???:復讐者たち

 瘴気が世界を覆っていた。


 瘴気は、大気に水に大地に染み込み、その活力を奪っていった。そしてまた、人々の精神にも少しずつ少しずつ浸透し、蝕んでいった。


 そうした状況に気付いた人々がいた。彼ら彼女らは、現状を愁いて嘆くだけではなく、行動した。その中にはエルトラス――後世、魔女と呼ばれるようになった大魔法使いや、カゾススの姿もあった。

 彼らは調べ、考えた。瘴気が発生する原因は何か、そして、瘴気を消し去るにはどうしたらいいのかを。長い時間をかけて、彼らは瘴気の大元を見つけた。それは、見たこともない怪物であった。ただ、そこにあるだけで瘴気を吐き出し続ける怪物。斬っても燃やしても死なず、滅することはできなかった。彼らはやむなく、その怪物を魔力の壁で包み込み封印することにした。数千年、数万年でも封印は解けることはない。

 だが、すでに怪物が吐き出していた瘴気は、消える事がなかった。瘴気をどうにかしなければならない。苦難の日々が続いた。そしてある日、カゾススが瘴気を集める方法に気付いた。そこに他の者が知恵を出し、瘴気の浄化装置――浄化炉が完成した。最初は小型のもので試して効果を確認し、次に大型の浄化炉を作り上げた。

 それは、ひとつでいくつもの村々から瘴気を祓った。だが、大陸全土の瘴気を浄化する能力はない。カゾススたちは、大陸全土に浄化炉装置を設置することを決めた。


「長い旅になるが、これも世のため。待っていてくれるか?」

「もちろんよ、あなた。この子も良い子にして待っていると言っているわ」

「おとーしゃま、ごぶじでーはやく帰ってきてね」

「あぁ、分かっている。なるべく早く帰るからね」


 妻と子を村に残し、カゾススは仲間とともに旅立った。瘴気を浄化する炉を作っては、また別の場所に。浄化炉を作っては、次の場所に。そうやって旅を続けた。


 やがて、三度目の春を迎えようとしていた頃、ようやくカゾススは故郷の村に帰ることができた。


 ――だが、彼が見たのは、廃墟であった。


 彼は妻子を捜し回った。が、見つかったのは隣村にいた、かつての村人だけだった。その男から、彼は真実を知る。


 この国の王が、村を焼き払い彼の妻子を惨殺したことを。


 王は怖れていた。カゾススの知恵と力を。民衆からの支持を。いつか自分を廃しカゾススが取って代わるのではないかと。怖れた王は、カゾススの妻子を人質にすることを思いついた。だが、村人がそれを許さなかった。

 不幸な行き違い出会ったのかも知れない。瘴気に心が蝕まれていたのかも知れない。「カゾススの妻と子を連れてこい」という王の命を、何としても果さんと兵士は抵抗する村人を捕らえ見せしめに殺した。そこから、村人と兵士の戦いが始まってしまったのだ。カゾススの妻子は、その混乱の中で殺されてしまったのだった。


 カゾススは狂った。


 彼は村を襲った兵士を一人残らず見つけ出し、その縁故者も手に掛けた。そして、この国の王も王族も、一族郎党もろともにカゾススによって殺された。ひとつの王国を滅ぼしても、カゾススの怒りと悲しみは消えなかった。


 彼は、自ら作った浄化炉に潜った。浄化しきれなかった瘴気が溜まる最下層に自らの身体を横たえ死を待った。そうしなければ、大陸中の人間を殺してしまい兼ねなかったからだ。彼に残っていた、ほんの少しの理性が、そうさせたのかも知れない。


 誤算だったのは、瘴気が彼の精神と肉体を変化させてしまったことだろう。彼の肉体が滅びるまで、恐ろしい量の瘴気を浴び続けた。そして、死に至ってもなお、彼の精神は消えることなく、復讐の黒い炎を立ち上らせていた。


 長い時間が経過し、浄化炉は本来の役割を忘れ去られ、魔獣の住まう迷宮となった。カゾススは迷宮の奥底で、じっと苦悶に耐えながら復讐の機会を伺っていた。そして、ある日、呼ばれたのだった。



 王国は、永きに渡り平和であった。


 いや、平和すぎた。王国の第二王子であるマーカスにとって、それは生きながら少しずつ死んでいく世界であった。


 他国との戦いもなく、脅威と言えば嵐や火事、森の中の魔獣くらいのものだ。変化のない毎日。このまま時間が経てば、兄が王に即位し自分は侯爵として手頃な領地をあてがわれそして死んでいくだけ。そんな未来が見えてしまった。彼は聡明であるが故、それに抗うこともしなかった。


 状況が変わったのは、自分が不治の病に冒されていることが分かった時だ。ゆっくりと死んでいく未来ではなく、若いまま死んでいく未来。あと僅かしか残されていない未来。


 いやだ――彼の心の中に、悪魔が住み着いた。


 病を知ってから、彼は古文書や魔法書を読みあさった。病を治す方法を探すのではなく、運命を変える方法を。そして知ってしまう。自分たちが守護霊と呼ばれる存在に護られていることを、そして、その守護霊を強化する方法を。

 守護霊に、別の霊を融合させる。融合した霊の能力と力を得て、守護霊は強くなる。それは、守護霊が護る対象である自らの力が強くなることと同義であった。そうして彼は、時折霊を呼び出しては、自分の守護霊に融合させていった。


 もっと強い霊を取り込みたいと考えた彼は、ある日、禁断の召喚術を使ってしまう。


“迷宮の主よ、現れ出でよ!”


 そうして現れたのは、霊となったカゾススであった。マーカスにとって誤算だったのは、カゾススが自分の守護霊よりも強大であり、飲み込もうとした側が逆に飲み込まれてしまったことだ。


 マーカスの守護霊となったカゾススは言った。


「お前の望み、私が叶えてやろう」


 そこから、カゾススの守護霊狩り――御霊喰いが始まった。敢えて王族の守護霊には手を出さず、見つからないように慎重に狩りを続けていたが、めぼしい得物はすぐに刈り尽くしてしまった。


「異世界から霊を呼び出す」


 知恵者であったカゾススは、瘴気の原因を探る過程でこの世とは異なる世界の存在に気が付いていた。瘴気がその世界からやってきているのではないか、とすら考えていた。彼の考えを裏付けるように、古い文献に異世界と交信する方法が残っていた。


 カゾススとマーカスは、交信魔法を改造し、異世界の霊を呼びだそうと試みた。それは成功したかに見えたが、カゾススが取り込む前に、異世界人の霊は霞のように消えてしまった。その霊が、マイルズに憑いたことを知るのは、ずっと後のことだった。


 異世界から霊を、それも強力な霊を呼び出すには、犠牲も大きかった。カゾススとマーカスにとっては痛くもかゆくもない犠牲だが、もう一度試せば王たちの注意を引きかねない。そこで、彼らは王都内の霊を取り込むことにした。

 同じ頃、マーカスは父や兄に反旗を翻すための、仲間集めも始めた。渋っている相手には、御霊喰らいの影をちらつかせて脅し、逆に王子を諫めるものや王へ進言しようとした者は、遠慮なく守護者もろとも魂を食らい尽くした。


 ようやく、異世界の霊がマイルズに憑いていることを知ったカゾススとマーカスは、マイルズの守護霊を取り込もうとしたが失敗。マイルズが死ねば霊は依代を失い、この世を漂うはず。そうなってからゆっくりと取り込めば良いと考えていたのだが。



「二人の状況には同情する点もあるけれど、だからって許されることじゃないよ」


 俺――祓い屋の慈恵院悠人、異世界の霊ハルト――は、宣言する。


「俺は、祓い屋。まとめて成仏、させてやるぜ」





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