悠人:悪霊浄化

 目測で千メートルほど先に、古びた都市があった。中心には大きな塔が立っていて、その周囲に家が並んでいる。その街を囲むように、かつては堅牢だったであろうと思わせる城壁があったが、長い年月のためかあちこちで崩れ落ち、瓦礫となっていた。まるで廃墟だ。

 そんな都市の中で、異彩を放っているのが高い塔の存在だ。如何にもラスボスの居場所って感じ。ぼやけたように見えるのは、瘴気のせいだろうか。


 俺たちが立っている丘の上には、聖女を中心に教会兵が並んで居た。教会兵の中には、何人か守護霊持ちもいるようだが、なぜかこちらを見ようとしない。たぶんエルが怖いんだろうなぁ。

 一方、討伐軍と呼ばれている王国の兵士約五千は、俺たちより前方で敵兵と対峙していた。死霊兵などと呼ばれ始めた、動く死体たちが雑然と立っている。王国の兵士にしてみれば、その中にかつての仲間がいてもおかしくない。


 数百、いや数千人はいるかも知れない死霊兵は、着ている物もバラバラなら装備もバラバラ。なにより不気味なのは、そんなに大勢がいるにもかかわらず、ささやき声ひとつ聞こえないことだ。


「不気味な風景だなぁ」


 思わず声が出た。まるで、大量のゾンビが襲ってくる映画をサイレントで観ているみたいだ。少し違うのは、じっと眼を凝らすと、死体に取り憑いている蠢く霊たちの姿が見えることだ。あの黒い瘴気に取り憑かれた霊たちは、たぶん、普通の人間には見えないのだろう。おぞましさで吐きそうだ。うぅ、霊が見えちゃうってのも善し悪しだなぁ。



「そうだな。不気味な光景だ」


 俺の隣でルーが呟く。


「なにいってんの。うちのルシアちゃんなら、あんなの一発でどーんよ」


 ルーとは反対側に立つエルが、自信満々に請け合う。いや、やるのは聖女でお前じゃないだろ。いや、お前の力なのか? よく知らんが。


「私の力を、ルシアちゃんが制御する、って感じかしら? でも、ハルトの力も貸して欲しいなぁ」


 そういってエルは、俺の首に腕を回してきた。


「ちょ、おい。力を貸すのはいいが、これは何だ」

「こうして密着しないと、ハルトから私に力を流してもらえないのよぉ」


 ぐいぐいと、凶悪なブツを押しつけてくるエルを、ルーが引き剥がしてくれる。


「嘘を言うな、魔女め。密着しなくても霊力を渡すことはできる。離れろ」

「あら知らないの? 密着している方が、ハルトの負担が少なくてすむのよ」

「また適当なことを」

「適当じゃないわよ、いいから、邪魔しないで」

「えぇい! ならば、私の力も使え。私に密着すればいい。私が、その、ハルトとみ、み、密着するから」


 ルーが、エルを押しのけて俺にくっついてきた。それを見てエルが怒り出す。


「ふざけんな!」

「ふざけているのは、どっちだ!」


 やれやれ、いい加減止めないと、ホントに喧嘩が始まりそうだ。


「やめーい!」


 二人ともふざけている場合じゃないだろ。


「エル、俺の力を使いたいなら分けてやる。ただし、密着はなしだ。俺のやり方でお前に力を流す。それが聖女の助けになるんだろう?」

「うん」


 エルは不満げだが、それで勘弁しろ。


「ルーは、万が一に備えて周囲を警戒。分体を飛ばせるなら上空から全体の様子を見て、俺に教えてくれ」

「わかった」


 よし、あとは俺たちの子供たちが、動き出すのを待つだけだ。



 王都での一件で聖女の力を知ったと思ったが、あれはホンの一部だったんだな。今、目の前で繰り広げられている広域浄化魔法を見ていると、底知れぬ怖さを感じる。


 聖女が神に祈りを捧げると、前方に延ばした手の平から虹色に輝く光のシャワーが放たれる。瘴気に侵された人々から、魂が引き剥がされていく。無理矢理違う器に入れられていた魂が、自由になり成仏していく。これが聖女の浄化魔法か。

 そして、霊が引き剥がされた死体は、古いモノは崩れ落ちるようにちりとなり、比較的新しいものはその場に倒れ込んだ。


「すごいな」


 たとえ違う器に憑依した霊であっても、除霊・浄化はたやすいものではない。特に俺のような修行をサボり気味だった中途半端な祓い屋にとって、除霊は日常茶飯事ではあるものの、とても大変な労力を使う仕事だった。それを、こんなにたやすく、しかも広範囲に。素直に尊敬するよ。


「ルシアちゃんの力は絶大だけれど、今はハルトが手伝ってくれているから、こんなにも効果を上げているのよ。私もこんなのはじめて」


 エルはそういうが。俺は、自分の中で練った気をエルの背中に流し込んでいるだけだ。まだまだ余裕がある。


「あぁ~ハルトがあたしの中に流れ込んでくるぅ~気持ちぃぃのぉぉ~」

「変な声出すな。止めるぞ」

「あ~ん、いじわるっ」


 やっぱりこいつは魔女だ。ゴースがあれだけ警戒していた理由が分かる。俺も気をつけよう。


 二十分ほど、断続的に聖女の浄化魔法が放たれ、目の前にいたゾンビ軍団の大半が塵となって消えるか、無残な死体に戻って倒れていた。どうか魂たちよ、仏の御手に帰らんことを。南無阿弥陀仏。


「討伐軍の進軍が始まります」


 上空で監視していたルーが、俺の隣に着地した。上空に残した分体に討伐軍の動きを監視させるという。何かあれば、すぐに分かるだろう。

 一方、教会の兵士たちは動いていない。思ったより聖女の消耗が激しかったらしい。そういえば、エルも軽口を叩いていないな、と思ったら。


「ハルト……すごかった……」


 息も絶え絶えになりながら、そういう台詞を口走るな、エル。


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