幽霊の手 ①

「昨日はすごいもんをみた」と学校中が色めき立っていた。

 

 そりゃそうなるわ。

 昇降口から廊下を通って自分のクラスに入るまでの数分で、もう100回は同じ名前を聞いた。


 『旦椋あさくらあざり』


 聞くところによると1個上の上級生で、去年も同じようにあんな真似をしでかしていたらしい。

 あの魔女はどうやら校内では結構な有名人で、悪い意味で1年生の頃から目立ちまくっている問題生徒のようだ。

 昨日まで整然と掲示されていた学内掲示板、部活紹介のコーナーに『求ム部員 鵜呑坂うのさか高校環境美化及び地域奉仕活動部』と縦に書かれた一反木綿みたいなサイズのポスターが貼ってあるのを見るに、噂はまず間違いないのだろう。


「エコ部ってゴミ拾いとかする部活だって聞いてたんだけどねぇ」

「死んだ人をどうとか、って本気なのかな」

「昨日は校門閉まるまでいたらしいよ」

「やっぱヤバい宗教の勧誘なんじゃないの?」

 

 流言飛語が渦を巻く。

 新学期初日からあれだけのパフォーマンスをやってのけたのだから当然と言えば当然の結果だが、右を見ても左を見ても旦椋あざりとエコ部の話で持ちきりだった。

 鵜呑坂うのさか高校環境美化及び地域奉仕活動部、エコロジーに関する事を一手に担っていることから通称「エコ部」

 雑な名づけ方だとは思うが、言い終えるまで3回は舌を噛みそうな部活名を3文字に省略してくれた誰かに拍手を送りたい。

 部長は2年の旦椋あさくらあざり。

 活動内容は定期的なゴミ拾いやボランティアが主。

 社会奉仕につながる取り組みを行うことで生徒の健全などうたらこうたらを何とかかんとか、それっぽいことは入学時にもらったパンフレットに書いてはあったが、どこにも「この地域に伝わる呪術研究にも力を入れています!」とも「オカルト研究会も兼ねてます」とも書いてはいなかったため、おそらくはあの三つ編み魔女の独断専行なのだろう。

 エコ部は聞くところによると内申点に問題のある生徒の流刑地るけいちにされているとか、そのせいで部長以外まともな部員が居ない(部長もまともではないと思う)とか、そんな話ばかりが今朝から溢れかえって氾濫していた。

 垂れ流される雑音を聞き流しながら、自分の席でぬるい缶コーヒーを啜っていると、不意に隣の席から声を掛けられる。


「よう、犬吠埼いぬぼうさき

「苗字呼びはやめてくれよ、長いから名前で呼んでくれ名前で」

「理由のゆう由人よしとだっけ?苗字も名前も読みにくいなー、お前」

「文句は先祖と親に言いな」


 とは言ったものの俺もこの伊藤だか加藤だかいう奴の名前を覚えてはいない。口数は多いがいい奴で、異邦人同然の俺に入学初日からあれやこれや鵜呑坂うのさかの事を教えてくれたのだが、どうにも肝心のこいつの名前だけが抜け落ちてしまったようで思い出せない。

 すまん、佐藤(仮)。

 そんな俺の内心など露知らず、佐藤(仮)は初めて動物園に来た子どもみたいなはしゃぎっぷりで「なぁ聞いたかよ」と、昨日のあの騒動について話し始めた。


「あのアサクラって先輩、去年も同じことしてたってのはもう聞いたか?」

「それは聞いたよ。昨日は遅くまで残ってたんだってね。教師は何してんだか」


 百歩譲って普通の部活の勧誘ならあの熱意もまぁ許されるかもしれないが、言うに事を欠いて活動内容が「死者との交信」だぞ。

 先祖を大事にしよう、とはわけが違う。


「2年連続だし、何かキモイことは言ってるけどちゃんとボランティアはしてるみたいだから、強く出れないんじゃないか?市からも表彰されてるっぽいし」

「それは初耳。意外だな、あんなにイカレた事言ってたのに」

「俺はあのくらい変わってる子も好きだけどなあ。あと三つ編みだし」

「お前の好みは聞いてねえ」


 エコ部は名に違わず自然環境保全活動はしてるみたいだが、エコと死者との交流と何の関係がある?

 限りある資源を無駄にしないために、死んだ人間をも再利用しようというってのか?そんな疑問を投げかけても、目の前の佐藤コイツが知るはずもない。


「俺に聞かれてもな…そんなに気になるなら見学にでも行ってみるか?」

「…いや、いい。お前の方こそ興味津々って感じじゃないか、行って来いよ佐藤」

周藤すどうな。昨日も何回か間違えてたからなお前」


 伊藤でも佐藤でもなかった。

 多分、俺はこの周藤 何某なにがしの名前を覚えられない呪いにでもかかってるんだろう。本当に悪いな周藤。でもお前も旦椋先輩みたいに自己主張が強ければ覚えられそうな気がするよ。


「でもエコ部、部員が少ないってんで問題児を停学処分の代わりに仮部員として働かせてるらしいからな。噂聞くに相当この学校のお気に入りっぽいし、多少の奇行も大目に見られてるんじゃないの」


「学校側にも思うところはあるが…そもそも周藤お前、入学早々よくそんな情報を拾ってこれたね」

「姉貴から聞いたのよ。アサクラ先輩と同じ2年だから色々知ってるみたいだったし」


 ああそうかい。

 そういえば昨日も饒舌に「この学校の事なら何でも知ってるから」だのなんだのクラスに女子に調子よく語っていたような気がする。

 得意満面に語る周藤のにやけ顔がなんだか不愉快だったので、この話はここまでにして、昨日の「屍原かばねはら」とかいうおっかない苗字の女子の話に移ることにした。


「あのくらいふわふわした子が一番いいよなあ。声可愛いし」


 節操なしかコイツ。

 とうに冷め切ったコーヒーを喉奥に無理やり流し込み、俺は周藤の話を聞き流す。

 今日からは、どこにでもあるような代り映えのない高校生活を送れるよう祈りながら。

 

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