第4話 沈んで、浮かんで

橘さんが帰った後。


私は、近所のスーパーに買い物へ来ていた。


最近、明の家にお邪魔してばかりだったせいで、食材が切れていたからだ。


「全く、我ながら失念していたわ。

数日ぶりに帰ったら冷蔵庫の中身が空なんだもん、嫌になってしまうわ」


.....本当は、ただ気分を変えたかっただけだ。


私は、転生者わたしたちは、他人にあまり自分のことを明かさない。


ばれてしまえば監理局行きだし。


何よりも怖いのは、大切な誰かに拒絶されることだ。


私たち転生者は、喜びを感じづらい。


死んだ時に、極限の恐怖を体験することで、心の一部が麻痺しているからだ。


それを、もし明や秋歌に知られたらと思うと...............やめよう。


想像すればするだけ、嫌な気持ちになるだけだ。


さっさと買い物を済ませて帰ろう。










「ただいま」


扉を開けて声をかけるが、応えるものはいない。


当然といえば当然だ。


この部屋には、私以外住んでいないのだから。


「はぁ~、今日も疲れたなぁ」


今日は、本当に色々なことがあった。


教授に呼び出されるし、四度目の取材を申し込まれるし、面倒なことばかりだ。


「確かに、ちょっとくらいは刺激のある日があった方が良いけど。

面倒なことに巻き込まれるのは嫌だわ」


こんな前世とほぼ変わらない世界に放り込まれて、今日まで生活してきたけど。


「やっぱり、私も少しは変わるべきなのかかな」


そんな私の呟きは、誰にも届くことはない。


「もう寝よう、明日も早いし」


明かりを消して、瞼をそっと閉じる。


嫌なことばかりが頭にちらつくけど。


それら全てを、思考の外に追いやってしまう。


「おやすみなさい」









AM 6:40 遥の部屋


「おはようございます」


いつも通りの朝が来た。


相変わらず、応える者は誰もいない。


「明と一緒に住むようになれば、少しは変わるのかもしれないけど」


いつも考えることだ。


実際、彼からも一緒に生活しないかと誘われている。


ただ、私の心の整理がついていないだけなのだ。


「早く支度をしないとね、秋歌に怒られちゃう」


前に、一度遅れたら物凄く怒られたことがある。


何故そんなに怒るのって、聞いたこともあったけれど。


何故か、そっぽを向いたまま。

答えてくれなかった。


「さてと、支度完了♪」


後は部屋から出るだけ、そんな状態だったのだけど。


「あれ、明からの電話?」


何故か、彼から電話がかかった。


「遥、起きているかい?」


「うん、起きてるけど、 どうしたの?、何か聞きたいことでもあった?」


「それがさ、今朝いきなり電話がかかって来て、今日は大学が休みと伝えて欲しいって言われたんだよ。


気になって、遥の通ってる大学に連絡してみたんだけど。


本当に休みらしくてさ、いきなりの休みで生徒たちも慌ててるみたいだった」


「そうなの、用はそれだけかしら?」


「いや、それがさ、教授がまた話したいって言うんだ。


悪いんだけど、今から来てくれないか?。


場所はいつもの喫茶店なんだけど」


「良いよ、すぐに行くから待ってて」


私はそう言って、電話を切った。


「何か、また面倒なことになりそうな気がしてきた」


嫌な予感が当たらなければ良いけど。










AM 7:00 とある喫茶店


「お待たせ、教授はもう来てる?」


私が待ち合わせの場所に着くと、いたのは明だけだった。


「いや、まだだ.....用事を済ませてから来るとは言っていたんだけど」


「そう、じゃあせっかくだから、コーヒーでも飲みながら待ちましょうか」


「うん、久しぶりにそれも良いね」


この喫茶店は、私たちが初めてデートをした場所だ。


二人揃って、同じコーヒーを頼んだのだけど。


彼が苦いものがダメで、一緒に笑いながら楽しい時を過ごした。


何故か、あの時だけは喜びをちゃんと感じられた。


凄く久しぶりのことだったので、それが喜びだと気づくのに時間がかかったけれど。


それは、確かに喜びだったのだ。


「教授、中々来ないね」


「ああ、来る途中でトラブルにでも巻き込まれたか?。


あの人、すぐ面倒事に首を突っ込むから後処理が大変なんだよね」


「そうなの、ところで.....話って多分。

昨日私に言い損ねたことだよね?」


「ああ、恐らくそうだと思う。


じゃないと電話で君を呼べなんで言わない筈だ」


「.....もうしばらく待ちましょう。


そのうち来るかもしれないもの。


その時に誰もいなかったら悲しいでしょ」


「それもそうか、それじゃ...もうしばらく待ってみるとしますか」










.....10分後


「すまない、遅れてしまった」


「遅いですよ、一体何をしてたんです?」


「ちょっと調べ物をな、今回はかなり面倒な仕事らしいから」


「まあ、事が事だけに面倒なのは確かですが、遥を連れて来てたんでなるべく早く来て欲しかったんですよ。


遥はあまり外出が好きじゃないので」


「そう怒るな、私も好きで遅れた訳じゃない。

調べ物ついでに、遥君へ見せる資料も平行して作成していたのだよ」


「それなら良いですが、次からは気をつけてくださいね」


「ああ、それじゃ...説明を始めようか」





私はこの瞬間。


嫌な予感が当たったことを悟った。


「(また、面倒なことになりそうね)」




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