存在意義(ライフ・ロール)の見つけかた
皮以祝
第1話 始業式
慌ただしい四月が終わり、薄桃色の花びらを纏っていた桜は根元に山を作り、深碧色へと様変わりしている。新入生は部活動も始まり、既にクラス内のグループが定まりつつある頃だろう。
「あんたのせいで、宇川君は!」
「だから、しらねぇって言ってんだろうが!」
陽が傾きつつある。桜並木の先に太陽が沈んで行くかのような光景は、写真を撮ればさぞ映えることだろう。
そんな中、なぜ、俺、
***
坂之上学園。毎年全国から入学者がやって来るこの学園は、全国有数の学生数を誇っており、校舎も通常の比ではなく、学年が変われば校舎が変わり、校門から教室までかかる時間の差が10分以上あることもある。
2年の校舎は、敷地の中央にあり、アプリで自分のクラスを確認しつつ教室へと向かう。教室は昇降口の近くから1組となり、1階が終わると2階へ、その次は3階、と教室が割り振られている。よって2組は昇降口から2つ目の教室だ。去年に引き続き、昇降口からの距離が近いので運がいい。
昇降口で靴を脱ぎ、名簿番号が割り振られた下駄箱に靴をしまう。そして、教室へ向かおうとすると目に入るのは、自動販売機とカプセルトイの姿。これは以前の生徒が申請し、受理されたためで、1年の昇降口にも並べられていた。
今年の2年は26組まであるので組によっては校舎の端まで歩かなくてはならない。エレベーターの利用者も多いため、遅刻ギリギリに登校してしまった場合は階段を駆け上がる人も少なくない。
教室の扉を開けると、視線が一瞬こちらに向く。知り合いかと確認して、違うとわかって元に戻したのだろう。人数が多いだけあって、去年のクラスメイトと再び同じクラスになる可能性は低い。そんな中、数少ない知り合いの1人がこちらに向かって走ってきた。
「はよ! 継野がいて良かったぜ。今年もよろしくな!」
「はいはい。よろしくよろしく」
走ってきた勢いのまま首に手を回し抱きついてきたやつを引き剥がしながら、適当に挨拶を返す。扉の前でいきなりこんな目立つことをしたのは
「相変わらず冷えな! 四月だぞ? 新学期だぞ! 同じクラスだぞ! テンションあがるだろ!」
「上がらない。一生春休みで良かったわ」
「あっ! そうだ。そういえば、なんで春休み遊びに誘ったのに来なかったんだよ!? 待ってんだぞ! 陸上部のみんなも待たせてたのに!」
「何が遊びだ! 陸上部の合宿だろうが! なんで陸上の合宿に俺がいくんだよ。あと、そんな理由で先輩待たせんじゃねぇよ!」
「おっ!テンション上がってきたな。いいぞいいぞ」
「やっぱりうっざいなお前!」
「四月に悪口言うなよ! 私だって傷つくぞ!」
「何月だろうと関係ねえよ。あと、俺がこんなに言うのはお前だけだよ…」
ずっとウザ絡みしてきて、去年の俺の平穏な生活が壊されそうになったが、なんとかなった。…なっていた筈だ。だから、そこの男子、あとで少し話を聞かせろ。なんだ、あの有名な夫婦漫才を見れたって。1つも合ってるところないからな。
水月に絡まれ、適当に返事を返していると、教室の前の扉が開き、1人の教師が入ってくる。どうやら俺の担任は去年と同じらしい。
「ホームルームの時間だ。水月も継野に絡んでないで席に戻れー。」
「別に絡んでねぇよ! なっ!」
「はいはい席に戻れ」
「継野までなんだよぉ…」
水月は肩を落としながらも席へ戻っていく。それを見届けて、担任の笹木は口を開く。
「このクラスの担任になった
そういえば、去年も同じことを言っていた。懐かしい。
「この後は始業式になるが、終わった後すぐに帰るなよ? 今年は連絡してあった通りそのあと30分くらいしてもらうことがあるからな」
「なっ、そんなの聞いてねぇぞ!」
「水月… 周りを見ろ。驚いてるのお前だけだぞ?」
水月にそう言ったものの… いえ、俺も知らなかった。
「それで… 欠席は、いないな。よし、じゃあ各自講堂に向かってくれ。サボるなよ?」
そう言うと教室から出ていった。去年の始業式は出なかった覚えがあるが、今年は駄目なようだ。
「継野!」
「なんだよ」
いつの間にか水月が目の前に立っていた。いや、ほんとにいつの間に? 瞬間移動でもできるのか?
「継野、今から暇だろ?」
「…お前、まさかサボる気でいるな?」
「え? サボるだろ?」
「話聞いてたか?」
相変わらず頭が働いていないらしい。
「でも、ほら、美沙がボウリング行かないかって」
スマホの画面を見せてくる。LAINの画面では確かに誘い文句が送られてきている。
「御崎さんも始業式すらでないのか」
「そう言う継野だって、去年の始業式は出なかっただろ? 遊びに行こうぜ?」
「去年は始業式終わったらすぐ解散だったからな。今年は何かやるっていうし、仕方ないだろ」
「えー。行こうぜ?」
「断る」
「ちぇっ。わかったよ」
水月は口を尖らせながら、スマホに指を滑らせる。
「ん、なに?」
見ていたのに気づき尋ねてくる。
「いや、相変わらず打つの速いなと。前から思ってたけど女子ってなんでそんなに打つの早いんだ?」
「…」
「なんだよ?」
なぜかジト目を頂戴することになった。
「他のやつのことは知らないけど、少なくともオレは継野が自分の返信し終わるとすぐ見なくなるから早く返信返そうと思ってたら早くなってたんだけどな。返信してから1時間後とかに返ってきたりするし」
「そんな早口で説明されても… こっちも色々忙しいんだよ」
「それはオレより大切なのか!?」
肩に手を置かれ、前後に揺らされる。めんどくさい恋人のようなことを言うな。
「うっざいなぁ」
「へー、そう言うこと言うんだな」
頬を膨らます水月。子供か。
「水月だって、なにか用事があったら返信は後になるだろ?」
「そりゃぁ… そうだけど。でも、そんなに頻繁に用事なんてあるか?」
「あるだろ。勉強中とか」
「なぁ、前も言ったけど、勉強中だからって電源切るのやめろよ。大事な連絡だったらどうするんだよ」
「仕方ないだろ。勉強中にスマホが鳴ったら集中が途切れるんだから」
「ふーん… で、いいのか?」
スカートのポケットにスマホをしまいながら尋ねてくる。
「なにがだよ?」
「みんなもう行ったぞ?」
「…」
慌てて周りを見回すと、教室は既にすでにもぬけの殻だった。
「もっと早くいってくれ!」
「まあまあ、ほら、行くなら早く行こうぜ?」
「ん? 結局、水月も行くのか?」
「継野が行くんだろ? それに美沙にも断ったし。ほら立てよ」
手を引っ張られ立ち上がる。そして水月はそのまま俺の手を引いて教室を出る。
「とりあえず手を離せよ」
「急ぐんだろ?」
何故か走る水月につられて手を引かれたまま走る。
「そこまで急がなくていいわ! ほら、周りにまだ人いるだろ!」
同じく講堂へ向かっているだろう同級生達が、不思議そうな顔でこちらを見てくる。
「いいからいいから」
離そうとはしない。それどころか、さらに強く手を握ってくる。痛い。
「手を引かれながら行くのは恥ずかしいんだよ!」
「安心しろ! オレもちょっと恥ずい!」
「だったらやめろ!」
手を引かれたまま講堂に入る。列はでき始めているものの、先頭が並び始めた程度だ。入り口付近で集まり話している人も多い。流石の水月も講堂の中に入る時には、手を離してくれたが… 周りの視線から察するに手遅れかもしれない。
小学生かよと言った男子。君が正しい。
そんなことを考えている俺をよそに、水月は女子グループに加わっていった。よって、取り残された俺だけが好奇の視線を向けられる。…つらい。
***
始業式を終え、教室に戻ってくる。水月に絡まれないよう、早めに列から外れ、講堂を出ようとしたらすぐ後ろから手を掴まれた。少し離れた場所に座っていたのに。やはり瞬間移動を…?
席に着くと、水月は俺の机に腰掛けて話しかけてくる。すぐに全員戻ってくるだろうから、といって、水月を席に座らせようとするが聞く耳を持たない。そんなに話す時間もないのに。
水月の話を聞き流しながら、ふと窓の外を見てみれば、向かいの校舎の窓際の席に誰かがいるのが見えた。3年生の校舎だ。開かれた教室の窓から吹き込む風に、金色の長い髪がなびいている。思わず目を奪われていると、その人は伏せられた顔を上げ、こちらを二度見した。胸の前で軽く手が振られた。見惚れていたことに気づかれ、少し恥ずかしくなったが、軽く会釈を返すと満足したのか、手元に視線を戻した。
「なぁ、継野ってば!」
「ん、ああ。聞いてるぞ」
袖を引っ張られ、視線を戻す。いつのまにかクラスメイトの多くが戻ってきていた。
「ほんとかよ? じゃあ、どこ行く? ボウリングか?」
「どんだけボウリングしたいんだよ」
ボウリングは前に水月達と行ったことがあるが、その日の翌日、自業自得とはいえ筋肉痛が辛かった覚えがある。
「いやぁ、なんかボウリングの気分なんだよ」
「御崎さんとか、陸上部のやつらといってこいよ。もともとその予定だっただろ?」
「もちろんそのつまりだぞ。陸上部プラス継野」
「嫌だよ。俺を巻き込むな」
「えー。いいだろ? 楽しいぜ?
ボウリング」
「またいつか、気が向いたらな。そろそろ席に戻れ」
「絶対だからな! 早く気をむかせろよ!」
「なんだそれ」
水月も席に戻る。しばらくして、笹木も教室に入ってきた。手にはプリントを抱え、教壇に立つ。
「サボらず全員いるな。よし。じゃあ、改めて。連絡は、特になし。去年と同じように問題を起こさず過ごしてくれ。それで、連絡もしたから知っているとは思うが、高校の授業においても道徳の授業を取り入れることになった。先に注意しておくが、これは授業として組み込まれた以上、出席日数が足りなければ他の教科と同じように評価をつけるし、評価が1なら留年だからな。真面目に出ろよ? それで、その道徳についてだが、授業が本格的に始まる前に、まあ、今からだな。簡単なアンケートみたいなものが用意されてるから、残りの時間はそのアンケートに答えてもらうことになる」
前に座るクラスメイトからプリントが回され、手元にくる。書かれているのは、心理テストのような問題ばかりだ。
「終わった人から下校という形になる。では、始めてくれ」
選択肢の中から選んでいくだけなので、5分もかからずに終わった。それで、裏は…
『あなたが生きている理由を書きなさい。』
よく聞かれるようで、実際に答えたことがないような質問が書かれていた。しかもプリントの裏のほぼ全てのスペースが回答欄となっており、一番下に名前を書く欄がある。
「めんどくせぇ…」
思わず口から溢れたのは仕方のないことだろう。他のものと違い、選択肢から選ぶのではなく、自分で考えて書かなくてはならないうえ、回答部分が広い。しかし、授業である以上、ふざけた回答はできない。
文章のカサ増しを続け、最終的には8割ほど埋めたところで笹木の声がかかった。他の人のを見ればと思ったが、もう書き直す時間は無い。だが、少なくともこれだけ書いて評価が下がることはないだろう。
「そろそろ書き終わったか? じゃあ、気をつけて帰れよ。プリントは各自教卓の上に出してくれ」
教室が一気に騒がしくなる。この後の予定でも話し合っているのだろう。俺はプリントを提出し、教室を後にした。
水月に捕まらずに帰れたと思って、自室でスマホを確認すると、水月から十数個のメッセージと100個近くのスタンプが送られてきていたのは別の話。
***
「ふむ…」
回収の終わったプリントをひとつひとつ確認していく。去年まではなかった教科であり、まともな教師も育っていない。だから、その面倒ごとを押し付けられる人が必要で、それが今回は新任教師の私だったと言うだけだ。
「…うわ、気持ち悪!」
周りには他の教師もおらず、気を抜いていたからか、思わず素で驚き、声まで出てしまった。慌てて周りを確認するが、やはり誰もおらず、安心する。
再びプリントに視線を戻す。他の生徒が数行で終わっているのに対し、このプリントは、裏面の殆どが文字で埋め尽くされている。
「これは… 継野のか」
どんだけ書いてるんだこいつ。よくこんなに書けたな、大した時間取ってないのに。
「…こいつでいいか。ついでに… えっと、水月のは… これか。…よし! この2人でいいな。決定、と。さて、帰ってビールでも飲むか!」
自宅の冷蔵庫で冷やされた缶ビールに想いを馳せる。つまみを買ってから帰るかな。
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