首里城が燃えたあの日

 テレビ画面を見て私は泣いた。

 真っ赤に燃え上がる首里城を見て涙が止まらなかった。自分でも驚きだった。


「何でこんなに切ないんだろう・・・」


 そう思いながら涙をこぼす自分がいた。そして、今でも思い出すと泣けるの。何でだろうなぁ・・・。





 私は小学校低学年の頃、首里に住んでた。

 その頃、首里城は無くて戦争で燃えた事もお城があったことも私は知らなかった。


 龍潭池りゅうたんいけと守礼の門に挟まれた小学校に通っていて、学校が終わると食べきれず残した持ち帰りのパンを龍潭池の魚に食べさせて帰っていた。


 時にはランドセルを背負ったまま友達と学校の周辺で遊ぶこともあった。戦争の時の壕があちこち残っていて、探検と称して潜り込む。


「わーー!」


 誰かが叫べば皆で悲鳴を上げて逃げ出して、ドクロがあっただのお化けを見ただのと口々に言い合って解散となる。


 週末になると龍潭池の石畳を散歩して、夏になる頃には大きなハートの葉っぱを裏返して蝉の抜け殻を集めることに熱中した。集めて何をするという訳でもなく、発見した数をメモるでもない。葉っぱをめくって発見して今日の成果を確認する・・・・・・ただそれだけの行為が楽しかったように思う。




 引っ越ししたずっと後に首里城が出来て、通りすがりに見るだけだったお城。もちろん見学もしたけど、私の日常に首里城はなかった。


 それなのに・・・だからこそ、泣いてる自分に驚いた。


(何故こんなに悲しいんだろう・・・)


 どうして大切な物を失ったような悲しみが湧いてくるのか未だに分からない。でも、端的に言うのならアイデンティティとしての象徴を失ったと言うことなのかなと思う。


 何気ない風景。

 通りすがるだけの景色のはずが、いつの間にか自分の心に染みていた。


 青空に映える朱と漆喰の白。当たり前に見ていた物が今はそこにない・・・。やだね、書きながら涙でちゃうんだから。



 あなたにとっての首里城は何でしょうか。


 失って初めて気づくのかもしれない。でも、失ってからでは遅い物もあるよ。町並みが変わっても山並みは変わらない・・・とは限らないかもしれない。日本は災害の多い国だもんね、いつ何が起こるか分からない。


 田舎は嫌ですか?


 嫌で都会に出ても、きっと貴方の中にあるはず。失ったら涙が溢れる何かがきっと。


 ダム湖に沈む村程ではなくても、田舎の風景も少しずつ変わっていきます。たまには帰ってみて下さい。貴方を作った貴方の原点に。 


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