マイルズ(悠人):迷宮を駆け抜ける
「何を言っているんですか、アルベルトさん?」
「私の眼は誤魔化せない。少年とは短い付き合いだが、普段と違うことは判る」
鋭い目つきで俺を睨みつけながら、ずいっと一歩前に進み出るアルベルト。「普段は猫を被っています」とか、口先ではぐらかすこともできなくはないが、バレたらやばいな。本気で刺してきそうだし。俺はいいけど、マイルズの身体を気付付けられるのは困る。ここは正直に。
「わかった。わかったから、剣を下げてもらえませんか?」
切っ先が下を向いた。が、まだ構えを解いたわけじゃない。恐ぇえな。
「お察しの通り、俺はマイルズじゃない。が、この身体はマイルズのものだ。俺は、マイルズの背後、じゃない守護霊だ」
「守護霊だと? 先頃城下を騒がせた悪霊ではないのか? もしそうなら……」
「ちょ、ちょいちょい、ちょい待ち。どうしたら信じてもらえるかなぁ」
『私のことを話せ。そしてこう言うんだ──』
ルーが助け舟を出してくれた。
「えっとな。この世界の人間には、守護霊に守られている人がいるんだよ。マイルズの場合は俺、で、君にも守護霊がいる」
「そんな話、信じると思うか?」
「じゃぁ、君が男じゃなくて、実は女だって言ったら?」
「!」
アルベルトこと、アリシアの驚いた顔。いや、すぐに分かるでしょ、男装の麗人だって。俺は見た瞬間分かったし。なんとなく雰囲気がタカラヅカなんだよねぇ。それとも、こっちにはそういう文化はないのか?
「あぁ。君の守護霊から聞いたんだよ。アリシア、君が男のふりをしている理由も。オーグ流剣法を護るため、そして君の父親が娘を嫁にやりたくないからだって」
アリシアの身体が動いた、と思ったら、一瞬で背後に回り込まれてしまった。
「貴様、それをどこで聞いた! 話によってはその喉笛を掻っ切るぞ!」
そうだよね、流派を護るためというならまだ大義名分が立ちそうな気がするけれど、まさか嫁に出したくないからって、娘を男として育てるなんて非道い父親だよなぁ。
「だから、君の守護霊から聞いたんだよ。頼むから落ち着いてくれ。君の守護霊は、ルー・オーグ。綺麗な女騎士だよ」
「な、に?」
ルーは、オーグ流剣術の創始者で、アリシアの祖先らしい。俺がルーの外観を描写すると、アリシアは剣を引いた。
「信じてくれたかな?」
『まだ疑念を持ってはいるが、おおよそは納得したようだ。ありがとう』
「礼を言われる筋合いはないよ、霊だけに」
そんな渋い顔しないでくれる? しょうがないよ、三十過ぎたら親父ギャグは自然に出るんだよ。
「何をぶつぶつ言っている?」
「いや、お前さんのご先祖さんと、少し雑談をね」
アリシアは、剣を鞘に納めると、俺に向かってお辞儀をした。
「その、ご先祖様と、ルー様とお話できないだろうかっ」
そんなことできるのか? できるの? そういえば、エルとルシアも意思疎通できるって言ってたな。
「あー、俺を仲介して話はできるけど、そんな面倒なことをしないでも、ルーが君に語り掛けることはできるそうだ。少し、力を抜いて、楽にしていてくれ」
「む、むぅ。こ、こうか?」
身体の力を抜いて、両手をだらんと下げたアリシアだが、直立不動なところが性格を表している。
『心配ない。この男は──少年の守護霊は、いい加減だが腕は立つ。私もできる限りのことをします。少年とふたりで、この迷宮を脱出しなさい』
「あぁ……ご先祖さま……ありがとうございます……」
へぇ、あんなことできるんだ。俺もやってみるかな?
『あなたには無理。血のつながりがあるからできること』
左様で。
そんなやりとりをしながら、俺はもう一方の袖を千切って、(マイルズの)頭に巻いた。これで止血になるだろう。
ともかく、今は急いでここを抜け出す、それが最優先。マーカス王子のことは、脱出してから考えよう。
「さぁ、行こうか」
「えぇ」
アリシアは、流していた涙をぬぐって答えた。うん、えらいぞ。おじさんも頑張るよ。
※
「できるだけ戦闘は避ける。いいね?」
「はい」
素直でよろしい。
いくら腕に自信があっても、ほとんど装備のない今の状態では戦闘を回避しつつ、出口を目指す、つまり逃げ回る方が正しい判断だ。ちなみにマイルズが聖女にもらった杖もちゃんと持っている。なんだかモゾモゾした感触があるのは、これが教会由来のものだからだろうか? 考えすぎか。
俺たちは、魔光石をかざしながら、暗い洞窟を歩いて行く。手軽に光が手に入る魔光石は便利だな。ランタンみたいに全方位照らすのはももったいない気もするが。これを応用して投光器とか作れないか?
前方の偵察は、霊の特技を活かしてルーが。霊体と交信できるのは便利だな。ついでに地上まで出て、誰かを呼べればいいなと思っていたが、それは無理っぽい。どうやら魔光石と何か、おそらくこの迷宮の構造自体が何かの印呪、術式になっているのかもしれない。
『右の穴は毒鼠の巣がある』
「そうか、じゃぁ左へ進もう」
『しばらくすると、上に登れる場所がある』
「よし、もうすぐ上に上がれるぞ、がんばれ、アリシア」
「は、はい」
三階分くらいは登っただろうか。途中に階段があるわけでもなく、上り坂がずーっと続いているようなものだから、感覚が掴みにくい。そもそも、あとどれだけ歩けば地上に出られるのかもわからない。
『ハルト、まずい。右にも左にも魔獣がいる』
引き返しても、進むルートはない。どちらかを突破するしかないか。
「ルー。魔獣の種類を教えてくれ」
『右が数頭の
黒眼熊は目の黒い巨大な熊に似た魔獣で、真っ暗闇でも見えるらしい。一応、光が苦手らしいが、定かではない。一方、叫び蝙蝠は、超音波で攻撃してくる蝙蝠に似た魔獣だ。一匹一匹は大したことないが、大群となると話は別。どっちもやっかいだな。
『どうする?』
「どうしましたか?」
ちょっと荒っぽいが、やるしかないか。俺は、アリシアに説明した。
「わかりました。私が行きます。ハルト、さんは、ここにいてください」
「あーっと、それ死亡フラグに近いから、やめて」
「死亡フラグ? 何のことか分かりませんが、ここは私の魔法で――」
フラグはあとでゆっくり説明するとして、見た目、アリシアは元気そうだが、実のところどうなんだ? ルーに視線で問いかけてみる。
『できるとは思うけど、ギリギリになりそう』
そうか、なら。
「アリシア、君の魔力は温存しろ。ここは俺がやる。まだ、俺の方が魔力を残している」
たぶんだけどな。
実のところ、今の状態、俺がマイルズの身体を操っている現状は、そう長く続かない気がしている。俺がマイルズの中から出た後、マイルズが復活できなかったらアリシアの魔力に頼るしかない。
「フラグについては、後で説明してやる。いいか? やるぞ」
俺は、頭に巻いていた袖の残骸を解く。まだ傷は塞がっていなかったらしく、血が一筋、額から流れ落ちてきた。マイルズ、使わせてもらうぞ。
「オン アボキャ ベイロシャノウ マカボダラ マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ ウンッ!」
渦巻く風が、マイルズの血を運んでいく。血の臭いに気が付いた叫び蝙蝠たちが騒ぎはじめた。奴らが集まってきたタイミングを見計らって。
「旋風、血炎爆!」
洞窟内が、炎で赤く染まった。
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