第7話 花散る

 それから二日後の夕刻、かかりつけの医者の診察を終えた沖田はぼんやりと待合になっている庭で薬がでるのを待っていた。

 開け放たれた門の向こうの通りで子供達が伸びた影を踏んで遊んでいる。

 診察をした医者の表情は雲っていたが、ただ薬を飲み、安静にしているようにとだけ告げた。

 最初の頃は口やかましかったのだが最近は言うだけ無駄と悟ったのか、匙を投げたのか、同じことしか言わない。

 沖田は庭の奥の八重桜に目を移した。

 大きな蕾がいっぱいついている。

 一度小菊を誘って八重桜を見に行きたいと沖田は思った。

 八重の華やかさ、可憐さは小菊によく似合う。花の下の小菊はきっと花の精のようだろう。

 あれから小菊とは二度しか会えていない。

 一度は井上に付き合ってもらい、酒の席によんだのだが、酔った井上が上機嫌で多摩の話しを小菊に延々ときかせてほとんど話す機会がなかったし、二度目は永倉、原田と一緒で、こちらはさんざん冷やかされて話しにくかった。

 そういえば永倉と原田が近藤の留守中にいつも以上に厳しく隊を締める土方の悪口で盛り上がっていた時に小菊が「副長はんて菊花姉さんみたいな人どすか」とこっそり聞いてきておかしかったことを沖田は思い出す。「あんなに怖くないよ」と沖田が答えると

「菊花姉さんかてそうどす。口は悪いけど怖い人とは違う」と小菊が珍しく菊花を庇う。

「優しいところもあるんだ」

「優しい言われると」小菊は口ごもり

「副長はんは優しいんどすか」と沖田に聞いた。

「優しいかと言われると」と沖田も言葉につまる。

 江戸にいた頃はぶっきらぼうでも確かに優しいところはあったが今の土方に優しいところがあるかと聞かれると沖田も答えられなかった。

 二人は顔を見合わせて苦笑した。

「でもいいところはある」

「へえ」と小菊は肯き「たとえば、踊りの直しは姉さんが一度わかりやすいんどす」

「怖いけど」と沖田がからかうと小菊は笑いながらもう一度肯き

「ものすごう。けどほんまにわかりやすいんどす。うち、お師匠はんが何言うてはるのかようわからん時が時々あるんどす、けど姉さんやと不思議とわかるんどす」

「土方さんも人をまとめたり動かすのはうまいよ。たぶん新選組はあの人が厳しいからもっているんだ。時々きびし過ぎるけど」

 沖田は不意に山南のことを思い出して辛くなる。脱走の罪で江戸以来の同志の山南の切腹は近藤が決めたとは言え、助命嘆願の声が多い中、一貫して切腹を主張したのは土方だった。

「うちも菊花姉さんがもうちょっとだけ優しうしてくれはったら」と小菊はいい、俯く。

 大きな目が潤んで沖田は慌てた。

「そんなに辛いのか」

 小菊は首を振ったが

「ただ姉さん、この頃気分の移り変わりが激しうて」

 当たられているのか、かわいそうにと思いながらもかける言葉がうまく出てこなくて、もどかしい思いをしていると永倉が二人の様子に気づき

「おいこら、総司。女を泣かすとは不届き千万」と言った。

 原田も口をはさむ。

「そうだ、女を泣かすなら酒の席ではなくてもっと艶っぽいところで」と、あとはぐだぐだで小菊とまともに話ができなかった。

 今度こそは一人で呼ぼう、と考えていた沖田の膝をトントンと小さな男の子が叩いた。

「薬やさんからお手紙」と子供は折りたたんだ紙片を沖田に渡す。

「薬やさん?」と沖田が問い返すと子供はコクリとうなづき

「きっと読んだけてって」

「読んだけて」

 妙な言い方をすると沖田が紙片を広げると、香の香が広がり、

「音羽の滝までいそぎ」と書かれていた。

 小菊が菊花をたずねてきた山崎に託したのだろうかと沖田は懐に手紙を入れる。

 それにしてもいそぎとは何だろうと思いながらも、足は早々に門を出て清水に向かっていた。

 あの山崎が頼まれてやるのだからよほどのことかも知れない。

 大きな瞳を潤ませた小菊の顔が浮かんだ。

 馬鹿だなと思いながら沖田は小走りになっている。

 晩春とはいえ、寒の戻りもあって夕刻の参詣客は少ない。

 清水の坂の中ほどですでに辺りは暗く、土産物屋は戸を下ろし、人影もない。悪い予感がして沖田は坂の向こうに黒々とそびえ立つ清水寺の舞台に目をやった。

「きやあああ」と女の悲鳴がした。

 小菊だと思った沖田は急な坂を駆け上がる。

 仁王門に入らずに脇の道を上がり、清水寺の舞台を見上げながら進んだ先に音羽の滝がある。息を切らしたようやく滝にたどり着いた沖田にさらに上から声がかかった。

「よおっ、きたな」

 沼田が勝ち誇ったように滝の横の石段の上から沖田を見下ろしていた。一人で谷を斬ったことが沼田の大きな自信になっていた。

「女目当てに」

「小菊はどこだ」と沖田は咳き込みながら石段を上がり聞いた。

「心配するな、奥にいる。女子供に斬り合いを見せるのは気の毒だからな」

 沼田はそう話しながら沖田の様子をみて、やれるとほくそ笑んだ。

 病体に無理をして長い坂を駆け上がってきたせいか、沖田の具合は悪そうだった。

 沼田と浪士達はそれでも納経所の前で沖田を遠回しに囲みながら

「刀を捨てたら離してやる」と言った。

 沖田は沼田を睨んだ。

「先に小菊を」

 沼田は首を横に振った。

「駄目だ。そっちが先だ。ぐずぐずしたら清水の舞台から女を落とす」

 沖田は青い顔でしばらく迷っていたがとりあえず大刀に手をかけ鞘ごと抜いた。

「こっちに投げろ」

 沖田は投げた。すかさず浪士の一人が引き寄せる。

「脇差しもだ」

 沖田は躊躇いながら腰から脇差しも抜きながら

「小菊は」ともう一度聞いた。

 沼田はニヤリと笑った。

「あの女はぐるだ」と沼田は沖田が脇差しを投げるのを待ちきれずに嘲笑った。

 沖田は脇差しを手にしたまま、怪訝そうに沼田を見つめた。

「京で労咳やみの人斬りに惚れる女はおらん」

 沼田の高笑いを合図に一斉に斬りかかってくる浪士達をとっさに抜いた脇差しで応戦しながら沖田は何度も沼田の言葉を反芻していた。

 小菊はぐるで人斬りの労咳やみに惚れる女はいない。

 信じられなかったし、何より惨めだった。

 浪士達の刀は何度も体をかすめ、沖田は何カ所も浅手をおいながらじりじりと石の欄干におい詰められた。新選組では万が一に備えて長めの脇差しを隊士に持たせていたが、いかんせん脇差し一本で数人相手は厳しく、時折激しくこみ上げてくる咳で息も続かない。

 新選組一の使い手と言われた自分が隊務ではなく女に騙されて、と沖田は惨めを通り越しておかしくなった。

 なますのように切り刻まれて死んだと聞いたら多摩にいる姉はどう思うだろう。少し申し訳ない気持ちになる。沖田はふと背後の石の欄干の先に目をやった。

 闇だった。高さはわからない。わからないが駆け上がってきた時に見上げて十尺ほどだったような記憶があった。下は石段だから厳しいが、と沖田は咳き込みながら、かろうじて沼田の刀を避けると刀を捨て身をそらし、ふわりと欄干を越えた。

 沼田は慌てて欄干に駆け寄ると下を覗いた。

「石段だ、追え」

と、その目に下から上がってくる提灯の灯りが一つ見えた。本堂の方からも「沖田」と呼ぶ声がする。

「新選組だ」と浪士達が浮き足立つ。

「畜生」と沼田は歯ぎしりしながらも浪士達に引きずられるように逃げた。

 ほどなく納経所の前に来た土方は地面の血痕に気づき、辺りを見渡す。下駄と血に濡れた脇差しが落ちていた。

「総司」

「下だ」と石段の下から永倉の声がし、沖田の咳が聞こえた。石の欄干に賭けより提灯で下を照らすと座りこんで咳き込む沖田とその背中をさする永倉が見えた。

 急いで石段を下り、目の前の音羽の滝からひしゃくを借りて水を汲むと沖田に差し出した。

「ありがとう」と沖田は水を口にし、

「これにはどんな御利益が」とおどけた。

「何言ってんだ」と聞く永倉に

「だって音羽の」と言いかけた沖田の手からひしゃくを取り上げて土方が怒鳴りつけた。

「馬鹿野郎」

 沖田はすみませんとしょげた。

「馬鹿もたいがいにしろ」

「そうだ、たまたま祇園の会所に俺と土方さんが出張ってきていたからよかったもののもう少し遅かったらなますになっていたぞ」

「よくわかりましたね」

「お前、薬をもらい忘れただろう。医者の家の者が追いかけて、途中で女の悲鳴を聞いて駆け上がっていくお前にただごとでないと会所に駆け込んでくれたんだ」と永倉は話した。

「そうなんだ。お礼を言わなきゃ」と言いながら沖田はよろよろと立ち上がった。

「大丈夫か」と気遣う永倉に平気だとこたえる沖田に、土方は聞いた。

「誰に誘いだされた」

 沖田は首を振った。

「誰にも。たまたま坂を」

「嘘をつけ、薬をもらい忘れるほど急いだ。誰かに誘いだされたからだろう」

 沖田は黙りこんだ。

「言わなきゃ調べるまでだ。お前一人のことじゃない。隊士の誰かがまた同じ手にかかる」

「そんなことの出来る子じゃない」

「わかるものか。屯所に引っぱって全てをはかす」

「やめて下さい、私は」

「お前のためじゃない」

「じゃあ私が今から話しに行く」と沖田は言った。

「話しをつけてくる」

「どう話しをつける、出来るのか」と詰問する土方と青い顔の沖田の間に立った永倉が言った。

「分かった。俺が総司に付き合う。それでいいだろう。土方さん」

「お前は」

「芸者のことなら任しておけ、俺の女房も花街の出だし」

「お前の女房は島原だろう」

「大丈夫だ」と永倉は言い、内心は沖田に酷いことになるだろうと思いながら、沖田の肩を押す。それでも屯所に女がひっぱられるよりましなはずだった。

「行くぞ、ああ履物がないか」

 永倉は石段を上り、沖田の下駄と脇差しを拾って戻ってきた。

 その間土方と沖田は互いに厳しい表情で黙っていた。

 三人は坂を下り、三年坂から祇園社へ向かう。

 土方とは祇園社前で別れた。

 ずっと渋い顔だった土方は別れ際に沖田に自分の大刀を「持っていけ」と渡した。

 神妙な顔で受け取った沖田と連れ立って歩き出した永倉は沖田に聞いた。

「で、女の置屋の場所は」

「さあ」

「知らんのか、付き合っているんじゃないのか」

「お座敷で三度、いや四度、最後は永倉さんと原田さんも一緒だった」

 永倉は記憶を探る。そう言われてみれば確かに可愛い舞妓がいた。

「手くらい握ったんだろうな」

「そんな」

 永倉は呆れ顔で沖田を見た。沖田は苛ついた。

「私は斎藤さんとは違います」

「俺はけだものか」と突然、斎藤が現れ、二人を驚かせた。

「何してる」と言う永倉に

「十津川の熊が君尾から呼びだされたと聞いた」と後ろの山崎を示した。

「熊は清水にいたか」と永倉は沖田に聞く。

「いや」と沖田が首を振った。

「私を襲ったのは居合いではなかった、中井の田宮流は居合いですよね」

「襲われた」と山崎が聞き返した。

 沖田は手紙が薬やからだと子供が言ったことを思い出し、小さく声を上げた。山崎は沖田の顔を見つめた。

「どうしました」

「いや」

「なんて呼びだされました」

 答えない沖田に山崎は更に聞いた。

「君尾と局長の座敷に小菊がいたんと違いますか」

 沖田は頷いた。

 山崎は唇をかんだ。訳のわからない永倉が口を挟む前に山崎は

「桔梗やに案内します」と言うと歩き出した。

「君尾は」と言う斎藤に山崎は早足で歩きながら

「小菊は誰かに利用されてる。君尾はたぶん片棒は担いでるが主犯やないやろ、襲撃が失敗したと聞いて小菊を助けるために熊に声をかけたんや、だから」

「小菊の元に熊も行くか」と斎藤は続けた。

「俺にも詳しい話をしてくれ。わけがわからん」と、二人の間に首を突っ込んだ永倉に沖田に聞けと言いかけた斎藤は背後に沖田がいないのに気がついた。

「沖田は」

 永倉が振り返り、

「どこ行った」と言いながら後に戻る。

「おい」と永倉を追いかける斎藤の腕を掴んで山崎は暗がりに引きこんだ。

 正面から来た芸妓と男の二人連れをやり過ごし、その後から声高に話しながら浪人の二人連れが通る。

「坂本さんから余り刀を抜くなと」

「だから小菊を助けに行くんだ。君尾さんが頼ってくれたんだ。男として助けんわけにはいかんだろう」

「わかったって」

 中井と前岡だった。

「あんたはあの連中を追ってくれ。俺は置屋で菊花達の座敷を聞いてくる」と山崎は言い、斎藤は中井達を追った。

 その頃沖田は菊花達を追いかけていた。山崎を追い、歩き出した際にふと脇の小路の向こうに菊花の白い横顔をちらりと見た気がした。惹かれるままに脇道に入り、抜けると、はたして菊花とまとわりつくように歩く小菊を見つけた。沖田は声をかけることが出来ないまま後をつけた。

 だらりの帯を揺らしながらぽっくりでとことこ歩く小菊は愛らしく、時々行き会う男達が振り返る。

 労咳やみの人斬りに惚れる女はいない、沼田の言葉を反芻しながらも沖田は信じられなかった。あんなに無邪気で可愛らしい娘がそんなひどいことをするだろうか。

 二人は辰巳大明神に立ち寄るとお賽銭をあげて何かを祈った。長めに祈る菊花より先に終えた小菊は向き直り、沖田に気づいて顔色を変えて立ちすくむ。沖田は小菊の様子で沼田の言葉が真実だとさとった。

「聞きたいことがある」と辛い思いを抑えて努めて冷静に問いかけ、一歩踏み出した沖田に小菊は叫んだ。

「寄らんといて、うちは何も知らん」

 菊花が出てきて不審げに沖田を見た。

「なんどす。無粋な真似はやめておくれやす」

 小菊は菊花の背後に隠れた。

「私を斬ろうとした浪人のことを教えてほしい」と沖田は言った。

「斬るて、何を言うて」

 菊花は背後で震える小菊を見た。豊梅の顔がよぎる。

「あんたまさか」

「この人が小梅ちゃんや豊梅姉さんのいい人を斬ったから悪いんや」

「小菊」

「姉さんかて言うたやないの、死んで当然やて」

 菊花は沖田の青ざめた顔を見、もう一度小菊を見、怒りがこみ上げてきた。

「あほ、うちは正面きって言うわ、裏で舌だしながらだますようなあこぎな真似はせえへん」「あこぎて」「新選組も浪士も命かけてるんに変わりはないやろ。それをもてあそぶような真似ようでけたな。豊梅の指図か、豊梅か」

 菊花に責められて小菊は涙ぐんで言い返した。

「うちはずっと小梅ちゃんが羨ましかった。豊梅姉さん、やさしいて、菊花姉さんなんかすぐいばり散らして、いけずで大嫌いや」

 そう言うと小菊はわっと泣く。「なんやて」

 沖田は困惑した。行き交う人も声高にののしりあう二人に足を止める。

「おやめやす」

 凜とした声が二人をいさめる。 

 豊梅だった。

「江戸や大坂の芸妓衆ならいざ知らず、祇園の芸妓舞妓は人前で大声はださんもんどすえ」

「腹黒いのはええのんか」と菊花はかみついた。

 豊梅は微笑む。

「えらい言われようどすなあ。そうどす、沖田はん襲たんはうちどす。小菊はうちに頼まれただけどす」

 沖田は豊梅を見た。

「ここでは人目もありますさかいにこちらへ」と豊梅は近くの町家を示した。京の町屋らしく間口は狭く、表の門前の火もすでに落とされ、開けはなたれた門の奥は暗い。

 躊躇する沖田の右手を豊梅はすっととると寄り添い、いざよいながらささやいた。

「芸妓舞妓の喧嘩の元に見られるのは外聞が悪おすえ、ましてや新選組の一番隊長はんやおへんか」

「いけまへん」と菊花が止めた。

「豊梅は吉田稔麿の女どす、真にうけたらいけまへん」

 沖田は菊花の後ろの小菊をちらりと見る。小菊は目をそらした。

 野次馬は増えている。

 沖田は豊梅に惹かれるように一歩踏み出した。

「沖田はん」と菊花。

「いいんだ、どうせ長くない」と沖田はつぶやいた。

 菊花は胸をつかれたように沖田を見つめ、唇を噛む。

 野次馬の後ろに永倉が来たのと、反対側から中井達がきたのはほぼ同時だった。

 永倉が豊梅に右手をとられて歩き出した沖田を見て危ないと感じ、飛び出しかけた時に銃声が響いた。

 刹那に沖田と豊梅の前に行かせまいと立ちはだかった菊花がのけぞると倒れる。

 沖田が豊梅の手を払い、菊花のもとに跪いた。

「菊花」

 菊花と聞いて、中井も駆け寄るが永倉が刀を抜いたのを見て足を止めた。

 豊梅はぼう然と菊花を見下ろしていたが

ふふっと笑い出す。

「吉田はんの形見の銃、弾は一つしかなかったのに。あんたが受けてしまうやなんて」

「おい」と永倉が豊梅に声をかけた。

「こんなことになるならうちがつこうてしもたらよかった」

「気でも狂ったか」と永倉が言うと

 豊梅はゆっくり後ずさりしながら袂から剃刀を出すと己の首筋にあてた。

「気なんかとうに、あんたらに稔麿はんと小梅を持ってかれた時から」

「馬鹿よせ」と永倉が止める間もなく、血しぶきが上がる。崩れ落ちるように倒れる豊梅を永倉が抱きとめると

「豊梅にさわるな」と沼田が抜刀しながら暗闇から飛び出してきた。沖田が反射的に立ち上がり、沼田を斬る。

「沼田さん」

 前岡が沖田にきりかかると背後から斎藤が斬りかかる。庇うように中井が刀を抜いて応戦した。沖田も前岡の剣をかわし、二人は沖田と斎藤と対峙する。

「あかん、強すぎる。引くぞ、熊」と前岡が中井に言った。

「けど」

 中井は倒れている菊花に目をやった。町人姿の山崎が菊花にかけより、ひざまずくと抱きしめるのが見えた。

「熊」と前岡が叫んだ。

「引くぞ」

 そういうと前岡は向きを変えて走り出す。

中井も後に続いた。

 沖田と斎藤は追わずに刀をおさめた。斎藤は山崎と菊花の元へ行く。永倉は豊梅の喉を手ぬぐいで抑え、誰か医者を呼べと声をあげている。

 沖田はぼう然と小菊を振り返った。

 真っ青な顔で豊梅と菊花を見ていた小菊は沼田の返り血を浴びた沖田に視線を移すと、か細い悲鳴をあげて気を失い、崩れ落ちるように倒れた。



 

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