マイルズ:魔都への突入

 敵兵が死なないのであれば、捕縛してしまえばいい。

 数が減った今なら対処は容易。たとえ、都市内部にまだいるとしても、入り組んだ場所ならば、せいぜい数人を相手にすればいいだけだから、後れを取ることはないだろう。あとは、待ち伏せさえ注意しておけばいい。それがボワァール将軍の作戦だった。


 要するに、将軍は聖女様の力を露払いに使ったんだ。それを心良く思わない教会兵も少なくないし、ボクもそう思う。だけど、アルさんは「それが戦争と言うモノだよ」と言う。そうなのだろう。ボクも、ボクの父も戦争を体験していない。せいぜい隣の領地とのもめ事くらいのものだ。こんな本格的な戦争は、初めての体験なんだ。


 しかも魔獣討伐とは違う、相手は人間。こちらが躊躇すれば、相手がボクたちを殺す。それは分かる、分かるけど、こんな現実目にしたくなかった。


「そろそろ、私たちも参りましょうか」


 聖女様が起ち上がって、教会の兵士に声を掛けた。もちろん、ボクらも行く。こちらに向けられた聖女様の視線に、ボクはゆっくりと頷いた。そうだ、迷っている場合じゃない。マーカス……に会わなくてはいけない。理不尽に殺され掛けた理由を聞かないと、ボクは一生後悔する。


「聖女様、増援が参りました」


 兵士の一人が告げたように、数台の馬車と数頭の馬がこちらへと走ってくるのが見えた。


「マイルズ!」


 その声に振り返ると、馬車から懐かしい顔が飛び降りるところだった。


「デイル!」

「いやぁ、君が死んだと聞いた時は、どうしていいかわかんなくなってたんだよぉ。でも、生きていたと聞いてびっくり、でもうれしくてさぁ、思わず会いに来ちゃったよぉ」

「心配掛けたね。大丈夫、ボクはこの通りピンピンしているよ」

「そぉだねぇ~、元気そうで良かったぁ」


 久しぶりに会う友の顔を見て、ボクは膝から頽れる位の安堵感を感じていた。


「デイル、デイル・キーソンズ。儂を置いていくでない。お主には、もう少し年上を敬う気持ちが必要なようじゃの」

「そうですよ、年上には経緯を持って接するべきです」


 デイルの後から、こちらへゆっくりと近づいて来た人影は、なんとグラスゴー老師とルンナ先生だった。


「グラスゴー老師! それにルンナ先生! お二人とも、おいでになるなんて」

「ヴァンダイン君。君もヴァンオーグ君も、儂の教え子じゃ。教え子の危機を知りながら何もせんかったら、教師失格じゃよ。それに……あの方も儂の教え子のひとり。できるものなら、説得し正しい道へ導くのが、儂の役目と思ってな」

「右に同じ。だけどぼくの場合は、王都へ向かう途中だったんだけどね」


 久しぶりに友と、そして先生たちの顔を見ることができて、ホッとした。


「老師……。それでは、老師もあの都市へ行かれるのですか?」

「もちろんじゃ」

「ぼくも行くよ。戦場となれば怪我人もいるだろうし、医師としては放っておけないからね」

「もちろん、おいらも行くよぉ」


 先生方お二人はともかく、デイルには危険過ぎないだろうか?


「デイル、都市の中は危険だよ?」

「なぁに、遠距離からならおいらは無敵だよぉ。老師もそう思うでしょぉ?」

「ふむ。確かにキーソンズ君の遠距離攻撃は優れておる。が、その慢心が問題じゃ。もっと謙虚になれ」


 ボクらが旧交を温めている間に、教会兵は木でできた塔を数台、組み上げていた。たしか、結界を作る装置だったっけ。あれで結界を張りながら進むらしい。さすがに都市全体を包み込むような数はないらしい。


「結界があるとはいえ、都市の中では何が起きるか分かりません。十分に気をつけて参りましょう」


 ボクたちと聖女様、それに教会の兵士たちは、討伐軍の後を追うようにして、古都市バージェに足を踏み入れた。



 バージェの町並みは、王都とは違って雑然としていた。建物が乱雑に建てられていて、とても見通しが悪い。ボクらが進む道のあちこちに、小さな土の塊がいくつも置かれていた。元々あったものではなく、先行した討伐隊が動かなくなった“動く死体”を、土魔法で作った即席の牢に閉じ込めているのだ。中の様子を、想像したくなくても想像してしまう。


「這い出してきたり、しないよなぁ」


 デイルが気味の悪いことを口走る。


「キーソンズ君、やめたまえ。そういう台詞を“フラグを立てる”というのだそうだ。フラグが立つと、不運な状況が実現してしまうのだとか。私は、フラグを立ててはいけないと教わった」

「“ふらぐ”ですかぁ? 気をつけまぁす、ヴァンオーグ先輩」


 アルさん、そんな話を誰に聞いたのだろう? ボクもフラグに気をつけよう。


 都市の中では、あちこちで兵士の姿を見かける。時々、二、三人組の兵士が聖女様の傍まで来て、何かを告げて去って行った。将軍からの伝令なのだそうだ。彼らはそのまま、前線基地まで戻って情報を伝えるらしい。


「将軍は、塔を目指して進軍されているようです。私たちも急ぎましょう」


 だけど、ボクたちの進軍速度は、なかなか上がらなかった。結界を張る櫓の移動が大変なことに加え、誰もいないと思った家から突然敵兵が襲ってきたり、丸太や岩が落ちてきたり、周囲を常に警戒しながら歩かなければならなかったからだ。

 敵兵との戦いよりも時間が掛かったのが、負傷した兵士の治療と後方への輸送だった。これはルンナ先生が活躍した。兵士の傷の度合いを見極め、的確に指示をしていた。


 そんな感じで進みながら、それでも目的地である塔まであと少しの距離になった時、突然、杖が震えた。そして、搭ではない方向を指し示した。


 なんで急に? 塔には行かず、そっちに向かえということ? 迷宮では、杖に助けられた。アルさんによれば、杖は僕たちを守る守護霊の意思を伝えているという。ならば、それに従うべきじゃないか?

 治療で忙しいルンナ先生以外の三人に、意見を聞いてみた。


「杖が言っているのなら、それに従うべき。私もマイルズ君についていこう」

「迷宮ではそれで助かったんだろぉ? なら、思うよ~ぅにしなよぉ」

「杖が導く、か。おもしろいのぅ」


 みんなが賛同してくれたので、ボクたちは杖の導きに従うことにした。それはいいのだけれど、やはり聖女様には別行動になることを伝えておかないと。


「……そうですか。みなさんがそうお決めになられたのなら、それを止めることはいたしません」


 聖女様は、なぜか悲しそうな表情を見せた。聖女様は、教会兵の何人かを護衛にと申し出てくれたけれど、彼らの任務は聖女様を守ることだから、と断った。


「お気をつけて」


 聖女様の言葉に勇気づけられ、ボクたちは杖が指し示す方向に向かって歩き始めた。


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