。


私を殺そうとした恨みを忘れる理由にもならない。


武田と言えば、風林火山です。

信玄と言えば、「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」の名言です。

でも、防備が薄かったかと言えば、そんなことはありません。

信玄の居城の躑躅ヶ崎館は普通にりっぱな館なんだよ。


信玄堤しんげんつつみを壊しても困るのは民であって武田軍ではない。


あっ、そもそもモデリングで堤を壊す事ができるの?


“可能です。どんなモノで分子レベルの変形できます”


できるらしい。


やらないよ。


後で、洪水で何人死んだとか聞くと、何となく嫌だしね。


後は、甲州金か!

でも、金は地下だよね。

無理か。


“地下であっても任意の転移は可能です”


えっ、嘘?


“可能です。半径5kmのスキャンする時間が60秒掛かるのを許容して頂ければ、問題ありません”


マジですか!


“マジです”


よし!

それ行こう。


うははははぁぁ、甲州金敗れたり。


『黒川、転移』


 ◇◇◇


私は一瞬で黒川に移動します。

すでに坑道があり、もう採掘がはじまっているようです。

見つからないように少し林の奥に身を隠します。


黒川の砂金は平安の時代から知られていたようで、山伏や修験者が砂金を採掘していたみたいですね。

データーベースに書いています。

でも、黒川の金山が栄えたのは信玄の時代です。

おそらく、これから最盛期を迎えるのでしょう。


『という訳で、転移』


大きく指を上げて、大空を差す間抜けな姿で立ち尽くします。

何で?


“スキャン中です”


そう言えば、60秒とか言っていたね。

私が次に選んだ移動先は尾張です。


そう、13歳のショタ前田慶次を見に行きましょう。


わはははぁ!


そうして、私はその場から消えるのです。


黒川金山の周りには、竜喰金山りゅうばみきんざん牛王院平金山ごおういんだいらいきんざん、丹波山舟越金山、金山金山かなやまきんざんなど、複数の金山から成っており、すべての金を持ち去った訳ではない。


金の採掘はそれ以降も続きます。


しかも金には15%以上の銀が含まれており、金山の名が銀山に変わっただけで採掘が続いたなんて知りません。


ただ、武田の金をくすねてやったとぬか喜びした私だったのです。


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