10,それぞれが抱えるもの

 ハロウィンの今宵は眠らぬ街の夜。きっと外は朝まで騒がしいだろう。そんな中、セミダブルベッドで身を寄せ合い寝転がる沙雪と明日香。


 明日になったら、とうとう冒険が始まる。シャワーを浴びて一時的に鎮静化したものの、それから後はどう心を鎮めようとしても鼓動は速いままで、沙雪の心身を恐怖が支配する。


 明日の今頃、私は生きているのかな? 大怪我していないかな? 凄く怖い思いをしておかしくなっていないかな? そんなことばかり、延々と考えている。旅行前夜は落ち着かないもの。青森から神奈川へ引っ越すときも、知らない街で、知らない人ばかりの生活に恐怖と不安でいっぱいだった。今度はゲームの世界。世界そのものが吹き飛ぶ恐れもある。


「眠れないの?」


 狭いベッドで幾度も寝返りを打つ私に、片瀬さんが声をかけてくれた。


「うん。夜が明けたら冒険が始まって、色んな危険と対峙すると思うと、なんだか落ち着かなくて」


「そっか。私もね、怖いよ。冒険するの。色んな意味で。うちんね、オヤジと母さんの仲が悪くて、家庭の雰囲気が良くないの。だから私も居心地悪くて、学校が唯一の居場所になってた。そう思い込むようにしてた。だけど、学校でも自分が思ってることを全部打ち明けられるわけじゃなくて、結局のところ、私の居場所はないんだって気付いてるんだけど、認めたらグレちゃいそうで、エンコーって言ったっけ? オトナの人からお金貰って付き合うの。そういうことやってくうちに、誰か私のありのままを打ち明けても良さそうな人が現れるんじゃないかって一瞬期待したけど、それはないだろうなって、すぐに気付いた。だって、オヤジと母さんがそんな感じの衝動で引き寄せ合って、その結果、離婚寸前だもん。この冒険が終わって家に帰ったら、そこはもう空き家なんて可能性もある。だからね、正確に言えば私は、冒険を終えるのが怖いのかな。ごめんね、なんか勝手にベラベラ喋っちゃったね」


「ううん、片瀬さん、私よりずっと大変なんだね。なのにいつも元気に振る舞ってて、すごいな」


「へへっ、元気だけが取り柄だよ。でもね沙雪、私が沙雪より大変かなんてわかんないよ。私は沙雪の背負ってることの話を聞いても、重さまでは量れない。私も沙雪も世界中の人もみんな、体力も体質もメンタル力もそれぞれ違うから、沙雪がどんだけの恐怖を感じてるか、どんくらい気負ってるものがあるのか、なんとなくまでしかわかんないんだよ。もし大変さを数値化できるとしたら、もしかしたら沙雪のほうがずっと大変かもしんないよ。でも大丈夫、沙雪は私が守る。元気が取り柄の私と、冷静な沙雪が一緒なら、きっと相乗効果で恐怖なんか吹き飛ばしちゃうくらいすごいことだってできちゃうよ」


 言って、明日香はおもむろに沙雪の背に抱き付き顔を埋めた。


 沙雪のからだ、凄くあったかい。シャワー上がりだからだけじゃなくて、色々考え込んでオーバーヒートしちゃってるのかな。


 沙雪は安らかな笑みを浮かべて目を閉じた。


「ありがとう、片瀬さん。二人で無事に元の世界に帰ろうね」


 自ら発した言葉が胸に引っかかる。片瀬さんは現実世界に戻っても、帰る場所がないかもしれないのに。


「明日香って呼んで」


 顔を見なくても表情が読み取れる、優しい声。それはきっと、私の失言も許してくれた証と、都合良く解釈した。


「明日香、ちゃん」


「ひひっ、もーう、やっと名前で呼んでくれた! 一緒に頑張ろうね、沙雪っ!」


「うん」


 返事のトーンを少し上げて不安は払拭ふっしょくされたかのように装う。励まされたからといってすぐに気持ちを切り替えられるほど私は器用ではない。けれど、ここで立ち止まっていても事態は変わらないどころか、やがて訪れるサービス終了により私たち諸共もろとも消去デリートされてしまう。ならば、どんなに怖くても、進むしかないのだ。そう理解した上での『うん』だ。


 きっとこれは、私たちに与えられた試練だ。私に限ってはこれまでずっと温室で育ってきた。このままお嬢様育ちでいたら、大人になって壁に当たった後の結果は非常に酷なものとなるだろう。


 そう、このゲームでは私の潜在能力ポテンシャルが試され、不足が発覚したらそれを補う絶好の機会となる。長期的に見れば、これはプラスの経験。人生に無駄なことなどないのだ。


 さて、プラス思考を維持できている間に眠ってしまおう。でないとまた……。いけない、余計なことを考えて堂々巡りになる前に、さぁ眠れ、眠れよ私、思考を止めろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る