マイルズ:奇妙な詠唱

 ヴァンオーグさんとの模擬戦では、ボクもデイルもいいところなしだった……というよりも、相手にもならなかった。技量の差というものを、まざまざと見せつけられてしまった形だ。


 でもむしろ、やる気が湧いてきたと思う。ボクとヴァンオーグさんとの技量の差は、簡単には埋められないかも知れないけれど、いつか追いつきたい。ヴァンオーグさんに追いつくことが、ボクの目標になったようだ。それはデイルも同じだったようで、毎日の訓練にも自然と力が入るようになった。


 そうして毎日デイルと訓練をしている中で、今の詠唱方法がボクに合わないことがなんとなく分かってきた。ボクたちが習う一般的な詠唱は、精霊へ呼びかけて力を分けてもらい、さらに精神を集中しながら魔法の形を言葉にすることで魔法が発動する。魔法の形を表現する方法は、人それぞれ。その魔法の属性と術者に合った表現であれば、魔力はさらに高まる――と、詠唱学では教えられている。

 でも、ボクが精霊に呼びかけても、魔力はあまり高まらない。精霊は目に見えない存在だから分からないけれど、ボクの詠唱は精霊に届いていないのだろうか?


 詠唱学の先生に相談したけれど、詠唱のテンポなのか旋律なのか、そもそも言葉の選択なのか、その全てなのか。何が悪いのか、先生にも分からなかった。


「ニッケルのときは、どうしたの?」


 ある日デイルが口にした問いに、ハッとなった。そういえば、あの時はどうだったっけ? そうやって魔法を使うことができたのか、思い出そうとしたけれど、なんだか、あの時の前後の記憶は曖昧で……。どんな言葉を口にしたんだっけ……思い出せ、マイルズ。何か聞き慣れない言葉だったような。それが頭の中に浮かんで来て。

 その時、ふっと言葉が頭の中に浮かんだ。まるで誰かが、“これだよ”と言って差し出してくれたように。


「ナウマク……ナウマク サンマンダ ボダナン バン! 風撃弾!」


 奇妙な詠唱と共に放たれた風の魔法は、標的にした木の幹をした。

 ボクもデイルも、しばらく声が出せなかった。


「あ、あれ……ボクの魔法、なの?」

「うん……うん、うん! すごいよぉ!マイルズ!」


 デイルは、ボクの背中を平手でバンバン叩きながら喜んだ。


「なになに! 今の詠唱、初めて聞いたけどぉ!」

「ボクにも何が何だか良く分からないんだよ。なんとなく口をついて出たんだ」

「いやぁ、すごいねぇ。きっと他にもいろいろできると思うよぉ。頑張ろうよぉ」

「う、うん……」


 ボクが曖昧に答えたのは、まるで自分に自信がなかったからだ。



 碧の季中の月に入ると、魔法学部の皆はそれぞれに技能大会の準備を本格化する。授業時間は短くなって、個人の練習時間が増やされた。

 ボクとデイルは、一緒に訓練を続けた。といっても、デイルはボクの魔法から何かヒントを得たようで、近距離用の風魔法を特訓している。一方でボクは、あの奇妙な詠唱を文字にして、紙に記録しながら覚えようと努力していた。

 最近、夢の中で誰か――見たことのない顔立ちと服装のおじさん――が、ボクの前で奇妙な詠唱をしてみせるようになった。ボクは、(夢の中で)それを必死に覚え、こうして書き残すようにした。これも、夢のお告げという奴なのだろうか?


 詠唱は、オンとかバンとか普通の詠唱では使わないような言葉ばかりだったけれど、それがに願いを捧げているのだ、という気がした。精霊ではないけれど、悪しき者ではないという確信はあったから、この詠唱を覚えて使うことにした。


 こうしてボクが奇妙な詠唱に慣れた頃、技能大会が始まった。

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