マイルズ:一難去ってまた……
無事に迷宮を脱出したボクらは、王都へ向かうことになった。マーカス殿下の真意を確かめるのだ。
アルさんには、殿下は大勢の前で手を出してこないだろうと言ったけど、そんな保証はどこにもない。自分を殺そうとした人間に会いに行くなんて、きっと正気の沙汰じゃない。
アルさんのご先祖様は、アルさんを通じてボクの実家であるヴァンダイン領へ向かうように言ったらしい。たぶん、それが今一番安全なのだろう。でも、それじゃずっとボクらは日陰の身で生きなければならない。別に、爵位を継げなくなることは構わない。けれど父を落胆させたくないんだ、ボクは。
アルさんも、殿下の真意を確かめたいと言った。何か理由があるはずなんだ。
「まずいな」
アルさんが、前方を指さした。木々の陰から、魔獣の姿がちらちらと見える。
「地上に出てから、ご先祖様と話ができない。だから、魔獣を避けて進むには、警戒しながら慎重に行かないと」
ボクは頷いて、杖を握りしめる。そういえば、杖の脈動もなくなっている気がする。急に裸にされたような、そんな不安が襲ってきた。大丈夫、ボクらならやれる。
※
なんとか森を抜けることができた。最近は、魔獣が減っていたはずなのに、以前よりも多くの魔獣に遭遇した気がする。その度に、魔獣相手の戦いは、アルさんが前衛、ボクが後衛で、それぞれをカバーしながらとてもよく連携できたと思う。
森を抜ける途中で杖に脈動が戻り、前よりはっきりとはしないけれど、なんとなく魔獣がいない方向を教えてくれるようになってから、ずいぶんと楽になった。それでも、森を出る頃は、二人とも疲労困憊、ボロボロの状態だった。
街道に出た頃には、陽が傾き掛けていた。日没前に王都へ着けるだろうか? 馬車が通りかかったら同乗させてもらおうと考えていたのだけれど、不思議なことに馬車一台どころか、馬一頭すら出会わなかった。
ボクらは会話もなく、ただひたすら歩いた。
そして、王都の城壁が遠くに見えた時だった。
「誰だ!」
突然、上から声が掛けられた。馬に乗った数名の騎士が、馬上からボクたちに声をかけたのだ。いつ、近づいてきたのだろう? まったく気が付かなかった。あぁ、杖がブンブンと唸りを上げて細かく振動している。何かを伝えようとしているのだと思うけれど、疲れすぎていて集中できない。
「私は、ヴァンオーグが
「ヴァンオーグとヴァンダインだとっ!」
先頭の騎士が、アルさんの言葉を遮った。なぜ、驚いているのだろう?
「おいっ! 隊長に、いや将軍にお知らせしろ!」
「はっ!」
騎士の一人が、頭上に向けて火球を打ち上げた。赤く染まり始めた空に、二つの光が煌めいた。そういえば、軍には火球を操作して、さまざまな信号を送る人たちがいると読んだことがある。こうやって使うんだ。
※
「すまないが、水をもらえないだろうか?」
「だめだ! そこを動くな!」
アルさんの要望に、騎士はなぜか高圧的な態度を示した。ボクらはこれでも貴族の子息だ。それなりの扱いをするべきじゃないのか? それとも、このボロボロの外見で名を騙っていると思われたかな?
そうやって、ボクらは動くことも座ることも許されず、その場で待たされた。しばらくすると、王都の方から土煙が上がっているのが見えた。騎馬が、全速力で街道をこちらに向かって走ってきたのだ。
「総員、礼ッ!」
騎馬の一団が到着すると、そこにいた全員が馬を下りて敬礼した。ひとりを除いて。
「ボワァール将軍ッ……」
アルさんが、なぜか緊張した面持ちで呟いた。
「ボワァール将軍? たしか王都警備大隊の……」
そう、王都を護る最後の盾と呼ばれている人だ。精悍な顔つき、浅黒い肌に黒い髪。元々は南方の戦士で、王国の人ではないと聞いたことがある。
ボワァール将軍は、ボクらの前に馬を寄せると、鋭い眼光でボクらを見た。まるで罪人を検分するような、刺さるような視線だ。たぶん、以前の――魔法が使えるようになる前のボクだったら、逃げ出すかその場で泣き出していただろう。
「確かにアルベルト・ヴァンオーグ、オーグの
あ、そうか。ボクらは死んだことにされているのか。つまり、マーカス殿下の計略通り、ボクらは殺し合って死んだという話が伝わっているんだな。はやく誤解を解かないと。
「違うんです、ボクらは死んでいません」
「あぁ、そうだな。死んでいるようには見えないな。だとすると、いろいろやっかいなんだよ。小僧ども。なぜ、王都に戻ってきた?」
「なぜって、それは……」
ボクもアルさんも口ごもってしまった。ここは素直にマーカス殿下への面会を求めるべきか? それとも、全てを黙って王都までいくべきか? うまく頭が回らない。森を抜けたときに、相談して決めておくべきだった。こうやって街道に出れば、他人に会うことは当たり前なのに。
「理由は言えないか、やはりな。よし、こいつらを捕縛しろ!」
「えっ!?」
兵士がボクたちを取り囲む。数人がボクらに剣を向けている。
「私たちは何もしていない、なぜこのようなことを! 将軍、お答えいただきたい」
だが、馬上のボワァール将軍は何も答えてくれなかった。口を開いたのは、ボクらを最初に見つけた部隊の隊長らしき人だった。
「ハッ! 白々しい。罪状は王国への反逆罪だ。さっさと大人しく捕まれ」
「は、反逆罪だって!」
「武器を捨てて、
兵士たちの剣が迫る。ボクと違ってアルさんは、まだ毅然とした態度を崩していない。すごい、と思う。
「ボワァール将軍! 私のことが気に食わないのは知っている。それはこちらも同じだからね。だが、彼は、ヴァンダイン伯のご子息は関係ない。彼は自由にしてやってくれないか?」
馬上から将軍が、アルさんを睨み付けた。そして、静かに口を開いた。
「あぁ、なぜだかお前のことが大っ嫌いだ。それは認めよう。だがな、私は仕事に私情を挟むような男ではない。何を勘違いしているのか知らないが、容疑はお前たち二人に掛かっているのだ。」
「私たち、二人にだと?」
どうしたらいい? 杖よ、教えてくれ。ボクらはここで大人しく捕まるべきなのか? それとも……。アルさんを見ると、悔しそうな顔をして剣の
戦い。
領地では、父と一緒に狩りをしたし、魔獣とはもう十分過ぎるほど戦った。以前から、他国と戦争になれば領地を、国を護るために前線で戦わなければならないと、父から言われていたし、そのつもりだ。
でも、実際に人間を相手にして戦うとなると、やはりどこかで躊躇してしまう。ましてや相手は同じ国の兵士だ。これは闘技会のような、安全な戦いではない。相手は命がけで挑んでくるし、こちらも手加減する余裕なんてない。ボクに、人を殺すことができるのだろうか。アルさんは、どうなんだろう? 人を殺したことがあるのだろうか?
いや、そんなことを言っている時ではない。アルさんは、命をかけ名誉を守ろうとしている。なら、ボクも――そう覚悟を決めた時。
「お待ちを! お待ちください!」
凜とした声が、街道に響いた。
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