マイルズ:いつも、そばにいた

 ボクたちが扉を転げるように飛び出すと、マーカスの前に跪くバフの後ろ姿が見えた。そして、そこから続く階段の下にはアルベルトさんとグラスゴー老師の姿が。


 急いで起き上がると、デイルが叫んだ。


「マイルズ、あれを!」


 デイルが指さした方向を見ると、そこでは奇妙なことが起きていた。巨大なグェグェカエルのような姿に変わっていたバフの身体が、みるみるうちに色あせ、そして崩れ落ちたんだ。一体、マーカスは彼に何をしたんだ?

 いや、今はそれを考えている場合じゃない。


「アルベルトさんっ! 老師! 今、そっちに行きます!」


 ボクらが走り出すと、アルベルトさんはそれを止めた。


「来るな! ここから早く逃げろっ!」


 来るなと言われても、ここでアルさん達に会えたのは偶然だけれど、もともと聖女様たちを助けたら合流するつもりだったし。


 ボクらは、マーカスから距離を取りながら、アルベルトさんの元に走り寄った。


「なんで逃げないっ!」

「お二人を置いて行ける訳ないでしょう! 逃げるときは、みんな一緒です!」

「マイルズ、君は……しかたない。一緒に戦おう」


 ボクとアルさんが言葉を交わしている間も、マーカスは薄笑いを浮かべてこちらを見下ろしているだけだった。そして、ボクらが彼に向き直ると、ようやく口を開いた。


「さて、準備はいいかな? ……おっと、今更『なぜ?』なんて質問はよしてくれよ? アルベルトとは既に決裂しているからね」

「そうだ。もはや、マーカス殿下は身罷みまかった。あそこにいるのは、殿下の顔をした何か別のモノだ」


 アルさんの言葉に、クックックッと小さく笑うマーカス。確かに、殿下とは違う。我が国の第二王子は、あんな下卑た笑い方はしない。


「ひどいなぁ、アルベルト。でも、半分は当たっている、かな? まぁ、いい。これから君たちには、この世の真実を体験してもらうことにしたよ。私が求めるものを運んできてくれたお礼にね」


 彼は何を言っているのだろう? やはり、精神がおかしくなっているのか。


「さぁ、新しい世界の始まりだ! 集え、虐げられし恩讐よ、痛みと絶望の混沌よ。この偽りの世を飲み込み、ことわりを作り替えよ!」


 マーカスが声高に叫ぶ。何かの詠唱? でも、精霊の名は?


「気をつけろ。奴の魔法は精霊の力じゃない」


 アルさんの言葉に、ボクたちは気を引き締め、マーカスを見た。彼が大きく天に向かって伸ばした腕の先に、巨大な黒い渦が生まれて、どんどんと大きくなっていく。それが、視界のほとんどを埋めつくさんばかりに大きくなった時、いきなり収縮を始めた。そして。


「うわっ!」


 まぶたを閉じても目が痛くなるほどの、強い光が周囲を埋め尽くした。でも、衝撃は感じない。光の奔流が消えた後、ボクはゆっくりと目を開けた。


「なんだ、今のは?」


 その声は、聞き覚えのない、でも、どこか馴染み深い、声だった。そして、振り返ってボクを見るその顔は。


「俺が見えるのか? マイルズ?」


 ボクの目の前に、ボクを庇うように経っていたのは、おかしな服を着た男の人。夢の中に出てきた人だった。



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