マイルズ:自分に足りないもの
決勝は、マーカス殿下と闘士バフの対戦だ。バフは、前々回は準決勝、前回決勝まで勝ち上がった実力者だ。見るからに、場慣れしている感じに見える。
「決勝まで勝ち残ったことはすごいけどぉ、マーカス殿下は今回が初出場だからねぇ、経験じゃぁ闘士バフが上かなぁ。でも、殿下は技巧派みたいだしぃ、勝負は読めないなぁ」
デイルの言う通り、マーカス殿下はこれまで技能大会に参加されてこなかった。しかも、一時期は重病説まで流れた。今、闘技場の中で立っている姿を見ると、あの噂は間違いだったのだと分かる。いつものように泰然自若としているけれど、決して弱気には見えないもの。
ラッパの合図で試合が始まった。
先に動いたのは、闘士バフだ。殿下目がけて一直線に走って行く。そのまま、あの大きな斧を横薙ぎにするつもりだ。ボクの予想通り、闘士バフは戦斧を横になぎ払った。いくら刃を落としているとはいえ、あんなものに当たったらただでは済まない。
しかし、殿下は間一髪のところで後ろに下がって攻撃を避けた。その後も、闘士バフが繰り出す攻撃を、殿下はギリギリのところで躱していく。いつ、躱しきれなくなってもおかしくない。城内からは、闘士バフが斧を振るうたびに、悲鳴のような声が聞こえた。
でも、ボクにはマーカス殿下が遊んでいるように見えた。当たりそうで当たらないのは、わざとだ。だって、殿下は剣を抜いてすらいない。
やがて、闘士バフの攻撃が止んだ。大男は、すでに肩で息をしている。
戦いの場は遠すぎるし、大勢の歓声が響いているから、二人がどんな会話をしているのかは聞き取れない。でも、殿下の口が動いた直後、闘士バフが絶叫を揚げて斧を構えた。次の瞬間、風が、激しい風が闘士バフの周囲に渦を作った。まるで小さな竜巻だ。
竜巻が、まっすぐ殿下目がけて襲いかかった。が、殿下は驚くべき速度で、それを躱した。
「風と土の複合魔法だねぇ」
呟くデイルは、いつもと違って眼光鋭く、試合の様子を見ている。
「高度な複合魔法をぉ、攻撃じゃなくて移動に使っているのかぁ。しかも、それを持続させているって……」
殿下は、追ってくる竜巻を易々と躱していく。どちらかが、魔力切れになるまで続くかと思った時、殿下が動いた。
滑らかな動作で腰から剣を抜くと、スッと剣先を上げた。特に狙ったようにも力を入れたようにも見えなかったけれど、殿下の剣はいつのまにか竜巻の中にその剣先を滑り込ませていた。
キン。
小さな金属音とともに、竜巻の中から斧だけが飛び出し、蒼穹を舞い、そして闘技場の壁に突き刺さった。やがて竜巻が消えると、そこには
一瞬の静寂の後、歓声に包まれる闘技場。
「何がどうなったの?」
「おいらにも、わかんないなぁ……マーカス殿下が、剣で斧を弾いたんだろうけどぉ」
闘士バフの斧を何の構えも無しに弾き飛ばした? どう見ても殿下の体格からは考えられない。何らかの魔法が絡んでいるんだろうけれど。
勝ったマーカス殿下は、片手を上げて観客の声に応えている。そして、ボクと目が合った時、殿下はにこやかに笑いかけてくれた……のだけれど、ボクはゾクリと背中に冷たいものを感じ、思わず身をすくませてしまった。
こうして、闘技会は初出場したマーカス殿下の優勝で幕を降ろした。
「すごいなぁ、マーカス殿下。さっすがぁ王族だけのことはあるねぇ」
「うん、そうだね」
喜ぶデイルの言葉に、ボクは相づちを返す。でも、心の中ではいろいろな思いや考えがグルグルと渦を巻いていた。
たしかに、闘技会で優勝、とまでは行かなくてももう少し勝ち上がれたかなという後悔もあるけれど、マーカス殿下の戦いを見ていたら、そもそもあんなに強い力がいるのだろうか? という疑問も湧いてきた。いや、領民を護るためには、強い領主であった方がいいに決まっているのだけれど、その強さというのは魔法の強さを指すものなのだろうか? 少し前、魔法が使えなかったボクは、魔法以外の力で領地を護っていこうと思っていたんじゃなかったのか? もしかして、ボクは魔法という力を得たことで、何か大切なものを失ったんじゃないのか。でも、それはマーカス殿下の力を見せつけられたからであって、殿下に対する嫉みや嫉妬からなんじゃないのか?
いくら考えても、答えはでなかった。
※
技能大会の数日後、授業の終わりにボクはグラスゴー老師に呼び出された。
「なんの御用でしょうか?」
「うむ。いずれ耳に入るかもしれぬからのぅ、儂から話しておこうと思ってな」
そう言ってグラスゴー老師は、ニッケルが
御霊喰らい――最近、城下で頻発する謎の事件だ。程度の差はあれ、被害者は皆、正気を失う。まるで魂が喰われてしまったかのように。
「ニッケルが……」
ボクを虐めていた奴だけれど、自業自得だとかざまを見ろとかは思わなかった。身近な人間が、そんな事件に巻き込まれたことに衝撃を受けた。
「マイルズ君。最近、めきめきと魔法の実力が上がっているそうだが、ひとりで何かしようなどとは考えぬようにな」
「はい。それはもちろん」
重々分かっている。少し調子に乗っていたかな? と反省している。あの決勝戦でのマーカス殿下を見た今では。
「それと、もうひとつ」
グラスゴー老師は、丸められた羊皮紙をボクに渡した。封に使われている紋は、神聖教会の紋章だ。
「教会からじゃよ。聖女がお主に会いたいそうじゃ」
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