第3話 はじめまして

 放課後、笹木に連れられて、俺と水月は相談部の部室に向かっていた。部室棟は学年の棟よりも大きく、各棟から渡り廊下でつながっている。


「部室ってどこですか?」


「部室棟の1階の中央だな」


「まじですか」


「ああ」


「部員そんなにいるんですか?」


「いや、6人だな。…だいたい500人に1人か。そのうちの2人がなんと! 私のクラスから…」


「いや、先生が選んだんでしょう」


 1階は人数の多い部活が優先して使用していると聞いたことがある。


「あっ、そういえば1階にもひとつだけ小さい部室あったな」


「そうなのか?」


「ああ。教室2個分くらいか? なんか他の部室と比べて1つだけ小さいんだよ。陸上部の部室も1階だから見たことある」


「まさしくその部屋だ。元々は別の目的で使う予定だったらしいが、それもなくなり、今ままでは、部室棟以外に部室のあるサッカー部が使用していたんだが、今年からは相談部の部室となった」


「めちゃくちゃ反感買いそうですね」


「仕方あるまい。相談部は学校が作ったものだからな。それに、部員に対して半強制という面もあるから、あまり負担をかけるのはどうかという話になったんだよ。不登校になられても困るしな」


「不登校って大袈裟では?」


 部活を強制されたくらいで。…ん?うん。普通ではないな。


「大袈裟なくらいしておかないと、もし、そうなった時に苦情がくるだろう。実際、人間関係のトラブルで不登校になる、なんて珍しくもないからな」


 笹木に案内された部室は、まるで裁判所のように1つの椅子の三方向を机と椅子が囲んでいる。部室にはすでに2人の生徒が来ていたようだ。


「笹木先生、そちらは部員の方ですか?」


「新川と小淵だな。1年生組はまだか」


「はい。お二人はこちらへどうぞ」


 俺と水月は勧められた椅子に座る。


「先生、部員は6人と仰っていましたよね。残りの2人は1年生なのですか?」


「あぁ、月雪と宵川といったな。連絡はされているはずだし、そのうち来るだろう」


 先程から笹木と話している生徒は、ネクタイの色を見るに俺たちと同学年らしい。


「失礼しまーす。相談部ってここであってますかー?」


「…失礼します」


 黄色のネクタイをした2人が入ってきた。


「ちょうど来たな。こっちに掛けてくれ」


「これで全員ですね。初対面の方がほとんどだと思いますから、自己紹介から始めましょう。まずは私から。2年25組の小淵おぶち 瑠花るかです。趣味は読書、去年は古典部に所属していました。今年から相談部に所属するにあたり、時間に余裕もなさそうなので、古典部は退部してきました。不慣れなことでご迷惑をおかけするかもしれませんが、これからよろしくお願いします。次は…先輩ですよね? お願いできますか?」


新川にいかわ 恵子けいこと申します。3年生ではありますが、部活動は今回が初めてになります。よろしくお願いいたしますね」


 会釈ともに揺れる金色をどこかで見かけたような気がする。


「オレは水月紅葉だ。陸上部は辞めてきた!よろしく、お願いします」


 最後だけ敬語になった水月に次いで自己紹介する。


「継野光です。部活には所属していませんでした。よろしくお願いします」


宵川よいがわ 晴亜はるあ、一年でーす! えっと、中学の時は部活には入ってませんでした!」


月雪つきゆき 白音しらね。1年。よろしく」


「で、顧問の笹木だ。じゃ、仲良くやれよ」


 そういうと、笹木は背にしていたドアを開け、部室を出ていった。止める暇もなく、しばらく静寂に包まれた。


「…え? 終わりなのか?」


 俺の考えを代弁するかのように水月が呟いた。


「笹木先生に聞きましたが、今日は顔合わせと部長・副部長を決めるみたいです。部長と副部長、どちらかしたい方いますか?」


 小淵さんの言葉に反応する人はいない。


「なら、私が副部長をさせてもらいます。良いでしょうか?」


 質問にこたえる声は上がらなかった。


「では、私は決定ということで、ここは男女で1人ずつの方がバランスがいいかもしれませんね」


「ですね! 男の人なら頼りになりますし」


「…」


 新川先輩の言葉を皮切りに、宵川さんと月雪さんも俺を部長にさせようとしてくる。さっき顔合わせたばっかりなのに息ぴったりですね。


「おい、継野が可哀想だろ! 公平にじゃんけんにしようぜ!」


 やばい。今回ばかりは水月がかっこよく見える…


「ほら、さっさと決めて解散しようぜ!じゃんけん、ーーー」




***



「で、結局継野になったわけか」


 コーヒーが好きなんだろうか。また飲んでいる。


「なんていうか、お前も運がないなぁ〜」


「そうみたいです」


 苦笑いを返す。

 ジャンケンで部長になった俺は、そのことを笹木に伝えに来ていた。さっさと帰るつもりだったのに、コーヒーを出され、ここに留まることになった。


「って、コーヒーフレッシュか砂糖ないんですか?」


「ん? あぁ、白いやつか。えっと……ほれ。1個でいいか?」


 コーヒーメーカーの近くに置かれていたらしい。こちらに向かって投げてくる。


「はい。ありがとうございます」


「普段は飲まないのか?」


 首を傾げながら訪ねてくる。


「両親が好きだったので、中学の時はカッコつけてブラック飲んでましたけど… うまいって感じたことはなかったですね。一度やめたら、それ以来コーヒー自体飲まないです」


「あぁ、確かに。ブラック飲めたらカッコいいって思う時期あるよな。私もあった。というかかっこよくないか?」


「…なんででしょうね。やっぱり、周りと違うことに憧れるんですかね」


「まぁ、憧れる憧れないはともかく、周りと違うからこの部活に入らされてるんだけどな」


「…」


「で、顔合わせした感じどうだ。やっていけそうか?」


「まだわかりませんよ。まぁ、男が一人だけってのは少し窮屈かもしれません」


「男子を増やすか?」


「いえ、結構です」


 思わず口に出てしまったが、笹木は笑った。


「そういうとこ、正直で嫌いじゃないぞ、私は」


「先生の言う通りでしたから」


「ところで、天は二物を与えないってのは本当だと思うか?」


「本当じゃないでしょう。水月だって陸上の才能があるんですから」


「そうだな。羨ましいことだ」


 再びコーヒーを入れにいった。飲むの速いな。


「先生は水月みたいに何かないんですか。もう一つ」


「失礼なやつだな。先生の才能があるだろう?」


「それって才能なんですか」


「さぁな」


 背もたれに寄りかかるように座った笹木は、マグカップを机に置くと、こちらを見てきた。


「それよりもしかして私のこと口説いてんのか?」


「はい?」


「もう一つってことは私の容姿は整ってると認めたってことだろ?」


「なんですか、その遠回りな褒め方?」


「好きだろ? 回りくどいの」


「いえ、そんなことありませんけど」


 そんな風に思われてたのか。どちらかというと逆なんですけど。


「ちなみに、私はストレートに言われたい派だ」


「いえ、口説いてませんし、聞いてませんから」


「なんだよ、お前ならすぐ快諾してやるぞ?年収私より高くなりそうだからな」


 金目的かい。


「なんですかそれ。今は人を養えるだけの収入はありませんよ。バイトで養えるほど楽な世の中じゃないですし」


「ん? バイトしてるのか?」


「はい。週2日ですけど」


「いいなぁ、高校生らしくて」


 なんだか遠い目をしている笹木を尻目に、俺の視線はドアを向いている。帰りたい。


「他の先生も顧問やってるからこの時間は滅多に来ないぞ」


「そうですか。じゃあ、そろそろ失礼します。コーヒーも飲み終わったので」


 借りていた椅子を戻し、退出しようとすると呼びとめられた。


「ああ。 …継野は私と話すの苦手では無いか?」


「はい? ああ、先生と世間話ってことなら、嫌いってほどでも無いですけど… 少し苦手かもしれないです」


「私は特別ってことか」


「そうですねー、先生は先生らしく無いですからね」


「ふん、成績下げるぞ?」


「冗談ですからやめて下さい。教師が言うのは洒落になりません」


「やっぱり面白いな」


「そんなことないと思いますけど… じゃあ、今度こそ失礼します」


「ああ、気をつけて帰れよ」


「はい」


 礼をしてドアを閉める。廊下を歩き、昇降口を歩いていると、ポケットのスマホが震えた。取り出してみてみれば、画面には『母』の文字。


「もしもし」


「あっ、光? もう帰り?」


「まだ学校。今から帰るよ」


「了解。今日もお父さん夜遅くなるみたいだから、未来みらいの入学祝いと光の進級祝いなんだけど、明日でもいい?」


「別にいいけど」


 されるだけでもありがたい。


「ごめんね。代わりに明日は何か食べたいもの作ってあげるから。今から何かリクエストある?」


「なんでもいいよ」


「もう… お母さんの料理がなんでも美味しいからってなんでもは困るわ。相変わらず光は甘えん坊ね」


「なんだその妙な自信。じゃあ、納豆カレー」


「それでいいの?」


「うん」


 好きなのだ。納豆カレーが。何を言われても。あの、合うわけないだろ、と思っていた当時の衝撃は今でも忘れられない。


「まあ、お母さんからしたら楽だけど、もっと手間かかるものでもいいのよ?」


「う〜ん、なら、焼き鮭?」


「…毎回思うけどすごい食べ合わせ悪そうね。まぁ、今回は特別な日だからね。わかったわ」


「帰ってからじゃダメだったの?」


「今から買い物出ようと思って。光が帰ってくる時に多分帰ってないだろうから、鍵開けて入ってね」


「わかった」


「新学期だからって浮かれて車に轢かれないように」


「わかってるよ」


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