マイルズ:魔獣の森へ

 授業に修練に、忙しく明け暮れていたある日、学院に対して王都周辺の森に生息する魔獣の討伐が命じられた。協力要請だと言うが、実際には命令だった。王都内で頻発する“御霊悔い”事件の対応に人手が割かれている上、それに呼応するかのように魔獣の活動も活発になっているのだそう。旅人や商隊の被害も大きくなりつつあるということで、学院生でも使えるものは使いたいのだろう。


 かといって、学業を疎かにするわけにも行かないし、学院の生徒を危険に晒したくもない。そこで、闘技会本戦に出場した生徒のみを参加させ、比較的弱い魔獣が出現する森の周辺部から討伐を行うことになった。また、単独での探索は禁止、常に五人以上の隊を組んで行動する。軍からは、一つの隊に一人以上の軍人をつけてもらうこととした。


 討伐は、複数回にわたって行われる。その第一回、ボクとデイルは同じ隊になった。伯爵家に生まれたボクは、馬に乗れるようになった頃から領内で行われた魔獣討伐に参加していた。父からは、それがいずれ領主となるために必要なことなのだと言われた。ただし、魔法の使えないボクは、結局近くで見ていることしかできなかった。今は違う。


「デイルは魔獣討伐、初めてなの?」

「う~ん。学院に入る前ぇ、駄賃欲しさに荷物運びで参加したことはあるけどねぇ」


 ならボクと同じだ。でも、ボクは馬に乗って参加したのに、デイルは荷物持ちか。身分も違うし、それが役割分担というものだろうとは思うけれど、なんだか疑問に思うこともある。それだけ、デイルは良い奴なんだ。



「サニーだ。君たちの補佐をする。今日一日だが、よろしくな」


 軍から派遣されてきたのは、ひとりの傭兵だった。王国軍の兵士ではなく、金銭で契約する兵士だ。実力がなければ生き延びられない職業だが、王国や国民に対する忠誠心は期待できない。

 伯爵領のようにある程度自給自足ができる領地であっても、常に兵士を養うことはほぼ不可能だ。必要となれば、農民が県や斧を持って兵士となる。だから、傭兵のような専門軍人は必要不可欠な存在ではある……けれど、あまり使いたくない存在でもある。

 広大な直轄領と各領地からの税という財布を持っている王は、常設軍を持ち常に備えることができる。その国軍も傭兵を雇わなければならないほど、今は人手不足ということか。でも、本当に人手不足なのだろうか?


 いけない、いけない。最近、なぜか何でも疑ってかかる癖がついてしまった。困ったものだ。


 学院側は、ボクとデイルを入れて七名。魔法学部六回生の先輩がリーダーを務める。傭兵サニーとリーダーが相談して、ボクらは王都の西側近くにある街道から、森に入ることにした。

 森に踏み込んで早々に、魔獣に出会った。といっても、ツノウサギだ。硬く長い角を持つウサギに似た魔獣だが、一匹一匹は簡単に退治できる。問題は集団で襲ってくることだ。


 サニーがボクらに円陣を組ませ、正面から襲ってくるツノウサギだけを攻撃するよう指示した。これなら、背後を気にせず戦える。ものすごく長い時間戦っていたような気がするけれど、太陽の傾きは大して変わっていない。


 サニーは、魔獣のツノを回収し、残った死骸は魔法で掘った穴に埋めた。


「本当は、皮も剥いで持って帰りたいところだが、時間もないしな」


 そう言いながら、サニーは穴にかぶせた土を足で踏み固めていた。もしかしたら、後で取りに戻るつもりなのかもしれない。


「血の臭いで他の魔獣が来るかも知れん。十分注意しろよ」


 サニーの予言通り、移動して間もなく盾猪タテブタにであった。盾猪は、鼻先が硬い盾のようになった猪の魔獣で、ものすごい速度で突っ込んでくるから、魔法も当てにくい。避けるのが精一杯だ。


「でかいよ、こんな森の入り口で、こんなでかい盾猪が出るの?!」


 誰かの泣きそうな呟きが聞こえた。


 サニーは左手に小型の盾を構え、低く剣を構えながらボクらに叫んだ。


「無理に狙うな! 自分の身を守ることを第一に考えろ。魔法で盾を出せる奴は、奴の進路を塞げ!」


 ボクは土魔法が少し苦手なので、別の方法をとることにした。


「オン キリキリ バザラ ウン……」


 他の隊員が詠唱を唱えると、盾猪の進路上にいくつかの土の壁が出現した。が、瞬く間に突き破られてしまった。盾猪はそのままの勢いで、ボクらに向かって突進してきた。


「霊縛八方陣!


 ボクが張った罠に魔獣が差し掛かった瞬間、八つの光点から光の鎖が飛び出して盾猪を絡め取った。鎖は引きちぎられることなく、ギリギリと盾猪の身体を締め付ける。


「うりゃっ!」


 魔獣の突進が止まったのを見て、ハリーが飛び出し剣を揮った。鈍い音とともに、盾猪の首が空中を舞い、胴体は大きな音を立てて横に倒れた。


「すごいなぁ、マイルズ。どこで覚えたのさぁ」

「うーん、なんとなく頭にひらめいたんだよ」


 夢の中で教えられたなんて言えなくて、そう言って誤魔化した。


「こいつを埋めるのは一苦労だな。よし、傷口を焼いて土をかぶせておこう」


 ボクらは陽が落ちる前に森から出たが、五種類以上の魔獣を仕留めることができた。緒戦にしては、なかなかの戦果だと思う。


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