マイルズ:聖女との対面
「はじめまして。ルシアと申します」
聖女様は、紛うことなき聖女だった。。
ただそこにいるだけで、空間が澄んでいくような、そんな雰囲気の少女だった。しかも、ボクと同い年だという。見かけはボクより幼いのに。その鈴を転がすような声も、心地良く聞こえた
内心では結構緊張したけれど、挨拶はそつなくこなすことができたと思う。幼い頃から父に鍛えられたお陰だと思う。あの頃は、ただ引きずり回されているような気がしていたが、父は父なりに貴族として心の持ちようを教えてくれていたんだなぁと思う。
ボクとグラスゴー老師は、部屋の中央に置かれたテーブルに並んで座るよう案内の人に言われた。学院で使っているような、丈夫さだけが取り柄のような分厚い板を使ったテーブルではなく、白く綺麗に塗装されあちこちに装飾が施されたテーブルだ。そこに、カップが三客。テーブルと同じように装飾が施された高価そうな椅子にボクらが座ると、カップにお茶が注がれた。立ち上る香りはほのかだけれど上品、実家で使っているものより良い茶葉だろう。
聖女様が椅子に座ると、案内人と給仕をしてくれた人を下がらせた。
「技能大会、拝見しました。初めての出場で準々決勝まで進むなんて、すごい才能ですね」
「ありがとうございます。でも、まだまだです。上には上がいるって思い知りました」
「それでもすごいことですよ。魔法が使えるようになって、まだ間もないのでしょう? 教えていただきたいのですが、どうやって魔法が使えるようになったのですか?」
「それが、ボクにも分からなくて。ずっと魔法を使えないことが負い目だったんです。でも、いくら努力しても魔法は使えない。なら、魔法以外のことで頑張ろうって、諦めていたんです」
ボクはあの日のこと――突然、魔法が使えるようになった日のことを、聖女に話した。彼女はボクの話をじっくりと聞いてくれた。
「魔法が使えるようになる前、何か普段と違うことはありませんでしたか?」
違うこと?
「どんな小さな事でもいいのです。たとえば、身体が軽くなったとか、誰かに贈り物をもらったとか。よく思い出してみてください」
「そういえば、そのしばらく前から、寝ているとおかしな気配を感じるようになりましたね」
「おかしな気配ですか。それはどのような?」
「害意とか敵意は感じないんです。ただそこにいるというか、あるというか。見守ってくれているような、そんな気配です」
「そうですか。悪意は感じなかったのですね?」
「えぇ、悪意といったものはありませんでしたね」
ルシア様は、頭を少し傾け考え込む様子を見せた。グラスゴー老師は、ボクの隣で悠然と構えている。ボクは、なんとなくいたたまれなくて、部屋の中に視線を巡らせた。全体的に白色で統一された、清潔感のある部屋だった。ただ生活感はなく、こうした面談に使われる部屋なのだろうと思った。
しばらくして、再び顔を上げた聖女様は、ボクの目を真っ直ぐ見ながら問いかけてきた。
「ニッケル・ヴァンドロア様のことは、お聞きになっていますね?」
「はい。グラスゴー老師から伺いました」
「そうです。ただし、被害にあったことだけ、彼にはあまり詳しい内容は話しておりませんよ、聖女様」
グラスゴー老師の補足に、聖女様が頷く。
「賢明なご判断です、老師」
そういって老師に向かって頷いた聖女様は、ボクに向かって驚くべき内容を口にした。
「実は、御霊喰らいの犯人として、貴方の名前が挙がっていたのです」
え?
「ちょうど、貴方が魔法を使い出した頃に、城下で事件が始まったからです。少なくとも何らかの関係がある――そう考える者も少なくありませんでした」
そんな……ボクが、犯人だなんて。どうやって、疑念を晴らせばいいのだろう?
「ご安心ください。貴方への疑いは既に晴れています。貴方は気づかなかったかもしれませんが、しばらくの間、教会は貴方を監視させていただきました。もちろん、学院の許可を受けて、ですが」
「気を悪くせんでほしいが、これもお前に掛けられた疑念を晴らすためじゃ」
ボクの生活が監視されていたなんて。なんとなく釈然としないけど、疑いが晴れたのならいいか。
「貴方のお父上には、すでに教会から謝意を表させていただきました」
「そうですか。でもどうして容疑が晴れたのですか?」
聖女様はカップの茶を口にすると、少しためらった後説明してくれた。
「ヴァンドロア様が被害に遭われた時、貴方だけでなくヴァンドロア邸も監視していたのです。ヴァンドロア家のご子息、あるいは関係者も、容疑者だったのですよ。あの時、貴方がぐっすりとお休みなっていて、ヴァンドロア邸に近づいていないことは、複数の者が確認しています」
あの頃は、技能大会に向けてデイルと遅くまで訓練して、部屋に戻ったらすぐに寝ていたからなぁ。
「一方、ヴァンドロア邸には、夜半に黒いフードを被った人物が訪ねていたことが分かっています。その人物は、貴方よりも背が高い人物であったと報告されています。恐らくその人物が犯人。結界で護られたヴァンドロア邸に招き入れられる人物であることからも、貴方が犯人でないことは明かです」
「その人物は、誰なのですか?」
聖女の顔が曇った。
「分かりません。ヴァンドロア邸にいた者はすべて、今でも話ができない状態なのです」
※
その後、ボクたちはたわいのない話をした。そして帰り際、聖女様はボクに一振りの杖をくれた。
「これを貴方に。きっと助けになるでしょう」
そういって聖女ルシアから渡されたのは、硬いヴァーパの樹から削り出した杖で、長さはボクの身の丈ほどもある。あちこちに細かい細工が施され、先端には小さな宝石が嵌め込まれていた。見るからに高価な品だ。
「こ、このようなもの、いただけません」
「疑念を掛けたお詫びの印、とでもお考えください」
受け取っても良い物なのだろうか? ボクがグラスゴー老師を振り返ると、大きく頷いていた。ならば、ありがたく使わせてもらおう。
次の日から、聖女様に頂いた杖を使うようにした。杖のお陰か少しずつだけれど、魔法の細かい制御ができるようになった気がする。
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