第2話 モコチャの村

「もうすぐお祭りだね。」


 ミリアは笑顔とともにそう言うが、どこか淋しそうな表情でまつりが開催される村の中央の広場を見渡していた。


 ここモコチャの村は今でこそ静かな農村といった感じだが、このころは農業も盛んで、村のメイン通りには市場が立ち並び中央の広場には人々が行き交っていた。その広場の真ん中には、村のシンボルともいえる大きな時計台があり、そこに据えられたガス灯の灯りが村を照らしていた。そのあったかな時計台の灯りは村中をいつも見守ってくれていた。ミリアは広場の入り口の小さな野菜売り場で手伝いをしている。そして広場では3日後に行われる「100年祭り」の準備が行われていた。


「今年のお祭りは100年に一度の祭り…たのしみだな~」


 淋しそうに広場を見つめるミリアの横でドギがそう言った。ドギは今朝も夜明け前に漁師の村へ行き、新鮮な魚の仕入れの手伝いをして村に戻ってきた。毎朝早くに出かけるもんだからドギは疲れていたんだろう、大きく伸びをした。伸びたその手を下ろそうとした瞬間、手を払いのけて割って入った果物屋の末っ子スカヤがこう言った。


「ほんと楽しみだね~。ミリア、ドォギー おはよ!」

「おはよう、スカヤ」

「おっす。」


 ミリアとドギにあいさつを交わしたスカヤは、先ほどのドギの行動をすかさず報告した。


「ミリア、今ねドギがさぁ、ミリアの・・・・・・」

「スカヤやめろっ!」

「いやぁ、これはちゃんと報告しと・・・・・」


 ドギは、すべてが報告される前にスカヤを止めた。その妨害を掻い潜り、の全てを報告しようとするスカヤ。この攻防はしばらく続いていた。その様子をクスクスと聖母のような暖かい微笑で見守りながらも、ミリアの可愛くて悪気のない鋭い攻撃が入る。


「ミリアの?・・・ドギさん?」

「えっとミリアの~、おいっ!スカヤ」

「えっ?ドギ言っちゃっていいの?」

「え、あ、だめだめだーめっ!」


 ドギは自分がミスを犯してしまったことに気が付き、慌ててスカヤの口を封じ込めようとしたが、スカヤは素早く身をかわし、今にもドギの行動を話してしまいそうになっている。その攻防戦という名の追いかけ合いがミリアを中心にクルクルと繰り広げられている。

 ミリアは自分の周りをクルクルと回っている二人を見て笑顔だったのだが、その表情が突然不安で曇りだした。こんなにも幸せで楽しい毎日がいつまで続くのか?今日にでもこの村は……そんな不安と嫌な予感が、ますますミリアの表情を曇らせてしまうのだろう。そんなミリアの様子に真っ先に気が付いたドギは突然立ち止まった。その後ろからは、突然立ち止まったドギに間一髪当たる寸前、靴を鳴らし急ブレーキで止まったスカヤがすかさずドギに抗議した。


「ちょっとドギっ!」

「あーごめん。……ミリア?」


 ミリアに優しく問いかけるドギ。ミリアを不安にさせている原因を聞き出そうとしたが、ドギには分かっていた。いや、スカヤも、この村に暮らすものはみんな分かっていた。ミリアは、肌身離さず持っている琥珀こはくの首飾りを強く握りしめていた。


「伝説なんて…気にすることないよ。」


 ドギがミリアに今かけられる精一杯の励ましの言葉だった。弟分のスカヤも分かっていた。この村に伝説があって、それはすっごく怖いことで、だけど…だけど!


「ミリアそんな顔しないでよ。大丈夫!勇者さんが来てくれるんでしょ。」


 スカヤも不安だった。しかしスカヤは知っているのだ。言い伝え通りこの村に勇者さんがやってきてそれで助けてくれるってことを。


「そうよね。スカヤ」


 スカヤは大きくうなずいた。


「そうじゃよ、ミリア。」


 そう声をかけてきたのは、時計台の灯り守をしているこの村の長老だった。


「あ、おじいさま」

「ミリアよ。また感じるのか?」

「なんとなく…邪悪な気配が…」


 胸の琥珀こはくの首飾りを握りしめながら、ミリアはそう呟いた。また少し不安そうに俯いている。ドギもスカヤも少し不安になる。おじいさんは、不安ながらも暖かい表情は変えずに、村の子どもたちを見ている。そんな不安な気持ちを切り裂いて、ぱぁ~っとあたりを明るくしてくれるのは……ドギだ。


「ミリア大丈夫だよ。なーんも心配する事ないよ。僕がミリアを、村のみんなを守ってみせる!あの満月に誓って!」

「満月?朝になったばかりだけど・・・。」

「ドギ~大丈夫?!」

「ほっほほほ…」

 ミリアの言う通り、太陽が東の空から上っている。朝だ!スカヤにだけは、「大丈夫?」とか言われたくない。ドギが本気で見間違ったのか、場を明るくするために言ったのかは定かではないが、ミリアやスカヤの不安な気持ちが少し晴れたのは確かな事実だ。そんな穏やかな雰囲気は、長老のゆったりとした笑い声でも確認ができる。

 モコチャの村には古くからの言い伝えがある。その起源を知る者はいないが、途絶えることなく口伝えで受け継がれている。毎年行われる満月の祭、しかし100年に一度満月の祭りの夜に邪悪なものがやって来てこの村を襲うのだという。今年は、ちょうど100年目にあたるのだが、邪悪な者たちの姿は確認されていない。ドギは未だ見ぬ敵におびえながらも、どこか安心している一面もある。だがミリアや長老は少し違っていた。姿は見せないが、悪に満ちた恐ろしいものが近づいてきている。この村に近づいて何をしようというのか…。そんな形のないものが確実に近づいてきているであろうことを二人は感じている。スカヤも徒ならぬ気配は感じているが、それと同時に、何とも言えない暖かくて力強い気配も感じていた。スカヤは、その力強い気配は僕たちを救ってくれる勇者さんや占い師さんに違いない!そう信じていた。


「何が大丈夫だ?スカヤー」

「わーやめろよドギー」

 スカヤは逃げ惑う。それを追いかけるドギ

「えっ。ちょっとみんなまってよー。」

 ミリアもその後を追いかけている。

「ほっほほほ……」


 モコチャの村の中央の広場には、いろんな店が立ち並び新しい一日が始まろうとしている。そして村の外にはモコチャの村をめざして旅する者たちがいた。



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