幽霊の手 ③

「町中ってそんな」

「ホントに同じ写真?あれだよ、プリクラの写真シールの」


 周藤とほとんど同じタイミングで話し始めてしまい、お互いに顔を見合わせる。周藤、短い付き合いではあるがお前の考えていることは分かるよ。「これどうする?」だろ。

 さぁ、どうしような。可愛い女の子とお近づきになるチャンスなんじゃないか?オカルト的事件のオマケ付きで。

 思わぬ展開に閉口してしまった俺たちを見て、屍原さんは項垂うなだれてしまう。


「ほんと、ごめんね。急に話しかけたりして迷惑だったよね」

「いや、別に…大丈夫だよな由人」

「お前からしたらむしろ願ったり叶ったりじゃないのか、周藤。仲良くなりたいって前から話してただろ」

「おい!それ今言うかよ?!」


 俺と周藤の掛け合いをみて幾ばくか落ち着きを取り戻したのか、屍原さんは可愛らしく、困ったように笑ってくれた。

 お互いに改めて自己紹介をして、しばらく取り留めもない話をしてから本題に入る。

 屍原さんはどうやら例の怪談については最近知ったようだが、源流となったプリクラの心霊写真については困っていることがあるようだ。しかし幽霊だの呪いだの、入学早々そんなモノを誰かに相談するわけにもいかず、たまたまその怪談を話していた俺たちなら…と思い、つい話しかけてしまったらしい。


「心霊写真の怪談が作り話っていうのはどうしてそう思ったの?」

「えと、あそこのプリクラは確かに古いけど、貼り付けられてる心霊写真のものとはサイズが違うんだ」


 このくらいなんだけど、とポケットから取り出した写真を見せてくれる屍原さん。どうやら例のプリクラで友達同士が撮影したものらしく、にこやかな表情の女の子2人が並んでいる。


 良かった。ここで屍原さんと彼氏とのツーショットが出てきたら倒れ臥すところだった。多分周藤と2人揃って。

 などというくだらない考えは胸中にしまい込み、努めて冷静な表情で2人を窺い見る。


「俺は実物を見ていないから何とも言えないけど、やっぱ違うのか?」


 写真を観察する周藤の反応を窺うに、彼女の話にどうやら間違いはないらしい。


「確かに。これに比べて心霊写真の方はちょっと小さいかな」


 これで怪談は前提からして間違っていたことが結論づけられた。

 件のプリクラ機には怨念も霊魂も取り憑いておらず、ミスバスターズはとんだ濡れ衣を着せられた訳だ。

 そこまではいい。元々、学生の間で広まっている怪談なんて真剣に受け止めてはいなかったから。

 では、「町中に広まっている」というのはどういうことだろうか。

 俺から提示されたその疑問に対し、屍原さんは一瞬躊躇いの表情を見せるも、意を決したように俺たちを見定めて語り始めた。


「コレ見て」


 そう言って屍原さんから差し出されたスマホの画面には、噂に聞くプリクラの心霊写真が写っていた。


 にこやかな表情の男女が、肩を寄せ合ってピースサインをしている。

 そして周藤の話で聞いていた通り、カップルの女子の方の首元には白い手のようなものが映り込んでいた。


 しかし「これは手だ」と断言できるほどはっきりしている訳ではなく、何かの残像であるとも考えられるくらい微妙な出来の心霊写真だ。

 写真自体は確かに不気味であるが、問題はこのプリクラが貼り付けられていた場所だ。


「どう見たってミスバスの両替機じゃないよな。ここ」


 周藤も疑問に思ったのか、俺の横で訝しみながら画面を睨む。

 凹凸のある白色の金属板、錆が目立つソレの隅に写真は貼られていた。


「これ撮ったのはね、駅前の商店街。薬局横のシャッターんとこ」


 「まだあるよ」と言うが早いか、屍原さんは人差し指で画面をスワイプし、次々に写真が切り替わる。


「これは駅前のベンチの裏、コンビニの駐車場、カーブミラー、公園の滑り台と看板、電気屋さん横の公衆電話…」


 背景は目まぐるしく移り変わるのに、そこに貼り付けられたものはみな一様に同じものだった。


 同じカップルの、同じプリクラ写真。


「うわ、ここ通ったことある。気付かなかったな」


 あらゆる場所にソレはあった。

 悪戯と言うには度を越しているし、何らかのメッセージが込められているにしても、規則性も共通点も見出だせない。

 異常だ。常軌を逸している。

 同じ写真を町中に貼り続ける偏執的な狂気。その行為者の目的も正体も掴めない。


「この自転車は?」


 周藤の何気ない一言に、スワイプする指が止まる。


「それ……わたしの自転車」


 無造作に例のプリクラが貼り付けられた、自転車ママチャリのサドル部分を映した1枚の写真。

 それを見つめる屍原さんの表情が陰る。


「最初はこの自転車に貼られてて。学校から帰るときに気付いたんだけど。知らない人のプリクラだったから…誰かと間違えられたか、誰かのイタズラなのかなって。そんなに気にしてなかったんだけど」


「そのうち町中に貼ってあることに気付いた」


 こくりと、屍原さんは声に出さず頷く。

 彼女は気づいて、その異常さに理由を与えようとした。写っている人間は誰なのかを調べ、写真が貼り付けられた箇所を記録し続け、そうして悟った。


「わたし一人じゃもうどうしようもないなって…」


 全てが不明だったという。

 意味も意義も分からず、意図も想像できない。

 何も分からない。


 沈鬱ちんうつな表情を突き合わせていた俺達は、昼休みの終わりを告げるチャイムで我に返る。

このまま何事もなく日常に戻れる気にもなれず、「何かわかったら情報を共有しよう」とそれぞれ連絡先を交換した。

 女子と連絡先を交換できたというのに、周藤は複雑そうな表情のまま「どうするべきなんだろうな」と困り果てていた。

 俺も同意見だった。

 因縁のある場所に踏み込んで呪われたのならまだ納得できた。しかし屍原さんはそんな覚えは一切無いという。

 では何故?誰が?何の為に?

 運命も奇跡もないというのが俺の持論だが、では一体この奇妙な事件に対して、どう理屈付けをすればいいのだろうか。

 どうしようもない気分の悪さをこらえながら、誤魔化すように缶コーヒーを口にする。


「入ってねぇじゃん…」


 

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