悠人:霊体顕現
「なんだ、今のは?」
光の衝撃が襲ってきたと思ったら、身体には何の損傷もなく。しかし、感覚はおかしい。霊体であるはずの自分の身体が、なぜか重い。そうだ、マイルズ達は無事なのか? 急いで後ろを振り返ると、マイルズの視線ははっきりと俺の顔に向けられていた。まさか。
「俺が見えるのか? マイルズ?」
マイルズの頭が縦に振られる。
「なんてこった」
マイルズに見えるはずのない、俺が見えるだと? マイルズは、呆然として俺を見ているだけだ。あぁ、なんて説明すればいい?
「ハルト! ルシアちゃんが、私のこと見えるって!」
「ご先祖様!」
「あんた、誰?」
「ふむ」
「なんともはや」
カオスだ。
マーカス、いやカゾススの奴が何かをした結果、俺たち霊が実体化したらしい。
「落ち着け、みんな! どうやら、俺たちが実体化させられたらしい」
「その通り!」
壇上から、マーカスが高らかに宣言する。あの、得意げな顔、なんか気に入らない。
「この世の理を書き換え、あなたたち守護霊を顕現させたのだよ」
理を書き換えた? 魔法のあるこの世界で、理も何もあったもんじゃないが、それにしても生者が霊体を認識できるようになるなんて、ただ事じゃない。それなりに大きな力が必要なはずだ。くそ、考える時間が欲しい。後ろでざわついている、マイルズたちも気になる。
「ルー、それにアリ……じゃない、アルベルト。みんなに説明してやってくれ」
「分かった」
「分かりました」
皆のケアは、二人(?)に任せた。守護霊のことは、迷宮の中でマイルズにも伝わっているはずだから、それほどショックは受けないだろう。俺は、エルとルシアに目配せして、マーカスとカゾススに向き直る。
「俺たちを実体化させて、どうするつもりだ」
「ふふふ。今は気分が良いから教えてあげようか。
今はこの場所だけの現象だけだが、やがて王国中で霊たちが実体化するんだよ。もちろん、実体化するのは君たちのような守護霊だけじゃない。悪霊や恨みを持って死んでいった者、裏切られ復讐を誓った者たちの霊も実体化する」
王国中の霊が、実体化するだと?
「てめぇ、どんなことになるのか分かっているのか!」
「もちろん。それが、私と
マーカスの後ろに立つ、カゾススがにやりと笑った――気がした。奴の姿は先ほどまでの甲冑ではなく、赤いローブのような服に替わっていて、その表情は頭巾の下に隠れている。
「お主らの望みは、この世を混沌に落とすことなのか!」
「おぉ、古の賢者ゴースよ。その程度の浅知恵しか持ち合わせぬとは、嘆かわしい」
「カゾススッ! 平和を愛したあなたが、なぜこのようなことを!」
ゴースをあざ笑っていたカゾススに、エルが反発する。
「エルトラス。平和を愛したカゾススはすでにない。ここにいる私は、復讐者カゾスス。この世に破壊と混乱をもたらす者だ」
「あなたの境遇には同情を禁じ得ない。でも、今、ここに生きる人々への復讐は筋が違う!」
「いいや、違わない。先祖の罪は、子孫が償うべきだ。我や我が同胞と、同じ苦しみを味わうべきなのだ」
おいおいおいおい、なんだコイツ。
「ちょっと待て。過去に何があったか知らないが、エルが生きてた時代って言えば、えらく時間が経っているだろうに、それを先祖の罪だからって今暴れるのは筋が違うだろうが」
「黙れ、異世界人」
「お? 今、何て言った? なんで、俺が違う世界から来たってことを、お前が知ってんだよ」
フフフ、とマーカスとカゾススが同じように笑った。気持ち悪ぃな。
「それは、お前を召喚したのが、我らだからよ」
「なんだとっ!」
カゾススが、大きく手を広げると、奴のローブがバッと大きく広がった。その中には、真の闇が広がっていた。
「すべては、我が目的を果たさんが為。お前は、駒のひとつなのだよ、異世界人!」
「ふざけんな、コラ」
(ハルト、準備できたわ)
エルの小さい声が聞こえた。よし。
「霊縛八方陣、
「神よ、我らに力をお貸しください。浄化の光っ!」
俺の八方陣で、カゾススとマーカスを拘束、そこに聖女ルシアが浄化する――長々と喋っていたのは、これの準備をするためだった。
俺に縛られたふたりが、ルシアの放つ光に包まれる。
「愚かな」
直後、光が粒子になって爆散した。カゾススの姿は変化なく、浄化の術が効かなかったように見える。
「小娘ごときに浄化される私ではない」
カカカ、と大きな口を開いて笑う、カゾスス。
「お前は平気でも、お前の宿主は違うらしいぞ」
「なにっ?」
俺が指摘して、やっとマーカスの変調に気が付いたようだ。アホだな、こいつ。調子に乗るタイプだ。俺もだけど。
一方、マーカスは四つん這いになりながら、苦しそうにむせている。その身体から、薄い霞のような黒い瘴気が立ち上っては消えていく。
「ちっ、使えん」
「おいおい、護るべき相手にそれはないんじゃないか?」
守護霊は、対象を護る存在じゃなかったのか? 俺がマイルズを護るように、エルがルシアを護るように。それとも、カゾススは……。
「予定より早いが、仕方ないか。依代が壊れてしまっては、水の泡だ」
そういってカゾススは、その黒い身体でマーカスを包み込むように覆い被さった!
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