第6話

 翌日、放課後。部室には笹木も含めて相談部員全員が揃っていた。小淵さんは今日は古典部に行く日だったが、昨日のこともあってか相談部の方に先に寄ったらしい。

 そしてそう時間の空かない内にドアが開き、亀梨さんが入ってくる。


「失礼します。」


 今日も顔を伏せたまま礼をする。


「…」


「あ、ありがとうございます。」


 昨日と同じく月雪さんに薦められた椅子に座り、そして顔を上げる。

 昨日よりも人数が増えたからか、顔ぶれを見渡し


「…っ…」


 再び顔を伏せる。

 今度はまるで顔を隠すかのように。


「そんなに緊張しなくて結構です。私達は無理矢理悩みを聞き出すわけではありません。時間が必要でしたらゆっくりで構いません。」


 小淵さんが言う。

 今日は5月1日。基本的に部活動が始まる日だ。入部した後輩と自己紹介をし、これからの1年間を共にするものとして大切になるだろう日。

 亀梨さんが悪いわけではない。が、小淵さんが兼部していることを知っている身としては申し訳ないが急いであげて欲しいとも思う。

 だが、小淵さんは俺とは違い心から言っているようだった。


「恋愛相談、といいますか…」


 顔を上げ、真正面に座る小淵さんを見る。

 何故かこちらを視界の端で見ている気がするが、笹木から俺が部長ということでも聞いたんだろうか?


「その、彼氏とよりを戻したくて…」


「…」


 誰1人として言葉を返さない。返せない。

 それでも亀梨さんは続ける。


「私とその彼氏、元ですけど、は幼馴染で、保育園からずっと一緒で。私はずっと好きで、小学校までは出来るだけ一緒に登校して、中学校では一緒に登校はしなかったんですけど、彼の入ってる部活のマネージャーしたりして、必死にアピールしたんです。そしたら、中学2年の時に彼から告白してきてくれて、やっと付き合えることになったんです。」


「…」


 俺も含めて何も声を発しない。

 全員がわかっていたから。これは相談であり、元交際相手と言っていることからこの後よくないことが話されるであろうから。

 決して惚気を聞かされているわけではない。


「それからは本当に楽しい日々でした。彼は友達にからかわれて恥ずかしそうにしていましたが、私の友達は祝福してくれて。お互いの親にも気が付かれてしまってからかわれたりとか。恥ずかしかったけど嬉しくて。初めてデートに行った時に彼から手を握ってくれた時は顔から火が出そうで。彼の顔もすごく紅くなっていて、それがすごく愛おしくて。その日は午後から雨の予定だったので、折り畳み傘も持っていったんですけど、彼も傘を持ってきてくれていて、気を遣ってくれてることに嬉しくなっちゃって、相合い傘をする為に折り畳み傘を隠したりして、その日はそのまま帰ったんです。まだ4時くらいで晴れだったらもっと一緒にいれたのにとか、思っていたんですけど、家の前に着いた時に「これから何回も行くんだから」って言って彼自身が恥ずかしがってるのを見て嬉しくなって…」


 間違いなく惚気ですね。はい。お幸せに。

 新川さんは頰に手を当てて可愛いものを見る目を向けているし、宵川は1人で盛り上がっているし、水月は顔を紅くして話を聞いているかすらわからない。


「…本題に入って貰ってもいいですか?」


「え、本題なんですけど…」


「貴女とその交際相手の惚気話を聞かせるのがですか?」


「いえ、そうじゃなくて。その後も順調に言っていたと思うんですけど、中学3年の夏頃、彼は県予選まで進めなくて部活を引退って形になったんですけど、その後すぐに別れを切り出されちゃって…」


「その人から理由は聞いていないんですか?」


「それが、受験勉強が忙しくなるからって。」


「はい?…なら、それが理由なのでは?」


「絶対違います!」


 俯いていた顔を上げ、小淵さんを睨むように見る。


「本当に受験勉強が理由ならもうやり直してもいいじゃないですか!それなのに…」


「本人にそう言ったんですか?」


「何度も言いましたけど、言うたびにはぐらかされちゃって…」


 相当心にきているのか涙を溜めている。


「無理はしないでください。内容は理解しました。その彼が別れた本当の理由を知り、復縁したいと、そう言うことですね。」


「…はい。」


「相手が復縁したくなかった場合はどうしますか?」


「…っ」


「厳しいことを言いますが、復縁したいというのは現状貴女の希望です。相手が復縁することを望んでいないならそれは貴女が相手に希望を押し付けているだけです。」


「…はい。」


「…ごめんなさい。言い過ぎました。相談部としても真剣に取り組みますが、貴女の希望に完全な形で沿えるとは限らないということを覚えておいてください。」


「…はい。ありがとうございました…」


 亀梨さんは部室を出て行こうとする。


「最後に、相手の名前を教えてもらえますか?」


「航平、宇川航平です。失礼しました…」


 亀梨さんが部室から出ていった後、再び沈黙が訪れる。この前の比ではない。

 笹木もばつが悪そうにしている。


「笹木先生。1回目がこれは重くないですか?」


「…すまん。」



***



「さて、これから何をしていくべきか考えましょう。」


「…質問。」


 月雪さんが顔の横くらいの高さまで手を上げながら言う。


「相談って何かしなきゃいけないの?」


「どういうことですか?」


「私は話を聞いて助言するくらいだと思っていた。だからそもそものことを決めるべき。」


 眠たげな眼差しが部員の顔を一周する。そして最後には笹木の顔を向いて停止する。


「そうだな。私、というか文部科学省としては多様な価値観から同年代の問題の解決を図るって感じだったから月雪の言う通り助言だけで済むならそれでいいし、すまなければ解決まで手伝う事までやってもらいたいな。」


「はい。」


「なるほど。」


 小淵さんはあごに手をやり頷いている。


「すみません、月雪さん。他の人も月雪さんと同じ考えだったならすみません。私の思い込みで勝手に相談を先送りにしてしまって。」


「大丈夫ですよ。」


「大丈夫です!」


「なぁ、継野?どう言うことだ?」


「…あとでな。」


 水月はおいておくとして、月雪さんには驚いた。俺も小淵さんと同じ考えで、そんなこと考えもしなかった。


「では、改めまして。今後の方針を考えましょう。1人1個、思いついた方から言うという形で進めましょう。」


「はい!元々好き合ってたんですから、何か特別な事情があるんだと思います!直接聞くのが早いと思います!」


「私は宵川さんに賛成です。一方の意見からでは正しく判断することは難しいと思います。」


「俺は亀梨さんにもっと詳しく聞くべきだと思う。今日の話は必要ない話ばっかりだったからな。」


「はっきり別れさせる。そのために当事者の2人を呼び出す。」


「あっ、オレもそれがいいと思うぜ!別れるかはともかくやっぱ、はっきりさせるには直接顔合わせるのが一番だろ!」


「私は、亀梨さんに相手の方を諦めて貰うのが良いと思います。亀梨さんの話によると相手の方は好意が無いようですし。」


「…さて、一先ず6人の意見を共有できたわけですが、笹木先生、この後は多数決ですか?」


「ん?そうだなぁ…自由でいいぞ。多数決でも良し。相手を納得させるも良し。そして、1人1人が別々に動くも良しだ。だがまぁ、この相談部を知ってる生徒も多くはないから、1人1人で動くと不信感を与えると私は思うぞ。」


 その後、話し合いが平行線を辿ったため解散ということになった。

 帰り道、水月に加えて小淵さんと並んで帰る。今まで一緒にならなかったのは不思議だったが、ずっと思考を巡らせている様子で話しかけるのは躊躇われた。

 一方、水月は少し目を離した隙に飲み物を買ってきていたり、気づくと3人分のクレープを持っていたりと気にせず小淵さんに話しかけていた。



***



 帰宅し、夕食を食べながら話題として未来に相談部のことを話してみた。


「今日、初めて相談者が来てさ、その相談の内容が元彼とヨリを戻したいってことらしいんだよ。」


「…あっそ。」


「へぇ、何年生だったの?」


「未来と同じ1年の女子。中2から付き合ってたんだって。」


「あー、もしかしてあれかしら?受験勉強が忙しいから?」


「男の方がそう言ったらしい。でもそのあと復縁はしてないって。」


「今時遠距離恋愛っていってもケータイでいつでも話せるのにねぇ。」


「ん?いや、遠距離恋愛じゃなくて、両方うちの高校だよ。」


「そうなの?健気ねぇ。」


「え?」


「だって好きな人と一緒に入るために同じ高校に入ったんでしょう?若いっていいわね。」


「まぁ、そうだけどさ。」


「それで、その後はどうなったの?」


「その後は普通にこれからどうするか話し合ったんだけど意見がバラバラで今日は解散ってことになったんだよ。」


「まぁ、そうなの。」


「何嬉しそうな顔してんの?」


「青春ねぇと思って。何事も勉強よね。それに光も楽しそうじゃない。」


「そうかな?」


「まぁ、頑張りなさい。最初が肝心よ。」


「そうだね。」


 少しは話せば変わるかと思ったけどそうでもないみたいだ。


「未来はどう思う?」


「どうでもいい。」


「未来なら相談してきた子のことも俺より理解できるんじゃないか?」


「うるさい。」


「そうだ。未来も悩みがあったら相談してくれていいからな。俺に手伝えることならなんでもするぞ。」


「うるさいってば!」


 また俺は調子に乗ってしまったらしい。


「なんなの!?私に対する嫌がらせ?恋にうつつを抜かしてても入れるのにってこと!?最っ低!私は同い年に興味ないの!それに変な部活に入って、楽しんでる自慢?楽しそうで良かったね!…ずるいよ。」


 そう、まくしたてて立ち上がる。


「未来。お兄ちゃんがそんなこと言ってないってわかるでしょ。」


「わかってる!」


 母さんの声で椅子に座りなおし、食事を再開する。未来はそっぽを向いて俺とは目を合わせようとはしない。


「青春ね〜。」


「…うるさい。」


 2人が何を話しているのかは分からなかったが、また未来に怒られそうなので今日は話しかけないことにした。度々視線を感じた気がするが気のせいだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る