幽霊の手 ②

 その怪談が広まり始めたのは、エコ部および旦椋あざりの騒動から1週間くらい後だったと思う。いつの間にか鵜吞坂高校では、奇妙な勧誘を行う部活動の噂話と入れ替わるようにして不気味な怪談が囁かれるようになっていた。

 例によって周藤が「姉貴から聞いた話でさ」としたり顔で吹聴してきた時はしょうもない与太話程度にしか考えていなかったが、今朝、通学路にある公園前で小学生の集団までもが「心霊写真が…」と周藤と似たような話をしているのを見て、少しばかり真面目に受け取ろうという気にはなっていた。


「周藤、あれなんだっけ、心霊写真のやつ」


 昼休み。

 ふとどんな話だったのか気になって、周藤に尋ねることにした。        鵜呑坂について知りたいことがあればコイツを捕まえればいい。

 捕まえるといっても隣の席に座っているのだから、「飯食ってるときに悪いんだけど」と断りを入れて尋ねただけなのだが。

 周藤は購買部で買ったのであろう菓子パンの一つを頬張りながら、「はいはい、あれね」といつも通りの軽い調子で語り始めた。


「ミスバスにさ、プリクラあるだろ」


 ミスバス。正式名称はミスバスターズ。

 鵜呑坂高校から2キロほど歩いた先にある中規模商業施設。食品、衣類の販売店に加え古本屋に理髪店に…と駅前の商店街をぶっ潰すためにやってきたとしか思えないラインナップの、やたらと駐車場の広い店だったと記憶している。

 確かにあそこにはうちの生徒が放課後に暇を潰しているゲームコーナーがあった。


「この前行ったときに見たことあるよ。結構古い機種だったよな」

「あー、こないだの放課後のときな。プリクラだけじゃなくてレースゲーも格ゲーもひと昔前のしかないし…後ここいらには他に遊び場もないから絶望しろよ都会っ子」


 余計なお世話だよ。

 何か言い返してやる気も起きず、手元の缶コーヒーに口をつける。

 周藤もまた水筒の中身を一気に飲み込むと、一呼吸置いてから「それでな」と続けた。


「そのプリクラが置いてあるスペースの両替機に、カップルの写真が貼り付けられてるのには気づいてたか」

 

 そこまでは気が付かなかった、というより注視していなかった。   確かに先週周藤と件のゲームコーナーには赴いたが、男二人でアテもなく時間潰しをする際にプリクラは選択肢に無かったし、そちらに注意の向くことも当然無いだろう。


「その写真についての逸話でね。あるカップルがそこで写真を撮った。2人は付き合って間もなく、相当イチャついてたって話だから、さぞいい写真が撮れたろうな。けど、撮影後の写真をみて2人は血の気が引いた。…あるはずのないものが写ってたから」

「なんだよ?」


「手だよ」


 語りに熱が入ってきたのか、周藤は菓子パンの袋を握りしめ、マイクのように口元に寄せる。


「実際に俺も見てみたけど、確かに彼氏に寄り添う女の子の、その首元に掴みかかるように半透明の手が写ってたんだ。半狂乱になって逃げ出したカップルの残した写真は、その後何故か両替機に貼り付けられていて、とまぁこういう話よ」

「そっから噂は広まって、ミスバスのプリクラで写真を撮ると心霊写真になるって怪談が出来上がったと、そういう訳か」

「イグザクトリー、その通り」

「胡散臭ぇ」


 思わず感想が口をついて出る。

 真剣に聞いてみようと思っていたが、やはりありがちな話過ぎる。しかし学生の間で広まる怪談なんてこんなものだろうに、俺は何を期待していたんだろう。


「大体、由来の分からないカップルの写真のどこからそんな話が生えてきたんだ。不幸なカップルのどっちかがうちの生徒だったりしたのか」

「俺も姉貴の又聞きだから詳しいことはなんとも。でもそういうもんじゃねえの?怪談ってさ」


 旦椋あざりといいこの怪談といい、鵜呑坂ではひょっとして未だオカルトブームは健在なのだろうか。いや、単純に一過性の流行りであると思うが、入学早々にこういう話が次々とやってくるとなると、かつてオカルトに肩まで浸かっていた俺としては複雑な心境ではある。


「というか写真にしたって単にブレてたとか、加工の時にミスったとかそんなんじゃないのか?」

「そう夢のないこと言うなよ。今度同じ部の女子たちと一緒にそのプリクラ行く予定なんだから」


 さわやかなほほえみでそう口にする周藤。

 入学して一週間足らずでコイツはどこまで交友関係を広げているのか、怪談よりもそっちが恐ろしく感じてしまう。

 別に妬んでいるわけじゃないが、怪談が真実なんだとしたら呪われてくれないだろうか。本当に羨ましいと思っているわけじゃないが。

 俺の怨嗟に気が付いたのか「一緒に行くか?」などと半笑いで誘ってくる周藤に本気の呪詛を送っていると、不意に後ろから声をかけられた。


「その話、多分作り話だと思うよ」

「―――屍原かばねはらさん?」


 意外な闖入者ちんにゅうしゃに俺も周藤も動揺する。

 屍原花かばねはらはな。このクラスの中で犬吠埼いぬぼうさきと並んで珍しい苗字で、しかも美人ということもあり、入学初日から度々話題に上がっていた人物だ。

 クラスメイトというだけでまともに会話すら交わした事も無かったのだが、家庭科部所属であることだけは周藤から聞かされて知っていた。

 どうやら近くの席で友人たちと談笑していた途中らしく、そちらに向けて軽く手を挙げて離席の合図を送ると、つかつかとやって来て俺の後ろの席に腰掛ける。

 切り揃えられた前髪を手櫛で整えると、彼女は静かに口を開いた。


「どうも。屍原かばねはらです」

「はぁ」

「どうも」


 完全に面食らった俺たちは気の抜けた返事を返すほかない。

 クラスメイトとの親交を深めるにしたって何でこのタイミングなんだ?俺か周藤の態度に気に障るものでもあったんだろうか。俺はともかく周藤にはあるかもしれない。

 屍原さんは間抜けな顔を晒している俺たちを交互に見回すと、怯えたような顔でこう言った。


「その心霊写真、貼られてるの、知ってた?」

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