マイルズ:罠を打ち破る

 ボクは、手の中で暴れる強い風を想像した。風は弧を描いて、やがて輪を描き、さらに速さを増していく。なぜかは判らないけれど、白く光りはじめて、時々小さな雷のような光も走っている。


「準備はいい?」


 僕は聞いた。デイルは、力強く頷いた。頼もしい。


「いつでもぉいいよぉ」

「それじゃ、いくよ……いち、にの、さん!」


 僕の放った光の円盤とデイルの放った炎の矢が、目の前にそびえる扉にぶつかった。激しい爆風と熱が、僕たちを襲う。もう少し離れた場所から撃てば良かったと気が付いた時には、周りは煙で包まれていて、僕らの顔も煤で汚れてしまった。


「あ、扉! 扉はどうなった?!」


 煙が薄くなっていくと、焼けて真っ黒になった扉が……もう一回やらなきゃ。ボクは立ち上がって詠唱を唱えようとした。


「見なよ、扉が!」


 黒くなった扉の表面に、ビキビキと音を立てながら白いヒビが刻まれていく。そして、一部が欠けると、それをきっかけに音を立てて崩れ始めた。扉だったものは、粉塵を巻き上げながら瓦礫の山になっていく。粉塵が収まると、残骸の向こうに聖女様とルンナ先生の驚いた顔が見えた。


「マイルズ様っ!」


 聖女様の声に、ボクは走り出していた。


「ご無事ですか?」


 聖女様に駆け寄り、ボクは声を掛けた。軽い衝撃がボクの身体を駆け抜ける。すぐに甘い香りが鼻孔をくすぐった。


「せ、聖女さま?」

「助けに来てくださると、信じておりました」


 聖女様は、ボクの胸の中でボクを見上げながら言った。その瞳は潤んでいて、ボクはドキリとした。心臓の音が、聖女様に聞かれてしまったのではないかと、恥ずかしくなった。


「マイルズ! 前っ、前をっ!」


 デイルの声に、ボクは顔を上げて部屋の奥を見る。と、そこには王国の騎士と教会の兵士たちが、黒い甲冑を纏った兵士たちと戦っていた。技能大会の闘技会場より狭い伽藍の中で、敵味方が入り交じり剣を交えている。大きな魔法を使っていないのは、ここが塔の中だから。壁や柱を壊してしまたら、塔全体が崩壊してしまうかも知れない。


 ここは彼らに任せて、早くアルさんたちを助けに行こう。そんな考えが少し頭をよぎったけれど、そうしたら彼らは全滅してしまうかもしれない。何しろ、こちらは相手を殺してはいけないのだ。敵味方問わず、死体になれば死霊兵として蘇ってしまう。だけど敵はそんなことを考えていない。むしろ、身を捨ててがむしゃらに戦っているようにも見える。このままにしておけば、ほどなく兵士たちは全滅してしまうだろう。


 ふと、聖女様の方を見ると、彼女もボクのことを見ていた。その目は、皆を助けて欲しいと言っているように思えた。


「デイル、敵だけを狙い撃てない?」

「無理言うなよ」


 迷宮の中で、魔法を精密に当てることは学んだけれど、見通しの悪いここでは敵味方を区別することさえ難しい。どうすればいい?


(オン……)


 声が聞こえた気がした。これは?


「みんな、少し離れていて」

「マイルズ様、何をなさるおつもりなのですか?」

「ボクにも良く判らない……けど、できる気がするんだ」


 なんとも頼りない言葉しか出てこない。ボクは、頭を振って邪念を祓い、剣劇が響く乱戦に目を戻した。


「やってみるっ! オン・バザラ・ヤキシャ・ウン! 金剛雷波!」


 ボクの手から黄金の光が、いや、いかずちが走った。戦っている人たちに向かって。


「うがっ」

「がっ!」

「ガハッ」


 敵も味方も、まとめて全員がその場に倒れた。


「えっ!」

「ちょっと! マイルズ!」

「大丈夫、気を失っただけだよ……たぶん」

「たぶんって……」

「今のうちに、敵を縛ってしまおう」


 ボクの提案にみんなが頷いて、駆け寄ろうとした時、奥の方で大きな影が動いた。


「やれやれ、オレが出ることになるとはなぁ。マーカス様に返す顔もない」


 巨大な戦斧を担いで現れたのは。


「闘士バフ」


 デイルが呟いたその名前は、闘技会でマーカスと戦った男の名だった。



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