第5話 はじめての相談者

 相談部が発足して1週間。全員が毎日、部室に集まっているが、この1週間の内にしたことといえば、連絡先の交換くらいだ。相談者は誰1人としてきていない。新川先輩は読書をし、一年生組は課題をやり、水月は飽きもせずに話し続けている。もう見慣れたこの光景がこれからも続くとなると、何か時間を潰せるものを用意してきた方がいいかもしれない。

 部室のドアが開く。自然と全員の眼差しがそちらへ向いた。


「おー、やってるか?」


「はぁ…」


「おい、継野。人の顔を見て溜息とは何だ」


「いえ。相談に来た生徒かと思いまして」


「まだ誰も来ないか」


 部室内が静かになる。話し始める人を待つ独特の雰囲気だ。


「入学で不安を抱えた1年とかが来ているかと思ったんだがな。外れだったか」


「先生。質問してもいいでしょうか?」


「ん、なんだ?」


「終了時刻は何時何分ですか? 今までは曖昧のままきたので」


「そうだなぁ。授業が終わるのが4時、部活が始まるのが4時半で、他の部活は6時ごろまでが殆どだったな。まぁ、部活を途中で抜け出して相談には来ないだろうし…5時頃まででいいんじゃないか?」


「わかりました」


 俺や水月は話すことややることがなくなったら適当に帰っていたが、もしかして今まで小淵さんは部活終了の時間まで待っていたんだろうか。


「まぁ、1年が実際に部活に入り始めたら悩みも出てくるだろ」


 そう。実はまだ、他の部活は活動していない。4月の間は部活準備期間とされていて、1年の体験入部のために説明会や実際に部活内容を体験したりできる期間となっている。そのため、活動が本格的に始まるのは1年の入部が決まった5月からだ。

 5月になれば他の部活も部室に出入りする機会が増えて部室棟も混むのだろう。昇降口なども含めて汗臭くならなければいいが。


「相談部自体も知られていないだろうしな、誰も来ないのに待たせるのも可哀想だ。 …よし、5月まではここに集まらなくてもいいことにしよう。入部は強制したし、それくらいはいいだろう。もちろん、使いたかったらこの部室は自由に使っていい。1年組は課題をやっているようだし、自習室として使うのでもいい。じゃ、そういうことだ」


 言い残して、笹木は部室を去っていった。残された俺たちは顔見合わす。月雪さんだけは課題の手を止めていない。

 再び沈黙が訪れたが、今度は水月が立ち上がった。


「継野、帰ろうぜ!」


 今日は今までよりも早い。が、笹木も言っていた5時は過ぎているし、帰っても問題ないだろう。


「そうだな。帰るか」


「じゃあな!」


「先に失礼します」


 水月に連れられて学校を出る。時間があるからと言う水月に振り回され、いつもより疲れることになってしまった。





***



 4月の最終週の火曜日、5月は明後日からだが、久し振りに部室に寄ってみた。ドアを開けると、小淵さんがただ1人、本を読んでいた。ドアの開く音に気づいたのか、こちらに目を向ける。


「小淵さん、久し振り」


「あっ、継野君。久し振りですね。今日はどうしたんですか?」


「水月が家の用事があるって先に帰って時間が余ったから、久し振りに寄ろうかな、と」


「水月さんと仲いいですよね。もしかしてお付き合いされてるんですか?」


「してないよ。あいつはなんというか、男友達的な感覚というか」


 2週間ぶりに座る椅子。4月から使っていた日数の方が少ないのに、なんとなく定位置のような気がしている。


「今日も相談者も来なかった?」


「ええ。始まってから誰も相談には来てません。この様子じゃ1年間誰も来ないかもしれませんね」


 小淵さんは冗談めかして笑う。


「それはそれで楽かもしれないね。」


「私は退屈かもしれません。」


「他の人は来てないの?」


「たまに新川先輩と月雪さんが来ました。あと笹木先生も」


「もしかして小淵さんって毎日来てたの?」


「はい。することもありませんでしたから」


 何日も1人で待っていたのだらうか。サボっていた俺が言えることではないが、悪いことをしてしまった。


「継野さんは来たところで申し訳ありませんが、実はそろそろ帰ろうかと思っていたんです。継野さんはどうしますか?」


「そうだね。俺も帰ろうかな」


 椅子を元に戻し、部室から出る。小淵さんがポケットから当たり前のように鍵を出し、ドアを閉めていた。




***




 翌日の放課後。ドアを開け、部室に入る。今日は小淵さんに加えて月雪さんがいた。


「継野さん、今日も来たんですか? 5月は明日からですよ?」


「今部室に来てる小淵さんがそれ言うの? 俺は今日からも明日からも変わらないかなって思って。迷惑だった?」


「…いえ、迷惑ってことはありません。」


「月雪さんは久し振り」


「…」


 課題から顔を上げ、俺の目をじっと見たかと思うと、お辞儀をし、また課題へと戻っていった。やはり無口な子だ。


 ドアが開く。そこに立っていたのは笹木先生。そして、その後ろに1人の女子生徒が立っている。


「おっ、いたか。小淵に継野に月雪、3人か」


「今日はどうされたんですか?」


「1人相談者を連れてきたんだ。入っていいぞ」


「は、はい」


「…どうぞ」


 いつの間にか月雪さんは課題を止めていて、入ってきた女子生徒に椅子をすすめていた。

 女子生徒は月雪さんにすすめられた椅子に座り、しばらく顔を伏せ黙り込んでいたが、軽く顔を上げ、懺悔するかのような表情で口を開いた。


「…ここで相談にのっていただけると聞いていたんですが…」


「はい。どのようなご相談ですか」


「その、恋愛のことです」


 最初の相談は恋愛。母さんが言っていた通り、学生だとこのような悩みが多いのだろうか。


「…それは緊急性のある話でしょうか?」


「い、いえ。そこまで急いでるわけじゃ、ないんですけど…」


 声の大きさが尻すぼみに小さくなっていく。


「少しきつい言い方になってしまって申し訳ありません。こちらの都合なのですが、相談部の部員は全部で6人いますりですから、6人集まっていた方がより多くの意見が出るので解決に近づきやすいかと」


「あー、それはこっちのミスだな。すまん。亀梨もすまない」


「い、いえ」


 相談者は亀梨さんというらしい。


「5月からは来るように言ってあるから明日からは時間がある時でいいから来てくれ。時間は放課後の1時間だ。部活は?」


「いえ、その… まだ決まってなくて。」


「大丈夫だ。4月は準備期間とは言っているが、その間に決まらない生徒も少なくない。なんせ部活数も馬鹿みたいに多いからな。それを2、3年はわかってるから、5月や6月を過ぎて入っても嫌な顔はされないよ」


「そ、そうなんですか。よかったです」


「今日はこっちの不手際だ。本当にすまなかった」


「い、いえ、大丈夫です」


「時間があるときにまた来てくれ」


「わかりました」


「亀梨さん、せっかく相談に来てくれたのに追い返すみたいになってごめんなさい」


 頭を下げる。出来る限り早く解決してあげたいものだ。


「…い、いえ。こちらこそ空気読めなくてすみません。失礼しました」


 そう言って亀梨さんは部室を去っていった。それに続いて笹木も出て行く。


「…」


「ん? どうしたの小淵さん?」


「いえ、継野くんって気とか使えるんですね。」


「どういう意味!?」


「あっ、その。馬鹿にしているとかじゃなくて。ほら、さっきの子に丁寧な言葉遣いしてたじゃないですか。男子って後輩に対して初対面でも馴れ馴れしい人多いと思っていたので、偉いっていうと上からになってしまいますけど、感心しました」


「あー。確かにね。クラスにそんな感じの人いるかも」


 知り合いなのかもしれないけど、やっぱり後輩からしたらどうなんだろうとは思ってしまう。


「って、俺も小淵さんに対して馴れ馴れしかったよね。ごめん」


「あはは… はい。正直に話してしまいますと、最初はこう、なんていうんですか? チャラチャラした人なのかなって思いました」


「ごめんなさい。気をつけます」


 気をつけます。本当に。初対面の印象って大切だから。


「今はそんな風に思ってませんよ。何回も会話しているうちに継野くんはそんな人じゃないってわかっていますから」


「ありがとうございます」


「もう! 敬語はいいんですってば。今更丁寧なのはやめて下さい。部活が気まずくなってしまいます」


「うん。これから初対面の人には気をつけるよ」


「それは置いておくとして、私達いる意味あったのでしょうか? もし来ても先程のように断ってしまうことになりますし、今日は解散にしませんか?」


「そうだね。月雪さんも、」


 さっき小淵さんに注意されたんだった。


「月雪さんは、その、どうしますか?」


「…」


「え、えっと…」


「…敬語は合わない」


「あっ、はい」


 月雪さんはそういうと課題を鞄にしまい、席を立った。空になった部室に小淵さんが鍵を締める。


「今日は俺が返してくるよ」


「大丈夫ですよ?」


「今まで返しに行ってもらってたみたいだし1度くらいはね」


「…ありがどうございます」


 少し迷ったみたいだが、鍵を手の上に乗せてくれた。こう言うとアレだが、軽く触れた水月よりも柔らかい手にどきどきした。


「じゃあ、明日からよろしくね」


「はい。よろしくお願いします」


 小淵さんは昇降口に歩いていった。


「…」


「月雪さん?」


「…」


 月雪さんは一度頭を下げてから昇降口へ歩いていった。もしかして、感謝されたのだろうか。




 鍵を返し家に帰る。

 明日からは本格的に相談部が始まる。何をするわけでもないだろうが、明日に備え、いつもより早くベッドに入った。

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