マイルズ:魂の救済

 あっという間の出来事だった。


 ハルトさんが、あの巨大な赤い男に捕まったと思ったら、その身体の中に取り込まれてしまった。


「「「ハルトッ!」」」


 ハルトさんを呼ぶ声が聞こえる。


「いかん、融合じゃ! 取り込まれてしまった!」

「いえ、違います」


 そう、ボクにははっきり分かる。まだ、


「あいつの中で、ハルトさんは生きている……じゃないな、存在しています」

「じゃが、時間の問題じゃ。あやつが、ハルトの膨大な魔力を取り込んでしまったら、今でさえ手に負えんのに、儂らに打つ手がなくなってしまう」

「そんな……」


 皆が息を呑んで、ハルトさんを飲み込んだ赤い男を見ていた。いつの間にか、奴の攻撃も止まっている。恐らく、ハルトさんを取り込むのに必死なのだろう。


「ふ……なんと自我の強い。異世界には、このような者が多く存在するのだな。おもしろい。この大陸を、いやこの世界を我が物にしたのち、ゆっくりと異世界も飲み込んでやろうか!」


 赤い男の身体が、さらに膨れあがる。


「ハハハハハッ! これで私は最強にして完全無欠の存在となった。マーカスよ。お前は役に立ったぞ。その褒美としてお前の望みを果たしてやろう。まずは、王都を燃やし尽くし灰燼へと――グ、グアァツ!」


 突然、奴が苦しみだした。伸ばした手が空を掻きむしる。苦しんでいるのか? やがて、奴の身体の表面に、泡のような膨らみが、ひとつ、ふたつと現れ。ハチンと音を立てて破裂した。中から飛び出した白い霧のような塊が、空へと昇っていく。その霧の中に、人間の顔のようなものが見えたのは錯覚だろうか?


 泡は際限なく現れては弾け、霧を放出していく。そのたびに、奴の身体が小さくなっていく。


「見て! あれはニッケルの守護霊だった男だわ。みんな、御霊喰いの被害者よ!」

「なんと……あれは彼奴に取り込まれた霊たちか」


 天空に昇っていく霊たちは、まるで草原に咲き誇る白い花のように、一面を埋め尽くした。その光景は、言葉にできないほど美しい。たぶん、ボクは一生この光景を忘れることはないと思う。


 そして、霊たちが大空に消えていった後、壇上には赤い男がぽつんと立っているだけだった。それは、先ほどまでの巨大な姿ではなく、普通の、どこにでもいる大人と変わらない背格好だった。


 ドサリ、と重い音がして、赤い男の中から何かが床に落ちた。


「マーカスッ!」


 ここからでは、生きているのか死んでいるのかは分からない。


「ふ、ふざけるなぁぁぁーーーっ!」


 赤い男――カゾススが天に向かって叫んだ。その手足は、ガリガリに痩せ細り、今にも折れそうだ。そして、その男――カゾススの細い身体を包み込む赤い外套から、手が足が、続いて頭が出てきた。


「よっこいしょ――っと」


 現れたのは、ハルトさんだった。


「ハルト!」

「ハルトさん!」


 皆が階段を駆け上がり、ハルトさんに駆け寄った。


「どうして?」

「何をしたんです?」

「どうやった!」

「無事じゃったか!」


「一辺に話しかけんな、もーうるさいって」


 どこか飄々とした表情で、ハルトさんが笑う。


「俺は祓い屋だからな。ちょっと霊たちを成仏させてやったのさ、奴の中でな」

「やはり、先ほどのは、此奴が取り込んだ霊たちであったか」


 カゾススに目をやると、床に座り込みうなだれている姿が見えた。こんなにも小さな男だったのか。哀れみさえ覚える。


「カゾスス……」


 聖女様の守護霊だというエルさんが、男に声をかけるけどいらえはない。


「ハルト殿、此奴の力は……?」

「もうほとんど残っていないよ。奴の中にいた霊たちを成仏させるときに使わせてもらった」


 老師の問いにハルトさんが答える。そうか、もうこれで悪いことはできないんだね。安心した。


「あーそれでなー、すこーし言いにくいんだが」


 ハルトさんが、鼻の横をぽりぽりと指で掻きながら、何か言いにくそうにしている。


「なんだ、ハルト。お前らしくない。はっきり言え」

「そうだな。うん。まず、最初に背後霊、じゃない守護霊は、もうすぐ見えなくなるので、消えても慌てないように」

「当然じゃな。此奴の力がなくなった以上、儂ら守護霊を実体化させている力も、程なく消えることじゃろう」


 アルさんが、ご先祖様だというルーさんに「また会えますよね」と声をかけ、ルーさんが頷いている。デイルの守護霊さんは、デイルの頭をグリグリと撫でている。デイルも口では「やめてよ」と言っているけど、楽しそうだ。

 ボクも、ハルトさんを見る。


「見えなくなっても、そばにいてくれるんだよね? 今までのように」


 ハルトさんはニッコリと笑って言った。


「すまんな、マイルズ」



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