ちびエル:迷宮の秘密

 昔、むかし。あたし(の本体)が、魔女と呼ばれるようになるよりも、もっとも~っと昔。この大陸は、霊的な瘴気に包まれていたの。その瘴気に気付いた人間は少なかったけれど、多くの人が影響を受けちゃった。うん、悪い方向に。争いが絶えず、人と人がだまし合い、殺し合った。大きな戦争もあったし、国が一夜にして滅んだこともあったわ。


 瘴気の存在に気付いた、あたしと仲間の魔法使いたち、それに大勢の勇気ある人たちは、目に見えぬ瘴気の大元が、ある怪物であることを知り、なんとかその怪物の封印に成功したの。大変だったわ。でも、その後は、もっと大変だった。

 だって、怪物を封印しただけじゃ瘴気は消えなかったし、封印したはずの場所からは、少しずつだけれど瘴気が漏れ出していたのよ。私たちには、それを止めることができなかった。あたしも若かったしね。いやねぇ、乙女の年齢なんか、聞くもんじゃないわよぉ。


 で、私たちは、その瘴気を浄化する方法を考えたわけ。大勢の人たちが、何年も掛けて考えついたのが、瘴気を回収し浄化する巨大なしかけ。そのしかけが、今では迷宮と呼ばれているものなのよ。

 迷宮――当時は、浄化炉と呼んでいたのだけれど――は、巨大だった。巨大さゆえ、地上に作ることはできずに土を掘って地下に作ることにしたの。魔法を使っても、それは大工事だったわ。ひとつの浄化炉を作るのに、四季が三回巡るほどだった。それでも、人間はやり遂げた。大陸中に、いくつもの浄化炉を作ることができた。


 浄化炉のしくみ? 浄化炉はね、大きなすり鉢の形をしているの。すり鉢の縁に大きな穴が空いていてね、そこから風魔法を使って瘴気を吸い込むのよ。吸気口から取り込まれた瘴気は、いくつかの通路に分かれて下へ下へと渦を巻きながら下っていくの。その途中途中に、瘴気を浄化する装置を配置して、少しずつ浄化しながら最下層に溜まるようになっているの。そこでゆっくりと浄化して、その後真上に排気するの。人が落ちたら困るから、吸気口や排気穴は見つからないようになっているわ。すごいでしょ。


 え? なによ、サイクロン掃除機って?


 うん? えぇ、そうよ、浄化装置が“聖域”なのよ。


 まぁ、あたしたちにも想定外だったのは、瘴気の影響を受けたのが人間だけじゃなかったってことかな。後になって気が付いたが、動物の中にも瘴気によって少しずつ凶暴化していったものがいたの。それが、魔獣。最初の頃は、あまり被害も目立たなかった。単に凶暴な獣って思われてたわ。

 少しずつ数を増やしていった魔獣たちは、浄化炉に集まるようになっていったのね。だって、魔獣たちは瘴気を好んだんだもの。瘴気が集まる浄化炉は、彼らにとってとても住み心地の良い場所だったでしょうね。そして、浄化炉の、まだ浄化されていない瘴気によって、魔獣もどんどん凶暴に、種類も増えていったようなの。


 私たちが気づいた時には、浄化炉の内部は彼らによって改造され、あるいは拡張されていたの。その頃には、浄化炉内部の魔獣を全滅させることもできず、私たちは見ていることしかできなくなっていたわ。これが、迷宮のなりたちよ。


 大陸のあちこちに作った浄化炉のお陰で、地上を覆っていた瘴気はだいぶ薄くなったわ。人に影響を与えない程度にはね。その代わりに魔獣がわんさかいる迷宮が、あちこちにできたってわけ。なによ、その魔獣ホイホイって?


 まったく、あんた、まだ前の世界に未練があるの?

 ん? なによ、こっちのお嬢さんは知らないの? へぇぇ。なるほどねぇ。


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