マイルズ:杖の導き

 ボクが目覚めた時、そこは洞窟だった。


「ここは――ア、イタタッ!」


 額に痛みが走る。額だけじゃない、身体のあちこちが痛い。


「戻ったか、少年」

「ア、アルベルトさん、ここは……」

「うむ、迷宮の中だ」


 迷宮? ここが? なんで、ボクがこんなところに……そうだ、マーカス様が……アルベルトさんが助けに来てくれて……突然床がなくなって……思い出した。


「まさか、洞窟の下に迷宮があったんですか?! でもなんで、ボクたち生きているんです?」


 最後に覚えているのは、岩が崩れ襲ってくる様子。あんな状態で生きているなんて、奇跡のようだ。


「まぁ、落ち着け。なんとか助かったのは、えーっと神のご加護、ちがうな、そう、守護霊! 守護霊のお陰だ」

「守護霊、ですか」


 いろいろ疑問は残るが、「それよりも今は脱出することを考えよう」というアルベルトさんの言葉に従う。


「さぁ、そろそろ行くぞ。これを持て」


 アルベルトさんが手渡してきたのは、魔光石とボクの杖だった。手に持った魔光石に、ちょっとだけ意識を向けると、ゆっくりと内部から光り出した。これを灯りにして洞窟内を進むのか。


 アルベルトさんの後を追って洞窟を進む。分岐があると、彼はしばらく黙り込んで何かを考えているようだ。邪魔をしないように、ボクは口を閉ざしておく。そして、しばらくして再び前進を始める。できるだけ、魔獣のいない道を歩いているのだという。どうやってそれを知るのだろう?



 二人で黙々と、迷宮の中を進んで行く。途中、何度か魔獣にであった。単体で襲ってくる魔物は、アルベルトさんがすばやく対処した。やっかいだったのは、小さくても群れで襲ってくる魔獣だ。今、目の前に居る叫び蝙蝠のような。


「大丈夫、数はそれほど多くない。これなら……いや、マイルズ、君に任せよう」

「えっ! そんな、ボクには無理です」

「いや、できるさ」


 アルベルトさんは、自信ありげだけれど、そんなに期待されても応えることができるのかわからない。


「いいかい? 群れた魔獣を相手にする時には、めったやたらに魔法を撃ってはだめだ。まず全体を見渡し群れとしてどんな動きをするのか、しっかりと確認するんだ。そして、危険度の高いものから慎重に焦らず、そしてすばやく仕留めるんだ」


 難しそうな忠告だけれど、ボクはアルベルトさんに従ってやってみた。相手をよく観察する。まだ、魔獣はボクらに気が付いていないようだ。活発に動いているのは半分くらいで、残りは洞窟の天井にぶら下がっている。

 相手が気が付いていないなら、まず、動いていない奴らから……。


「ナウマク サンマンダ バザラダン カン、爆炎弾!」


 火球が洞窟の壁を赤く染め、目標を焼き払う。魔獣たちは驚き戸惑い、残りの半分くらいはどこかへ逃げていった。残りの魔獣はこちらに気が付いたようだ。落ち着いて、一匹ずつ仕留めていく。射撃の精密さは、ずいぶんとマシになったような気がする。


「ほら、できたじゃないか」


 アルベルトさんが褒めてくれた。素直にうれしい。



 魔獣を避けながら洞窟を進み、遭遇してしまった時には襲ってくる魔獣だけを倒しながら歩く、歩く。もう、どれくらい歩いただろうか。途中記憶が曖昧だからよく分からないけれど、もう外では陽が昇っているはず。もしかしたら、昼? まさか、また夜になっているなんてことはないよね。あまり、考えたくないけれど、さっきからお腹も空いているし、喉もカラカラだ。


「アルベルトさん、近くに水はないでしょうか?」

「そうだな、ちょっと待って……うん、あちらにあるみたいだ」


 アルベルトさんは、迷路みたいな洞窟の中を迷うことなく進んで行く。疑問もたくさん湧いてくるけれど、今は水が飲みたい。


「あった」


 岩の隙間から、水がチョロチョロと流れ出ている。助かった。


「さ、少年。君から飲みたまえ」

「いえ、ボクは貴方の後でいいです」

「そうか? ふふ、やっぱり元の少年だな。では、先に飲ませてもらうよ」


 変な言葉を口にしながら、彼は流れ出る水に手を差し伸べた。手のひらをコップ代わりにして水を溜めると、ゆっくりとこぼさないように口へと運んでいく。が、その水を飲むことはできなかった。


「! 何をするんだ、少年!」

「ぼ、ボクじゃありません! 杖が、杖が勝手に」


 いきなり手の中の杖が動き出し、アルベルトさんの手を叩いたのだ。


「すいません、こんなことするつもりないのに」

「いや、待て少年。……そうか、ちょっと杖に意識を向けてくれないか?」

「え?」


 突然、何を言い出すのだろう? そういえば、さっきから奇行が目立つ。もしや、落下の時に頭を打って……。


「いいから、騙されたと思って、杖を持って強く念じてみろ」

「そこまで言うのなら」


 なんとなく、彼の言うとおりにした方がいいような気がして、ボクは杖に意識を向けた。こうしてしっかり持つと、何か脈動しているようにも感じる。これはボクの血の流れ? それとも、まさか杖に命が宿っている、なんてことはないよね。


 え?


 あれ?


 何か、杖から流れ込んでくるような。

 これは、言葉? いや、もっと抽象的な。なんだろう?


「この水、毒なの?」


 なんでかはわからない。けれど、杖がそう言っているような気がしたのだ。


「そうか。うん、なら別の場所を探そう」

「いえ、アルベルトさん。杖が案内してくれるって。……そう言っているように感じます」


 驚いたことに、彼はボクの言葉を信じてくれて、ボクらは杖の指示するままに移動することにした。いくつもの角を曲がり坂を登って、ようやく大きな岩の前に出た。でも、水が流れているようすはない。


「行き止まり、か?」


 アルベルトさんが、壁に触りながら何かを探していると、杖が突然、一筋の光を放った。その光は壁に吸い込まれて。


 “聖域”への扉が開いた。



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