マイルズ:ままならぬ現状
魔法学部での生活が始まった。とはいえ、薬学や法学などの座学については、普通学部と共通科目がほとんど。農学や工学がない代わりに、魔法史学や深層魔法構造学などが追加されるくらいだ。
問題は実技。苦手な剣術や行進の授業(拷問ともいう)がない代わりに、魔法技能実習がある。平和な今の時代に、離れた場所の的に火球を当てることが役に立つのかどうかは知らないけれど、全員参加の必修科目なので逃げる訳にもいかない。
「イグニス イグナス、精霊よ、火球をなし的を射貫け! 燃えさかる弾!」
ボクの手のひらから小さな火球が飛び出し、ヒョロヒョロと飛んでいく。
「また外れた……」
火球は、的から大きくはずれ、地面に当たって消えた。周りからクスクスと忍び笑いが聞こえる。
「次、キーソンズ。見本を見せろ」
「はぁい」
生徒たちの中から現れたのは、同い年とは思えないくらい背の高い、赤毛の少年だ。
「いきまぁす。イグニス、火の力で射貫け、火炎の矢」
短い詠唱から繰り出された炎は、球ではなく細長い矢になって一直線に飛ぶ。見事、的の中心を射貫いた。
デイル・キーソンズは一般市民だが、こと精密射撃に関しては王都でも一、二を争うほどの腕前だ。魔法の実力で、学園に在籍している、いわば天才のひとりだ。どうしたら、あんな風に魔法を当てられるのだろう?
ボクの魔法が、あの時だけ、たまたま偶然に発動した、ということだったらよかったのにと思うことがある。魔法を使えるようにはなったけれど、ニッケルに向けて放った風魔法のような威力のある魔法は、あれ以来出せていない。あれだけ憧れた魔法なのに、この歳になって周りに追いつかなきゃいけない状況は辛すぎる。
「少し、いいかな?」
授業が終わった後、ボクはデイルに声を掛けた。
「ん~なに?」
「ボクはマイルズ・ヴァンダイン。先日、魔法学科に転入したばかりだ」
「知ってるよ~、いきなり魔法が使えるようになったって、珍しいねぇ」
学院の中であっても、伯爵の息子と話すときに敬語を使う人は少なくない。むしろ腫れ物を扱うように遠巻きにする人間の方が多い。デイルは、違うタイプらしい。
「お願いがあるんだ。ボクに射撃を教えてくれないか?」
デイルは、少し顔を傾けていぶかしげにボクを見た後、「いいよ」と言ってくれた。
「でもおいら、夜は仕事があるからぁ、教えるとしたら授業が終わった後、少しだけになるけどぉいい?」
「構わないよ。助かる」
それにしても、なぜ学院に通いながら仕事をしているんだろう?
「学費を稼がないとねぇ。だいぶ免除されているけれど、学院は生活費までは出してくれないから」
「それで仕事?」
「うん。皿洗いだけどね」
一般市民は、それが当たり前なのだろうか? 思えば、ボクは領民の生活降りは身近に感じていたけれど、王都で人々がどんな生活をしているのかまったく知らない。学院の外に出たことも、数えるくらいしかない。
モヤモヤした思いを抱きつつも、その日から放課後の訓練が始まった。
※
デイルは、教え方も上手かった。
「最初は当てようと思っちゃダメだよぉ。まず、マトよりも遠くに飛ばすところから」
「腕は目印、あるいは照準、かなぁ。目標との距離や角度を掴むためのものだよぉ」
「身体の真正面に魔力を集めて、そして押し出す感じ……そ~そ~そんな感じ」
少しずつではあったけれど、ボクの魔法も的に当たるようになってきた。そんなある日のこと。いつもなら、訓練を終える日没近くになっても、デイルは止めようと言わなかった。
「うん、今日は仕事お休みなんだぁ。なんでもぉ王都警備隊の取締があって、食堂や酒場は早仕舞いするんだってぇ」
そういえば、最近、街中で奇妙な事件が頻発しているとか。
「うん。なんでも被害者は、魂が抜かれたようになっちゃうんだってぇ。邪霊の仕業かもって。怖いねぇ」
それで警備隊の取締? それで解決するのだろうか?
「神聖教会の聖女様もぉ、王都に来るらしいよぉ」
神聖教会――正式には神聖パラス教は、神パラスを信仰する宗教で、信者も多く国教としても認められている宗教だ。残念ながら、ボクは伯爵領のほとんどの領民が信仰している精霊教会に属している。
「邪霊を祓う力を持ってるって評判だからぁ、聖女様がなんとかしてくれるんじゃ~ないかなぁ?」
うーん、それで解決すればいいけど。
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