11,冒険に使えそうな道具をもらう

 あぁ、身体が重い。結局2時間しか眠れなかった。


 いよいよ旅立ちの朝が来た。店主のアケミさんは何泊しても良いと言ってくれたけれど、それは迷惑になるのみでなく、旅立ちが日増しに億劫となり、いつまでもゲームをクリア出来ないような気がしたので、お気持ちはとても有り難いけれど、謹んでご遠慮させていただいた。


 食卓に並んだお味噌汁と納豆ごはん、焼き鮭という和食。私のお母さんはあまり和食を作らず、学校給食も洋食や中華料理が多いので、いつぶりだか思い出せないくらい久しぶりだ。


「これから長旅になるから、お腹いっぱい食べていってね。おむすび作ってあげるから、お昼にでも食べてちょうだい。あと、冒険に使えそうな道具も出してくるからね。とはいってもうちにあるのなんか水鉄砲にゴム鉄砲、スコップやシャベルにテントやロケットランチャーくらいだけどさ」


「何から何までありがとうございます。でもそんなにたくさん頂戴する訳には……」


「いいのよいいのよ! ほんの気持ちだから。素直に貰ってくれたほうがおばちゃんも嬉しいの!」


「あ、はい。ではお言葉に甘えて」


 テーブルで向かい合い、お味噌汁の湯気を顔に浴びながらすする時間がどれだけ幸せなことか。これから始まる命懸けの冒険を想像すると、それがじんわりと心に沁みる。


「いやいやちょっと待って沙雪」


「へ?」


 右隣の明日香ちゃんが淡々とした口調で会話の流れを止めた。何かを述べたそうだ。やはりアケミさんの厚意に甘え過ぎだから、ある程度遠慮したほうが良いのだろうか。人付き合いが苦手な私には、その塩梅あんばいが理解できていない。


「へ? じゃないよ。なにロケットランチャーなんて物騒なものをオカズのお裾分けみたいな軽いノリで貰おうとしてるのさ。アイテムの保管はお預けボックスのアプリ使えばなんとかなりそうだし、おにぎりも水鉄砲もゴム鉄砲もスコップもシャベルもテントもありがたーくいただきたいけど、家にロケットランチャーあるって、おば、じゃなかったお姉さん何者?」


 喋っているうちに、明日香ちゃんの血の気がみるみる引いて顔が青くなっていった。アケミさんに対して何か怯える要素でもあるのだろうか。


「なにさぁ怯えたような顔しちゃって。ただのしがない洋菓子店の看板娘さ!」


 中年女性特有の動作であろう手首のスナップを利かせながら喋るアケミさんは、ゲーム世界の住人でありながら、ごく平凡な日本人主婦そのものだ。


「あ、そ、あ、えーと、左様で御座居ますか。し、失礼致しましたっ……」


 食事を終えると、私たちは店舗兼住宅の裏に建つ蔵へ案内された。アケミさん曰く、蔵は店舗建て替えの際にも取り壊さず、築2百年以上という。サービス開始から間もないゲームでありながら、カビ臭さやホコリっぽさまで見事に再現されている。陽光が射し込まない空間にポツリ灯る白熱電球。青森にあるおばあちゃんの家の蔵を思い出す。


 蔵に入ってまず目に入ったのは、通路の両端に積み重ねられた農作物の段ボール箱。広島産レモン、栃木産とちおとめ、福島産もも、あっ、青森産の紅玉りんごもある!


「ほら、これだよ、ロケットランチャー。どれどれ、ちゃんと動くかどうか、試しに裏庭で撃ってみるかい。あとはほら、水鉄砲でもなんでも持って行きな」


「あ、はい、本当にありがとうございます」


 艶黒つやぐろいロケットランチャーほか、冒険に使えそうな道具の数々は蔵に入って十歩ほどのところにまとめて置いてあったが、どれも埃を被っているので、長らく使われていないようだ。


「いやいやいやいやいくらゲームの世界だからって、市街地でロケットランチャーなんかぶっ放したら死刑になりますわよお姉さま!?」


 昨日と打って変わって妙に丁寧な口調でアケミさんと会話する明日香ちゃん。一体何をそんなに恐れているのだろう。


「あら、そう? 裏庭で3匹のウリボーが勝手に煉瓦れんがの家を建てたんだけど、なかなか出て来ないから退治できなくて。せっかくだからロケットランチャーで丸焼きにして今夜のオカズにでもと思ったんだけどねぇ」


「やめて! 可哀想だからやめてあげて! 沙雪、ヨダレ垂らさない!」


「ん? あ、ごめんなさい。おじいちゃんが猟友会に入ってて、たまに牡丹鍋ぼたんなべを作ってくれるんだけど、その味を思いだしたらつい」



 ◇◇◇



 結局、アケミお姉さまからはごっそりアイテムを頂戴して、私たちは出発のときを迎えた。怖いわ~、アケミお姉さまも沙雪も怖いわ~。


「二人とも元気でやるのよお! またいつでも来ていいからね!」


「ありがとー! おばちゃんも元気でね!」


「本当に、お世話になりました。ありがとうございます」


 でも、最後は『おばちゃん』と呼んで別れることにした。だって、例えアケミさんがどんな身分だろうとも、いま大きな腕で二人一緒に抱きしめられながら感じているのは、生まれてからこれまで感じたことのないくらい、大きな大きな優しさだから。

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