悠人:策謀喝破

「罠だな」

「罠ね」

「罠のようじゃの」


 塔の近くまで来て、気が付いた。瘴気の発生場所は、塔ではなく塔の奥にある別の場所だった。だとすれば、この塔は一体何だ? 瘴気自体は人間には見えないから、塔が敵の居場所と見えてしまう。塔に誘い込んで叩く罠なんじゃないかと。

 まぁ、あくまで予測でしかないが、こうした悪い予感みたいなものは、得てして当たりやすい。


「罠と言えば、この都市バージェ自体も罠のようじゃ」


 ゴースによれば、都市全体を半球状に結界が覆っているという。普通の結界とは違い、入る時には抵抗がなく、外に出るためには大きな霊力が必要となる、そんな一方通行の結界らしい。


 この街に足を踏み入れた時点で、嫌な予感はしていたんだよ。だって、いくら古い都市だからって、ごちゃごちゃし過ぎだ。この世界に都市計画なんてもんがあるかどうかは知らないけれど、普通、南北に走る大通りとか環状線とか作るだろうに。

 この乱雑さの中に、結界を作り出す何かが隠されていたってことかな?


「やれやれ。マーカスの野郎、何を考えているんだ」

「なんとなくですが……」


 ルンナの守護霊、バルガがおずおずと手を挙げた。


「はい、アンソン君」

「え~、大規模な御霊喰いをしようとしているのではないでしょうか」

「「「御霊喰い!」」」


 驚いたような声が重なった。


「ですが、あれは聖女様が浄化されたのでは?」

「いや、バルガの意見は当たっているかもだ。たとえば、御霊喰いが一人じゃなかったら? たとえば、浄化されたのが分体だったとしたら?」

「うぅむ、あれほどの力を持った霊が分体とは考えにくいが……絶対にない、とは言い切れんのぅ」


 これが、御霊喰いのための罠だとしたら。つまり、御霊喰いの黒幕は、マーカスってことになる。一国の王子があんなことするか?


「とりあえず、今は塔の罠をなんとかする方法を考えましょう」

「そうだな。このまま突っ込んで全滅なんて目も当てられない」


 俺たちは少しの間話し合い、簡単な計画を立てた。と言っても、そんな複雑なものじゃない。何しろ作戦の内容をマイルズたちに伝えることはできないし、できるのは杖を通じてある程度の行動を指示することくらいだ。


「えっと、まずは杖を操作して、マイルズ君たちを別行動にさせればいいのね」


 杖に嵌め込まれた宝石から、ひょこっと顔をだしたエルの分体が私に確認を求めてきた。


「そうだ。頃合いを見計らって、こっちに戻ってくるよう誘導する」

「うん、わかったー」


 分体のエルは、本体より物わかりがいいように思えてならない。


「なに? 今、すっごく失礼なこと考えてたでしょー!」

「別に何も考えてないぞ。それより……俺たちが戻ってくるまで死ぬなよ」

「わかってる。だけど早く助けに来てねー」


 こうして、俺たちは聖女とルンナ先生(と教会兵)とは別行動をとることにした。



 塔の奥には、イタリアのコロッセオのような場所があった。いや、イタリアには行ったことないが。

 霊の眼で観ると、ここに瘴気が集まっていることがよくわかる。集まっているというより、ここを中心に、まるで呼吸するように瘴気の濃度が濃くなったり薄なったりしている。生き物みたいだな。



「そろそろ引き返して、塔に突入するか。エル、頼むよ」

「はいは~い」


 俺の肩に乗っていた小さいエルが、ひょぃと杖の中に飛び込んでいく。「戻れ」「聖女が危険」「罠」というメッセージを伝える手はずになっている。

 マイルズは、ちびエルからのメッセージを正しく受け取ったようだ。マイルズが、塔に行こうと言った。だが、ここで想定外のゴタゴタが起きた。


「私は、マーカス……に確かめたいんだ。たぶん、あの闘技場のような施設の中にいるはずなんだ。すまない、マイルズ、みんな。私だけでも行かせてほしい」


 これは困った。まさか、ここにきてアリシアの反乱が起きるとは。直接、意思疎通ができないことが、もどかしい。


「ルー、説得できないか?」

「さっきからやっているが……我が子孫は存外頑固だ」


 どうするか。戦力の分散は、各個撃破される危険性が高まるからなぁ。できれば避けたいところだが。

 これまであまりよくは見ていなかったが、改めてエリシアをじっくり観察してみると、たしかに男と言っても通用するような顔立ちだ。しかし、そう思わせる大きな要因は、その瞳に宿る意志の強さだ。目力つぇぇな。こりゃマイルズに説得させるのは無理そうだ。


 マイルズも諦めたみたいだな。


「大丈夫、儂らが付いていくことにするよ、役に立たんかもしれんがの」

「そうか、頼りにしている、ゴース」


 ここはゴース&老師に任せるか。エリシアも、優秀な剣士だからな。そうそう簡単にやられることはないだろう。


「気を付けろよ、ルー。こっちが片付いたらすぐに戻るから」

「わかった」



 マイルズたちが塔の中に入ってみると、聖女たちの姿は見えず、巨大な扉が閉ざされている。やはり罠だったようだ。悪い予感は当たる。

 おそらく、この扉の先に聖女たちが閉じ込められている。

 マイルズとデイルもそう考えたのだろう、二人でドアノブのような棒を引いたり押したりしているが開かない。諦めたのか、開閉装置のようなものを探し始めたが見つからないようだ。恐らくだけど、この扉にはカギはかかっていない。機械的なものじゃなく、霊的に閉じられているんだ。何しろ俺たちの目の前には、不気味な顔が扉全体を覆っているのだから。こいつが、扉のカギだろう。


「どうする、ハルト?」

「ぶち破るしか、あんめぇよ」


 マイルズたちも、魔法で扉を打ち破ることにしたようだ。以心伝心というか、俺の考えがマイルズに伝わったように思えて、こそばゆい気持ちもあるがうれしくもある。子供の成長を見守る父親ってのは、こんな感じなのかね?

 マイルズたちの攻撃に合わせ、俺たちも扉を覆う顔を消滅させることにした。マイルズたちだけでも扉は破壊できるかも知れないが、念には念を入れるのが大人ってもんだろう? 俺は独鈷杵、サイラスは弓矢を霊力で作り出し、集中、集中。そして──放つ!


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