第2話 入部届け
翌日の昼休み。俺と水月は笹木に呼び出された。
「何の用だろうな?」
「お前がなにかしたんじゃねぇの?」
「オレ? なにもしてない、はず。してないよな?」
「しらねぇよ」
「でも継野も呼ばれてるってことは継野もってことだよな」
本当に心当たりがない。昨日はすぐに帰ったし。
笹木は体育科の教師なため、普段、体育館の横に併設された体育科室にいる。遠いので早く終わらせたい。
「失礼します」
「おぉ、継野に、水月もいるな。よく連れてきてくれた」
「…もしかして、俺はただの付き添いですか?」
「いや、安心しろ。2人に用事だ」
「なにも安心できませんが…」
笹木は片手にマグカップを持ちながら、机の引き出しを開き、小さめのプリントを出した。
「これを書いてくれるか」
「入部届けですね」
「ああ。部活名は相談部と書いてくれ」
「じゃないですよ。俺、部活に入る気ないんですけど」
「オレも陸上部があるぞ」
「残念ながら、強制なんだよなぁ…」
笹木はカップに口をつけながらおざなりに言う。
「嫌ですよ。なんのメリットもないじゃないですか」
「メリットならあるぞ」
予想していたかのように即答され、一瞬言葉が詰まった。
「…どんなですか?」
「部活に入ることによる内申点。推薦を狙うならかなりのメリットだと思うが?」
「部活に入ってるかどうかは関係あるんですか?」
「…多少な」
「それってオレでも推薦でいけますか!?」
「いや、水月は、厳しいな。だが、推薦でないにしろ、成績は考慮されるはずだ。一応、奉仕活動の一部としておくからな」
「おぉ!」
「それに、継野にはさらなるメリットだ」
「何ですか」
笹木はにやけ顔で口を開いた。
「さっき確認したが… 相談部の部員は継野以外全員女子だ」
「それがメリットですか」
部員が女子だけの部活は普通に存在する。ただ明らかに気まずくなるだろうから誰も入らないだけで。
「まぁ待て。分かっている。継野が気にしているのは容姿だろ?」
「いえ、違いますけど」
「なんと、容姿は全員水月並だ!」
「オレ?」
首を傾げている水月の顔を見る。なるほど、水月は顔だけなら間違いなく整っている。顔だけなら。
「どうだ? 嬉しいだろう。女子だろうとブスだったら嬉しくないだろうからな」
「教師がそんなこと言っていいんですか」
「駄目だな。チクるなよ」
「…」
あっけらかんと言われる。なら、もう少しためらうなりしてください。
「それにな、女ってやつは化粧で化けるんだよ。それこそ男からしたら詐欺ってレベルでな。そういう技術があるのに習得する努力もしてないやつならなんて言われたって仕方がないだろ」
「そうですか。…いえ、仕方なくはないと思いますけど。化粧って大丈夫なんですか?」
「別にそれを落とせとは言わない。で、どうだ、やる気出てきただろ?」
正直に言えば期待はしてしまう。だが…
「いえ。その、容姿はともかく性格は?」
「…」
「えっ…性格は?」
普通の質問だと思ったが答えは返ってこない。
「継野、なんでお前たち2人が相談部に選ばれたと思う?」
「いきなり何ですか。質問に答えてもらってないんですけど」
「それはな、昨日のアンケートだ。重視したのは特に裏面だな」
「あれですか」
新学期初日から右手首を疲れさせたやつ。
「あれを元にして、周りと違う生徒。言い方は悪いが、難のあるやつを選んだ」
「あれだけで、ですか」
「まぁ、独断と偏見も多分に含んでいるが。というか私の場合、それの方が比率は高いかもしれない」
「おい!」
「つまり、まぁ、そういうことだ。そもそも、私の目に止まるようなやつを書いたお前が悪い」
いや、そんな抽選でのテクニックみたいなこと意識してたわけじゃないんですが。
「他の部員も周りと違う回答をしたと?」
「そうだな」
「ですけど、だからって変人ってわけじゃないですよね?」
「それは、人によるんじゃないか?」
「俺、真面目に書いたつもりなんですけど」
8割は埋めたし。欲望に負けず普通の大きさの字で書いたし。
「いや、お前のは、はっきりいってしまえば、気持ち悪い。というか、お前に決めた後、寂しいかと思って水月も選んでやったんだぞ?」
「余計なお世話過ぎる…」
水月が一緒だと余計に疲れる。
「今日の放課後顔合わせがあるからな。空けとけよ」
「なあ、先生? オレは陸上部を辞めなきゃいけないのか?」
「兼部でもいいぞ。幽霊部員とかになると話は別だがな」
「なら…」
「だが、そうだな…」
「な、なんだよ」
笹木が水月を手招きし、顔を寄せた。近くとはいえ、流石に内容は聞き取れない。
「…」
「…」
昼食もまだなので、時間かかるなら帰ってもいいだろうか。
「先生、入部します!」
「よし! 頑張れよ」
話が終わったのか、水月が声をあげた。
「あと、退部届けもください!」
「わかった、少し待っててくれ」
「ちょっと待て!」
いつの間にか水月が入部にやる気になり、そして陸上部を辞める気になっていた。
退部届けを受け取る水月を手招きし、耳に口を寄せる。
「水月? 入部はともかく陸上部を辞める必要はないだろ? 兼部もいいって言ってたんだし、それに、陸上頑張ってたじゃないか」
「継野」
「な、なんだよ」
水月の真剣な目に真正面から見られ、思わず言葉が詰まってしまう。今までそんな目を見たことがなかった。
「私は今を生きるんだ!」
「いや、意味わからねぇよ」
「それに、陸上は、去年全国優勝したからもういい」
思いもしなかった言葉が出てきた。
「お前、全国優勝なんてしてたのか!?」
「言わなかったか?」
「言われてねぇよ!」
えっ、こいつそんなにすごいやつだったのか?
「いや、メッセージ送ったぞ。 大会終わった後すぐに送ったのに継野に無視されたの覚えてるからな。待ってろ…ほら!」
突き出されたスマホの画面を見る。LAINのトーク画面には数ヶ月前のやりとりが映されていた。
「いや、『疲れた〜、明日どっか遊びに行こうぜ!』じゃわからねぇよ!」
これでどうやって分かれって言うんだ。一切触れてないじゃないか。
「これから一緒に部活頑張ろうな!」
「まてまてまて」
退部届けを書き始めた水月を止めようとしたが、意思は固かったのか、最後まで書き終えられてしまった。
***
笹木先生と水月紅葉の会話
(まあ、聞け、水月)
(な、なんだよ)
(相談部に入れば、部活中は継野といられるんだ。当然、継野といる時間は増える)
(そ、それがなんだよ)
(惚れてるんだろ?)
(は、はあ?)
(いい、いい、バレバレだから誤魔化すな)
(なんでわかったんだ…)
(で、だ。部活には当然
(? どう言うことだよ)
(つまりだな、水月が陸上にかまけている間に、他の部員に、継野を取られちゃうかもしれないってことだ)
(そ、それは駄目だ!)
(水月、私は思うんだ。学生は勉強も部活も頑張るのは良いことだと。学校としてはそれを重要視している。だが、私はそれと同じくらいに恋愛も頑張るべきだと思う。大人になってわかるが、仕事に忙しくなったら出会いなんてない)
(それは… でも継野は友達だし…)
(交際してもいない異性と、ずっと一緒にいるわけないだろ。別の大学に進んだら、継野はすぐに彼女ができるかもな)
(そ、それも嫌だ)
(なら、今のうちに捕まえておくんだな。高校は3学年しかないが… 短期大学や、特別な学部でない限り、大学は4学年。先輩に後輩と出会いは増える。そして、大人になるにつれて、年齢差も気にならなくなる。つまり、継野と出会う女が増えるわけだ)
(…それが、今なら少ない…?)
(その通りだ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます