悠人:地下迷宮
驚いた。
第二王子がマイルズに襲いかかったのも驚いたが、さっきまでまともだと思っていたマーカスの守護霊が、いきなり黒い瘴気を纏って凶暴化したのは驚いた。
霊縛八方陣で押さえ込もうとしたが、陣の起点が魔光石とやらに触れると、魔力が吸い取られて陣が雲散霧消してしまう。奴の攻撃は、なんとか凌いでいるけれど、マイルズを置き去りにもできず。
八方塞がりの時に、アルベルトたちがやってきた。
アルベルトの守護霊ルーは、一目で状況を把握すると、俺の加勢に回ってくれた。一方、アルベルトは、マーカスを説得しようとしている。
「殿下、なぜこのようなことを」
「アル、君が知る必要はない。君は頭が堅すぎて面白くない」
まるで全てが冗談であるかのように、マーカスは両手を広げながら軽口を叩いた。ナイフを離さない時点で台無しだ。
「……私の頭が堅いのは認めます。ですから、すぐに少年を解放してください」
「まったく論理的ではないねぇ。今更マイルズを解放して、どうなる?」
「彼が何をしたというのです?」
今までふざけていたマーカスの瞳に、キラリと何かが光った。
「マイルズは、ボクの大切なものを奪ったんだよ。それも無自覚に。そんなこと許されると思うかい?」
顔にはにやけ笑いを貼り付けたまま、だが、声色は真剣だ。
「お気持ちは変わらないのですね?」
「もちろん」
「では……殿下の護衛として、全力であなた様をお止め致します!」
お、速い。会話しながら足場を固めていたのか。あの戦闘センスは、マイルズにはないなぁ。しかし、あっさりマーカスに止められてしまったのは、やっぱり軽すぎるからか。
「ふん。“護衛として”だ? 笑わせるな、兄の飼い犬風情がっ!」
「何をおっしゃるのですかっ! 私はシルヴァ殿下の命など受け手はいません!」
「自覚はなくとも、君の父上と兄様は通じているんだよっ!」
「そんな、ことっ!」
剣のすばやさは、アルベルトの方が上かも知れない。けれど、マーカスは精神的に揺さぶりを掛けて、アルベルトを追い詰めている。まだ、ガキなのに末恐ろしいな。ほら、隅に追い詰められた。
アルベルトもマーカスの心理戦に気が付いたのか、煽り続けるマーカスを無視して反撃に出た。おっと、マーカスが避けた。今だ、奴の脇腹に隙ができたぞ! そこを狙えば……と思ったら、アルベルトの思惑は別にあった。
「大丈夫か、少年」
「は、はい。ありがとうございます」
土の戒めから、マイルズを解放したアルベルトは、すっくと立ってマーカスを睨み付けた。
「これで二対一です。もう諦めてください、殿下」
いや、そんなことで諦めたりしないだろう。目的は分からないけれど、王族が貴族の子供を殺そうとしたんだぜ? 甘いなと思う反面、護衛対象なんだから仕方ないかとも思う。あ~じれったい。身体があれば飛び込むのに。
アルベルトの守護霊ルーが俺の傍に並び、そっと「落ち着いて」と囁いた。俺、そんなに落ち着きないように見えてんのか?
一方、二対一になっても、マーカスの余裕ぶりは変わらなかった。
「やれやれ、物語を書き換えないといけないな」
「……」
「魔獣に食い殺されたマイルズ、という筋書きを考えていたけれどね。魔獣が使えないとなると……そうだな、アルと戦って相打ちになったマイルズ。うん、これで行こう」
「殿下っ! ご自分が何をおっしゃっているのか、わかっていらっしゃるのですか?!」
「わかっているよ? つまり……君たちはここで死ぬのさ! 土塊の渦っ!」
いつの間に詠唱を終えていたのか、マーカスが叫びながら地面を叩くと、マイルズとアルベルトが立っている場所の土が、渦を巻き始めた。揺れる大地に、二人はバランスを崩す。
「アリシアッ!」
ルーが慌てて、倒れ込みそうなアルベルトの傍に駆けつける。マーカスの守護霊は、その機を逃さなかった。
「ウォォォンッ!」
雄叫びとともに、巨大な火の玉を出現させた。おいおい、あんなの喰らったら……どうなるんだ? まぁ、そのまま成仏、ってことはないよな。
「冥府への手土産に教えてやろう。我が名はカゾスス。復讐者カゾススだ! 貴様らも我が糧となれっ!」
瘴気に包まれた騎士――カゾススは、火の玉を俺たちに向かって放り投げた。黙って見ているわけないだろ!
「オン バザラニラ ソワカ! 風天よ!」
カゾススの火魔法と、俺の風法術がぶつかり合う。その衝撃は現実界にも影響を及ぼし、洞窟内を揺らした。
「うわっ!」
マーカスは、横穴の入り口まで飛び下がった。しかし、マイルズとアルベルトは、マーカスの魔法のせいで身動きが取れない。次の瞬間、横穴の床部分が消えた。二人は、床だった岩と共に下へと墜ちていく。
洞窟の下には、巨大な空洞があったらしい。まずい。このままでは、二人ともいずれ地面に叩きつけられて死んでしまう。
風が止まり、音が消えた。高速モードに入ったのだ。俺の危機じゃなく、俺が取り憑いているマイルズの危機にも、高速モードが発現してくれた。しかも、今は霊体、肉体の軛がない状態であれば、高速モードを100パーセント活かせる。
とはいえ、どうすればいい。ゴースの修行で、少しは物体に影響を及ぼすこともできるようになったが、人間の肉体を支えるまではできない。まして、マイルズとアルナー二人分だ。ルーはどうしている?
アルベルトの方に目をやると、ちょうどルーが気を失ったアルベルトの身体を霊体で包み込もうとしているところだった。あぁして護ろうというのか。俺にもできそうだが、果たして効果はあるのか。マイルズの近くに寄って顔を覗き込むと、頭から血を流している。どうやら気絶しているようだ。くそっ、守護霊失格だ。だが、気絶しているなら、あの手が使えるかも……まだ、一度も成功していないが、やるだけやってみよう。
まず、ルーの真似をすることにした。要は武器を顕現させるときの応用だ。身体全体に意識を巡らせ、イメージする。繭だ、繭がいい。俺は、繭となってマイルズの身体を包み込む。それからゆっくりと、俺とマイルズを重ね合わせる。
…………
……
…
マイルズたちよりも先に、洞窟の床が下の地面に当たってくだけた。さっきまで床だった岩が、ゆっくりと砕け砂埃を巻き上げる。気配を感じて上を見上げると、大きな岩がいくつも落ちてくるのが見えた。このまま下に降りると、岩と岩の間でサンドイッチになっちまう。俺は、法術で風を起こし、マイルズとアルベルトの身体を横へスライドさせた。
上から落ちてきた岩が、下の岩にぶつかった。高速モードに入っているから音は聞こえないが、振動は伝わってくる。ふぅ、あそこに降りなくてよかった。
土煙が収まるのを待つ。いつの間にか高速モードは解除されていた。もう、命の危険はないのだろう。アルベルトはどうだ?
『すまない、ハルト。助かった』
繭のような形から、いつものような女騎士の姿に戻っていたルーが、俺に感謝してくれた。
「いや、こちらこそ巻き込んですまない。ちょっといいか? 怪我がないか調べるから」
俺が、倒れたアルベルトの様子を確認すると、太ももの外側に大きな切り傷があった。石の破片で切ったのだろうか? とりあえず止血しなければ。
「う、うぅーん……」
おっ? 意識を取り戻したようだ。
「少年、ここは……」
「洞窟の床が抜けて落ちたんです。あ、動かないで。今足の出血を止めますから」
俺は、服の袖を引きちぎると、撚って紐状にし、それでアルナーの太ももの付け根を縛った。
「しょ、少年っ! な、何を」
「止血します。傷口を焼きますから、少し我慢してください」
「う、うん。……ぐぅっ!」
火の法術で傷口を焼く。これで出血は止まった。
「オン ビセイゼイ ビセイゼイ ビセイジャサン……」
薬師如来の力で、体内の治癒能力を活性化させる。これでしばらくは大丈夫だろう。はやく地上に戻って教会に行けば、傷跡も残らないだろう。
「すまない、世話を掛ける。しかし、ここはどこだ?」
「恐らく地下にあると言われる迷宮でしょう。でも、落ちてきたところからは登れそうにないので、他の場所から上に向かうしかありません。どのくらい落ちたのかも分かりませんし、すぐに移動しましょう」
俺は、起き上がってアルベルトに手を伸ばす。アルベルトは、俺の手を掴んで起き上がると。
「えーと、これは何の冗談ですか?」
アルベルトの剣は、その切っ先を俺の、いやマイルズの喉に当てられていた。
「お前は誰だ」
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