悠斗:丁々発止

 アルベルト。たしか、マーカス王子の護衛騎士だったか。今日は王子はいないようだ。


「アルベルト・ヴァンオーグ。王子の腰巾着と揶揄されることもあるが、中々どうして立派な剣の使い手だよ。彼女が守護しているからね」


 サイラスが手を広げて指し示したその先には、一人の女剣士がいた。あれが、アルベルトの守護霊か。


「よぅ、俺は悠斗だ。初めてお目にかかる」

「ルー・オーグ」


 なんだか、視線が冷たいな。あまり好かれてはいないようだ。何かしたか? 俺?


「あーっと、さっきから木立の陰でこっちを見ていたみたいだけど……」

「たまたま通りがかっただけだ。アルベルトの気まぐれだ」


 気まぐれ、というのは、マイルズたちに稽古を付けてくれることらしい。眼下では、マイルズ&デイル対アルベルトの模擬戦が始まろうとしていた。アルベルトがどのくらいやるのかは知らないけれど、王子の護衛を任されているくらいの騎士にマイルズたちが敵うとは思えない。特にマイルズは、身体を動かすことが苦手だし、魔法も安定していないし。


「ほらほら、せっかく二人なのだから、連携して戦い給え」

「キーソンズ君は、接近されてからの反応が鈍い」

「マイルズ君、もっとしっかり狙わないと当たらないぞ」


 アルベルトは叱咤を飛ばしながら、手も動かす。その動きはすばやい。デイルの火矢を簡単に弾き飛ばしながら、マイルズの攻撃も捌いている。二人は、アルベルトの言葉に返事を返すこともできないくらい一生懸命なようだ。


「気まぐれにしては、随分と熱心に教えてくれるな」

「知らない。気まぐれは、気まぐれだ」

「そうか」


 マイルズたちの模擬戦を見ていたら、こっちも身体がうずうずしてきた。


「どうだい? こっちもひとつ、手合わせ願えないだろうか?」

「おいおい、ハルト。お前、やっと武器らしきものを出せるようになった程度じゃないか」


 サイラスが止めに入るのももっともだ。サイラスの弓を真似て、ようやく独鈷杵のようなものを出せるようになったばかりだ。だが、それだけに、試したい気持ちも強い。


「ルー・オーグといえば、大陸五剣の一人だ。俺たちじゃぁ足下にも及ばんよ」


 そうなのか? 有名人とはしらなんだ。でも、関係ないな。


「練習だと思って、どうかな?」

「……責任は持てないぞ」

「ハンデとして、あんたの身体に俺の攻撃が当たったら勝ち、というのでどうかな?」

「ハンデ?」

「あー、実力差があるから調整ってことで」

「よく分からないが、それで構わない」


 女剣士の霊は、すらりと腰の剣を抜いた。すごいな、まるで実物のようだ。サーベルって剣に似ている。いや、詳しいことは知らん。


「すまないな。それじゃぁ、いくぜ」


 俺は、独鈷杵を握った右手に左手を添えて、前方に構えながら相手に飛び込んでいった。リーチの差を考えれば、接近戦あるのみ。

 が、目の前の剣士は、ふいに姿を消した。目で追うより先に、右手を右側に突き出すと、ルーの剣が独鈷杵に当たった。昔から、勘だけはいいんだよ。そのまま、捻る。


 本当の剣なら、折れていたはず。だが、実物に見えて、霊力で作ったもの。ふわり、と抵抗なく、煙のように刀身が消える。ぱっと距離を取った女剣士の手には、前と同じように剣が握られている。


「ずりぃな」

「なにがだ?」


 と、その言葉の余韻が消えないうちに、剣の切っ先が俺の方に向かって飛んできた。


「うぉっ!」


 のけ反って避ける、が、躱しきれなかった。肩口と左腕、左腿に痛みが走る。霊体なのに痛みを感じるのはおかしいだろ! 文句を言っても、ルーの攻撃は止まない。仕方なく距離を取る。


「逃げるのは、速いな」

「うるせ」


 霊体だからアドレナリンなんてないはずなのに、妙に高揚している。さっき痛みを感じた部分は、もうなんともない。さて、どうしたものか。


「どうした、終わりか?」


 女剣士は、剣をフラフラと左右に振って挑発する。


「とんでもない」


 改めて、前方に飛び出す。同じ事の繰り返し? そんな訳ないだろ。


「オン アボキャベイロシャノウ マカボダラ……」


 ルーの剣先がピタリと止まる。狙いは俺の眉間だ。


「マニ ハンドマ ジンバラ ハラバリタヤ……」


 光明真言を唱えながら、俺は構わず突っ込む。


「ウン!」


 瞬間、光が放たれる。さすがのルーも、思わず目を庇った。その瞬間を逃さず、俺は死角へ回り込み、彼女の背中に向けて独鈷杵を突き出した。卑怯でもなんでもいい、勝ったと思った。

 しかし、独鈷杵は空を切った。そして、腹に激痛が!


「さっきから、なぜ平面的な動きばかりする? ここは地上ではないぞ」


 ルーの声は聞こえた。俺の動きは読まれていたのか。


「私の勝ち、だな」

「いいや、引き分けだよ」


 俺の独鈷杵は、ルーの腕に触れていた。本当は、剣を弾こうと思ったのだが、間に合わなかった結果だけどな。


「負けず嫌いにも程があるぞ」


 ルーが、呆れながら剣を引く。何も言わないってことは、引き分けにしてくれたってことでいいのかな? それにしても、我ながら無茶だった。守護霊としてのキャリアもルーの方が断然長いのだし、生前もたぶんものすごく強かったのだろう。敵うわけがない。それでも挑んでしまったのは、マイルズの頑張りを感じ取ったことと、自分が強くなることでマイルズにも良い影響があると思ったからだ。自分でも霊になってずいぶん変わったと実感する。


 それにしても、霊ならではの戦い方か。まだまだ学ぶことは多そうだ。


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