悠人:聖域探索

『アルベルトさん、近くに水はないでしょうか?』

『そうだな……すこし待ってくれないか』

(ご先祖様、教えていただけますか?)


 アリシアが小さな声で呟く。


「しばらく進んだ先、岩の割れ目から水がでているわ。近くに苔が生えているからすぐわかるはず」

(ありがとうございます)

『うん、あちらにあるみたいだ』


 そういって、二人は再び歩き出した。

 そうか、水か。霊体になっていると、水は必要ないから気が付かなかった。


「そうね。私も修行時代にこうした迷宮に潜ったことがあるけれど、やはり水の確保には苦労したわ。それと、食料ね」


 食料か。二人とも魔物討伐のため、多少の食料は身につけているが、干した肉や芋ではそう持つとも思えないな。ゲームのダンジョンなら、宝箱やモンスターから食料が出てくるんだけど。ここは、ダンジョンというよりラビリンスだな。


 お、水を見つけたみたいだ。これで一安心だな。


『それ、飲んじゃダメ~ッ!』


 突然、マイルズが杖を振った。いや、杖が勝手に動いて、アリシアの手を打った。なにごと!


「ふぃ~っ、あぶない、あぶない」

「……なんで、お前がここにいる?」


 なんと、エルが杖から飛び出してきた。しかも、ちょっと幼くなっている。ちびキャラかよっ。


「あの水、毒なのよ。即死はしないけど、少しずつ身体を蝕んで……って、なによ、その目」

「マイルズたちを助けてくれたことには、感謝する。で、なんでお前がここいるか、きちんと説明してもらおうか」

「わーった、わーったわよ」


 杖から飛び出してきたエルは、エルの分体だという。面倒だから、ちびエルと呼ぶことにする。ちびエルは、マイルズが教会で杖をもらった時から、杖の中、正確に言えば杖に嵌め込まれた石の中に隠れていたのだという。


「なんで、そんなことを」

「御霊喰らいの悪霊がさ、魔力の大きな人間を狙っている節があったのよ。だから念のため、あたしが監視役としてついてたわけ」

「要するに、スパイじゃねぇか」

「スパイって何よ。大体言葉の響きから想像できるけど、そんなんじゃないから」


 俺とちびエルの不毛な会話をぶった切ってくれたのは、ルーだった。


「歓談中申し訳ないが、ハルト、そちらの方はどなたであろうか?」

「あぁ、こいつはエル――の分体らしい。エルってのは、神聖教会の聖女ルシアの守護霊だ」

「なんと、そのような高貴なお方が」

「いや、こいつ自身は魔女だから」


 魔女というキーワードに、剣を抜きそうになったルーを止めるのが、また一苦労だった。


「とりあえず、このままじゃ不味いから、避難場所まで案内するわ」


 避難場所? ちびエルの言葉に、俺もルーも頭を捻る。この迷宮の中に、そんな場所があるのか?


「今、坊やに伝えたから、大丈夫」


 そういって、ちびエルは石に飛び込んで消えた。と思ったら、手だけだして、手招きしやがった。ここに入るのは無理だろ。いくら霊でも。


「何してんのよぅ。さっさと分体作って、こっち入んなさいよ」

「んなこと言われても、分体の作り方なんざ知らねぇよ」

「も~めんどくさいわねぇ」


 再び石から飛出したちびエルは、俺たちの前で講釈を垂れ流し始めた。


「霊も、こうして交流できる位に能力があれば、分体を作ることも簡単よ。いい? 自分の身体の一部を千切って、もう一人の自分を意識すんのよ」


 千切る。うぅ、少し抵抗あるが、やってみよう。俺は小指を掴み(霊でも自分の身体は触れるのだ)、思い切り引き抜いた。すると、すぐに小指が復活。あら便利。一方、抜いた方の小指は、モヤモヤとしたものになっている。これが自分になるのか? 言われたように、強く念じてみる。


 ちびハルトが、手の上に立っている。おぉ、驚きを隠せない。


「俺か」

「俺だな」

「違和感は?」

「あるな。全部でかい。くそ、自分がこんな巨人になってしまうなんて」

「逆だ。うん、俺だな」

「変な感じだ」


 分体は、いわばサブセット版俺であって、記憶は共有しているが、別の人格になるという。再び“融合”すれば、記憶もシェアできると。なるほど。


「便利だからって、分体を複数作るのはお勧めしないわ。融合時に自我が崩壊する危険性が高くなるし、自分自身が本体だと主張する分体が現れたりするから」


 それは、あんまり考えたくないな。まぁ、とりあえず、ちびハルト、行ってこい。


「おう、土産話を期待していてくれ」


 そういって胸を張るもう一人の俺の横に、小さなルーが降り立った。ちびルーだな。三人は仲良く、杖の中に入っていった。



 俺は、ちびハルト。とりあえず便宜上の呼び名だ。


 石の中は、思ったよりも広かった。というか、屋敷と庭があり、空には太陽まで輝いている。なんでもありだな、魔法世界。


「これだけ広ければ、さぞや快適に暮らしていたんだろうな」

「そうねぇ、暇なことを除けば、悪くないわ」


 ちびエルは、屋敷の中に俺たちを案内した。応接間には、茶まで用意してあった。


「あんたたちの部屋もあるから、いつでも遊びに来て」

「そんな機会あるとは思えないが、まぁ、お招きはありがたく受けよう」

「そんなに警戒しなくてもぉ。エルちゃん、悲しい」


 ちびになっても、エルとの会話は疲れる。さすが魔女。


「今、外では杖の案内で、坊やたちが聖域に向かっているところよ」

「その聖域ってのは、一体何だ?」


 ソファに座った俺は、ちびエルに聞いた。ルーも立っていないで、座ればいいのに。


「んー、聖域を説明するには、迷宮のなりたちについても説明しないとね」


 そういってちびエルは、古い古い昔の話を始めた。



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