ルシア:予感と後悔と
ヴァンダイン様、いえマイルズ様は、杖の導きに従って私たちとは別の場所へ向かわれる。私にはそれを止める権利はないし、そもそもバーナムの杖は、私からマイルズ様のお役に立てるよう差し上げたものだ。マイルズ様たちが迷宮に落とされた時、バーナムの杖が役立ったとマイルズ様はおっしゃった。はるかな昔、聖者を導いたという杖の伝説は、嘘ではなかったらしい。
その杖が、塔ではない別の場所へ行くことを望んでいるのならば、そちらに向かうことが正しいことなのだろう。残念ながら、私はマイルズ様たちと一緒には行けない。王から託された私のやるべきことは、討伐軍を補佐し悪霊を祓うことなのだから。
本心では、マイルズ様たちに同行したいと感じているのに、私には許されない。一緒に行きたいけれど、討伐軍を放っておくわけにもいかない。
教会の兵士を指揮しているウィンダル兵長が、私を凝視している。その瞳を見なくても、言いたいことは分かる。“聖女としての役割を果たせ”と。
あぁ、この身がふたつあればいいのに。
「お気を付けて」
私の言葉に彼らは頷いて、そして、行って仕舞われた。神よ、彼らを護り給え。
「ルシア様、もうすぐ搭に着きますぞ」
ウィンダル兵長が指を指す方向に、黒く禍々しい搭がその姿を見せている。本当にあそこにマーカス殿下がおられるのでしょうか。何か、とても嫌な予感がします。私たちを阻むようでいて、何か狙われているような。
「みなさん、十分に注意をしてください。それぞれに、神のご加護がありますように」
私は聖印を組んで、兵士のみなさんを祝福した。今、私にできるのはこれくらいしかない。
塔の入口は、前を進んでいた討伐軍の人たちが開け放っていてくれた。でも、見張りの人がいないのはなぜだろう? こうした戦いのことはよく知らないので、いなくてもいいのかもしれないけれど……。ウィンダル兵長に聞こうと思い、彼を振り返ったのだけれど。
「よし! 前進せよ!」
兵長の号令で、私を護る兵士たちが動き出す。
塔の中は、思ったよりも明るい。壁のくぼみに火が灯っている。ずいぶん古い意匠だわ。最近は、外光を取り入れる建築様式が主流になっているけれど、ここは窓一つなく石積みの壁が延々と続いていた。入口から続く一本道はまっすぐではなく、緩やかに弧を描き、更に上り坂になっていた。塔の中心に対して、螺旋のようになっているのかしら。
私たちが進んでいくと、何人かの兵士が倒れているのを見つけた。仕掛けられていた罠で負傷したらしい。ルンナ先生が付いてきてくれて、よかった。
負傷者の治療と輸送で、街に突入した時には百名ほどいた教会兵のみなさんは、いつのまにか二十名ほどになっていた。負傷者を後方へ送り届けた兵士は、ただちに戻ってくることになっていたのだけれど、これまでにひとりも戻っていない。なんだか嫌な予感がする。
もう、塔を一周くらいしたかな? だんだんと感覚が麻痺してきたようにも思える。私は何をしにここへ来たのかしら。あぁ、そうだ。討伐軍の支援だ。また、あの死霊兵が現れたら、浄化してあげなくては。
そして、私たちはついに廊下の端、私の背丈よりもずっと大きな扉の前に出た。
「おいっ! 扉を開けろ」
兵長の指示で、数人の兵士が扉に取り付いた。数人がかりで引っ張ると、扉は重い音を立てながら、ゆっくりと開き始めた。
「よし、突入!」
兵長が号令を掛けると、兵士が扉の向こうになだれ込んだ。私も置いて行かれないように走った。どうして走っているのだろう?
その部屋──と呼ぶには大きすぎる大広間には、二人の男の人がいた。いえ、立っている人がふたり。将軍ともうひとり。ふたりは激しく剣を打ち合わせていた。ふたりの周りには、何十人もの兵士が、折り重なるように倒れていた。
「将軍をお助けしろ! 突撃!」
うぉぉっと雄たけびをあげながら、教会兵たちが戦いに身を投じていく。私とルンナ先生は、取り残されてしまった。そして、背後の扉が閉じられる、重い音を聞いて我に返った。
いけない、これは罠だわ! すぐに部屋をでないと。でも、遅かった。
大広間のあちこちから、兵士が飛び出してきた! 死なない死霊兵ではなく、生きた人間の兵士だ。数の上ではまだ教会兵の方が多い。でも、教会兵はいきなり現れた敵に驚き、反応が遅れてしまった。
私の目の前で、味方の兵士が次々と倒れていく。私は、どうすればいいの? マイルズ様!
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