悠人:悪意浸食

 意識を集中して、金剛杵ヴァジュラをイメージする。オン・バザラ・ヤキシャ・ウン。金剛夜叉明王の力を借り、雷を放つ! 焼き殺さないよう、加減するのは難しかったが、なんとかなったようだ。迷宮で乗り移って以来、マイルズに意思が通じやすくなった気がする。そのうち挨拶でもできるようになればいいな。


「キミ! ハルト君ッ! あれは雷の魔法じゃあないか!」


 さっきまでどこかに姿を隠していたバルカが、興奮しながら叫んだ。


「なんだよ、何か問題あるのか?」

「問題ないわよ。でも上位の魔法よ。もっと修行しないと使えないわ」


 そうなのか。


「聖女は使えないのか?」

「私は仕えたけれど、ルシアはまだ無理ね。元々、攻撃系魔法は苦手なのよ、この。マイルズ君だってまだ使えないはず。それを簡単に使えるようにしちゃうんだから――さすが、私の男」

「誰がお前の男だ」


 ちゃんと否定しておかないと、調子に乗るタイプだよな、エルは。


「あとは、敵方の兵士を動けないようにして……」


 とっととルーの加勢に行くぞ、と言いかけたところで、奥の方から嫌な気配が黒い瘴気と共に現れた。


「アイツ、闘技会の決勝に出た奴だよなぁ」

「そうだな。バフと言ったか」


 それにしても雰囲気変わりすぎだろ。たしか、奴の守護霊は筋肉ムキムキ野郎だったはずだが、今、バフの背後にいる霊は、人間には見えない。トカゲ? カエル? なんだか両生類っぽい。緑色だしな。まぁ、カエルの化け物ってことにしとこう。その化け物が、バフと同じような戦斧を担いでいる。シュールな絵面だな。


「俺の勘違いか? アイツの守護霊が入れ替わってるぞ。あんなことあり得るのか?」


 俺の問いかけに、サイラスは大きく頭を横に振る。じゃぁ、エルは?


「禁呪だわ……」

「禁呪?」

「今は失われた、古の秘法。より強い守護霊を取り込むことで強くする、あるいは強制的に守護霊を入れ替える……いずれにせよ、破滅しかもたらさない、禁じられた呪法よ」


 破滅しかもたらさないねぇ。なら、放っておけば自滅する?


「いずれは。だが、その前に周囲に大いなる厄災を振りまく」


 だめじゃん。

 バフだけなら、マイルズとデイルでなんとかなるだろう。マイルズは迷宮で経験も積んでいるし、闘技会よりも確実に強くなっている。マイルズたちに注意を向けると、彼らもやる気になっている。闘志が伝わってくるよ。以前のお前なら逃げ出していたかも。偉いぞ。

 問題は、あのバフに取り憑いている化け物だ。雰囲気的に、奴がバフに力を与えている。その力の根源が邪悪なものなら、聖女の力で浄化できるはず。


「エル、聖女は? 浄化できぞうか?」

「今、精神集中に入ったわ。ハルト、サイラス、あの沼のグェグェカエルみたいな化け物、近寄らせないで。私、グェグェは苦手なのよ」

「承知」


 サイラスが放った矢は、見事、化け物の身体にヒット! だが、奴は少し怯んだだけだ。うーん、マイルズたちを有利にするためにも、ここはあの化け物を浄化しないとな。


「そんじゃぁ、祓い屋の実力、見せてやろうか! ナウマク サンマンダ バザラダン カン、爆炎弾っとくらぁ!」


 両生類だから、火が苦手だろうという当て推量だったが、どうやら的中したようだ。俺の放った火球を慌てて避けた。なら、これはどうだ! 俺は大小様々なサイズの火球を雨あられと放った。隣でサイラスも火矢を放つ。


「ウガガッ! これシきノ攻撃なド、どうトいウことはなイ。今度ハ、こちラからイくゾ!」


 なんだよ、喋れるのかよ。カエルのくせに生意気だぞ。


 化け物は、頬を大きく膨らませたかと思うと、黒い何かを吹き付けてきた。直感的にヤバいものだと感じたが、避ければ聖女たちに当たる。実世界に影響があるかどうかは判らないけれど、多分悪い影響はある。こんな時、エルが聖女を護る役だが、今は聖女のサポートに回っていて手が放せないようだ。

 サイラスは、咄嗟に自分の霊気で盾を作った。俺は、風天の真言を唱える。


「オン バザラニラ ソワカァッ!」


 俺の起こした風を突き抜けて、化け物の放った霊気がサイラスの霊気とぶつかる。サイラスは、なんとか耐えた。


「ハルト、もう一度、耐えられる自信はないぞ」


 ちっ! こんなことなら、結界魔法とか教えてもらっておけば良かった。使えるかどうかはわからんが。


「エル、聖女は!」

「もうすぐ! あと少しだけ!」

「なら、もう一度、こっちから仕掛けるっ!」


 再び、無数の火球を化け物目がけて放った。


「ふン、芸のナイ奴ダ。同じ攻撃ナど無意味ダト、判らせテやル」


 化け物が持っていた武器をぶん回すと、俺の投げた火球が弾き飛ばされる。


「どうダ! たカガ人間の分際デ――ぐ、ガッ!」

「霊縛八方陣」


 ふぅ、決まった。火球は目くらまし、本命はお前の動きを止めることさ。俺の霊力で作った鎖で化け物をがんじがらめにしてやった。


「エル!」

「判ってるっ!」


 聖女が詠唱を終え魔法を開放したとたん、強烈な浄化の光が闘士バフとその守護霊に降り注いだ。


「ぎやァぁぁぁーーーッ!」


 雄叫びをあげる化け物。だが、俺の束縛結界は、そうたやすく破れはしない。


「GaaaaaaGugegyaaa!」


 束縛から逃れようとのたうち回る怪物が、光によってどんどん浄化されていく。そのまま消えてなくなれ、バフだけならマイルズたちが倒す!


「マ、まダ……マダ、おワラぬ、アノ方ノためニ……」


 浄化され、消えていくだけだと思われた化け物は、思わぬ行動に出た。


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